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【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第12話

第12話 剣と怪物退治

「レイオル……! お前も剣を使えるのか!」

 大剣を構えたアルーンが、レイオルの背に声を掛けた。青く光る剣を持つレイオル。
 旅の剣士アルーンは、剣を手にしたレイオルの立ち姿を一目見て、レイオルが凄腕の剣士であるとすぐに理解した。
 それにしてもアルーンとって不思議だったのは、レイオルの右手にしっかりと馴染んだ様子の美しい剣が、どう見ても突如なにもない空間から現れたようにしか見えないことだった。

「まあな」

 レイオルの剣が、鋭く大きな青い軌跡を描く。それは、アルーンの問いに対する返事と同時だった。

 ギャアアアア……。

 叫び声と共に、ぼとり、ぼとりと二つの黒い塊が落ちる。

 早い……! 一撃で怪物を倒しやがった……!

 アルーンは息をのむ。レイオルの正確で力強い剣筋に。
 落ちた塊はまっぷたつになった怪物。しかし、次の瞬間アルーンは違う衝撃でふたたび息をのむ羽目になる。

「集玉――、魔の力、我の元へ」

 レイオルが呪文らしき言葉を発した次の瞬間、二つになった怪物の亡骸から光が現れ、そしてその謎の光は集まりみるみる丸い形になった。光の玉はまばたき一つの間にレイオルのほうへ飛んできていて、レイオルの広げた左手の上で浮かんでいた。

 ぱくり。

「た、食べた!?」

 アルーンが見ている前で、レイオルはためらいもせず大きな口を開け、光の球を一飲みにしていた。

「アルーン。私に注目している暇はないぞ。まだ怪物は他にもいる。来るぞ」

「わ、わかっている……!」

 魔法使いレイオルの見立てでは、この森に潜む怪物の数は十。黒光りする獣毛に覆われた鼠のような顔と長い尾を持つ、鼠より一回りくらい大きい、翼のある怪物だった。翼のあること以外に普通の動物である鼠と異なる点は、鼠より突き出た長い口と鋭く並ぶ牙、手足が合計六本あること、そして手足に数合わせでもしたかのように、ご丁寧にも目が六個あることだった。
 レイオルが叫ぶ。

「アルーン、飛べ!」

「飛べ!?」

 理不尽なレイオルの要求に、アルーンが聞き返す、そのとき。

 ぼこっ、ぼこっ。

 音を立て、土が割れる。残り九つの怪物が、土の中から一度に現れた。しかも、レイオル、アルーン、それぞれの足元から。
 怪物がレイオルとアルーンの足や腕を食いちぎる寸前、二人は地面を蹴りその場を大きく飛び上がり、怪物の鋭い牙から逃れることに成功する。

 九つも、一度に相手するのか――!

 びゅん、と風を切りアルーンの大剣が怪物を叩き潰す。アルーンの隆々とした腕や胸の筋肉に、今にも服が悲鳴を上げそうだった。剣の腕を磨く旅は、伊達ではなかった。

 とりあえず、一匹。怪物としては、弱いやつだが、それでも数が――。

「アルーン! 右!」

 一匹切り伏せながら、レイオルが叫んでいた。

 うっ。

 少し、危なかった。勢いよく右のほうから飛んできた一匹を、すんでのところでかわす。レイオルの声がなければ、六本の手足で頭を掴まれ、首を折られるか食らいつかれていたかもしれない。
 アルーンはすぐさま足を踏ん張り重心を下げ、それから素早く大剣を突き出した。

 浅かったか……!

 怪物の胸元あたりを突いたように見えた剣だったが、怪物のほうもギリギリのところで飛行速度を緩め、すぐさま後方へ飛び下がり、アルーンの剣先から逃れていた。
 怪物の残りの数は七。アルーンとレイオルが通常の人間とは違い手強い相手と判断したのか、いったん攻撃を止め、少し距離を取り空中から、地面から、窺うように構えている。
 
 翼。数。まだ俺が経験したことのない戦いだ――。

 怪物退治をしていたとはいえ、アルーンにとって複数の怪物を一度に相手をするのは初めてだった。翼を持ち、飛行するタイプの怪物に出会うのも、初めてだった。
 そして、他の誰かと共に戦うというのも。


 剣術が、大好きだった。
 きょうだいは、六人。アルーンはその四番目だった。
 アルーンの家は、金銀の細工を生業とする職人の家だった。

 俺は、なにかになれるんだろうか?

 アルーンは寝転んで空を見上げる。右手には、剣に見立てた木の枝。川の流れる音が、時を刻む。自分を囲む長い草。全身で草や土の香りを感じながら、雲を数えた。
 勉強は、あまり好きではなかった。学校の成績は、後ろのほうから数えるほうが早かった。
 また手先は器用ではなく、家の仕事の手伝いをしても失敗が多かった。
 運動はできたが、なにかに一番、ということはなかった。大好きな剣術さえも、習っている剣術道場の中で三番目くらい、上位の二人には勝てそうになかった。
 きょうだいはそれぞれ、一番といっていいような、得意なものがあった。なにかに打ち込み輝くきょうだいたちが、眩しく誇らしかった。
 一番上の兄は、手先が器用でセンスもよく、早くから家の仕事をこなしていた。兄の仕事は、とても素晴らしく、顧客からの評判がいい。二番目の姉は料理が得意で、独自のレシピをたくさん生み出していた。交際中の同じ料理の道に進む男性と、将来自分たちの店を持つのが夢だ。三番目の兄は、天性の美しい声で歌がうまく楽器も複数奏でられ、有名楽団に所属し活躍中。下の弟は天文学の知識、その下の妹は絵画の才能があり、弟と妹はそれぞれの分野の大学に進学している。
 ある日のことだった。
 怪物に町の人が襲われそうになる事件が起きた。しかしそのときたまたま近くを通りがかった、アルーンの通っていた剣術道場のかつての一番弟子の青年が、怪物を無事退治したのだという。
 人々の安全を、同門の仲間が守った。アルーンは、心から尊敬し、無事を喜び、勇気ある青年を称えた。
 剣術が世のためになることを、改めて深く心に刻んだ。

「俺も、自分の道を極めたい。自分自身を、精一杯生きたい」

 日雇いや夜間の警備などをして、密かにアルーンはちょっとした金額を貯めていた。
 短い手紙と貯めた金のほとんどを両親やきょうだいたちのために、とテーブルの上に置き、アルーンは旅に出た。
 大剣と、少しの荷物、そして今を生きる喜びと未来への希望だけを持って。


 取り囲む怪物たち。不気味に光るたくさんの目。
 自分の熱い吐息、鼓動がやたら感覚として意識される。手のひらに知らずににじみ出す、汗。

 俺は、剣の道に生きる。志半ばに、死んでたまるか。

 アルーンはぎゅっと、剣を握りしめた。剣の確かな手ごたえが、手のひらに返ってくる。
 じゃり、音を立て、半歩、右足を動かす。
 ふと、レイオルのほうを見やる。
 レイオルの口元は、笑っていた。
 冷気をはらんだ風が、吹き抜ける。レイオルの長い髪が、揺れる――。

「炎。有翼の怪物を、焼き払え――」

 レイオルの薄い唇から、生み出される呪文。深く静かに、時を止めるように。
 そのときアルーンの目が捉えたのは――。

 えええ!? ずるくね!?

 レイオルの足元から、炎が走る。そしてその炎は植物かなにかの触手のように自由に空中に向かって伸び上がり、または地を這い、鼠の顔の怪物だけを捕らえ、包み込み、燃やし尽くしたのである。
 一度に、残りの七匹、すべてを。

「いただきます」

 えええええ!?

 そしてレイオルは、アルーンが倒した怪物の死骸から出たものも含め、怪物から出た九個の丸い光の球すべてを、呪文と共に飲み込んでいた。



 安全な魔法陣の中にいた。

「お、終わったみたいだね……」

 小鬼のレイは震えながら、隣の元精霊、ルミに声を掛ける。

「レイオルさん、アルーンさん……、ご無事でよかった……!」

 ルミはずっと、祈っていた。魔法陣の中、戦う二人の無事を。
 もちろんレイも祈っていた、めっちゃ祈っていた。届きますようにというレイの必死の祈りに対し、ルミの祈りは、不思議な力の宿る本当に届く祈りのようだった。
 レイとルミの今いる魔法陣は、レイオルの作ったものだった。小枝で地面に線を描き、なにやらレイオル持参の小瓶に入った液体をふりかけ、そして呪文で仕上げた逸品だそうで、この魔法陣の中にいれば、時間制限があるが絶対安全なのだという。

「レイ。ルミ。もう出ていいぞ」

 レイオルの穏やかな声を合図に、レイとルミは駆け出していた。レイオルと、アルーンのほうへ、両手を広げ。どちらがどちらへでもいい、抱きつくように。

「ほんとに、無事でよかったよー! まさか、ほんとにあんなにいっぱい襲ってくるなんて……!」

 レイが抱きついたのは、レイオルだった。
 レイオルは、レイの帽子に手を添えた。

「無事なのは、当たり前だ。私がいるのだからな。絶対アルーンには傷は負わせない。この旅は、私主導だからな。私にはお前らすべてに対し責任がある」

「なにを偉そうに」

 ルミにしっかりと抱きつかれ、照れ笑いを浮かべつつアルーンが突っかかる。ルミのおかげで、言葉の棘がすっかりなくなっている。

「あ。アルーン、ルミ。ところで、だな」

 レイオルが、そういえば、といった感じで話し掛ける。

「こいつ、小鬼な」

 レイの帽子に手をあて、頭を撫でるような様子だったレイオルが、言い終えるや否や、レイの頭からパッと帽子を取っていた。

「うん。俺、小鬼なんだ」
 
 レイの髪からちょこんとのぞく小さな三本の角。改めて、アルーンとルミに自己紹介をした。

◆小説家になろう様掲載作品◆

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