【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第6話
第6話 飛蟲姫
誰もいない町。
乾いた匂いの大地に、陽菜とバーレッド、二人だけが影を落とす。
破壊の傷跡を深く刻んだまま、朽ちていく人工物。
きっとそこには、大勢の人々の想いとこの先も受け継がれるはずの日常があったはず――。
胸が締め付けられるような思いで、陽菜はぎゅっと結んだ手のひらを、自分の胸の辺りに押し当てていた。
バーレッドの鋭い銀の瞳が、陽菜を射るように見つめる。
少しの沈黙のあと、バーレッドは口を開いた。
「そうだな……、話したほうが、手っ取り早いか。お前の心を、味方にしたほうが俺も都合がいい」
バーレッドは、片頬で笑う。
陽菜は思わず、バーレッドの言葉をそのまま聞き返していた。
「都合がいい……?」
「利用しやすいだろ」
片方の腰に手を当て、あっけらかんと白状する様子のバーレッドに、陽菜は眉根を寄せた。
「ずいぶん、率直に心の内を明かすんですね」
つい棘のある口調になってしまったことに、陽菜は内心後悔する。
しまった、つい……! このひと、怖い人かもしれないのに……!
陽菜の言葉使いを受け、乱暴な言動に豹変するかもしれないと恐れ身を固くしたが、バーレッドは特に気分を害したようでもなく、笑顔のまま肩をすくめるだけだった。
「俺は、騙すとか隠すとか、そーゆーのは嫌いなんでね」
バーレッドはそう述べつつ、ちょっと視線を辺りに走らせる。
「でも、とりあえず今は隠れておくか。九郎たちが、お前を取り返しに来るかもしれない」
バーレッドは、陽菜の刀を持っていないほう、左手を取り、歩き出す。
あ。手……。
ついさっき、九郎と手を繋いでいた。そういえば、あのときは刀を持っていなかったから、右手だった。今度バーレッドに握られているのは、左手のひら。
九郎と、手を繋いだのに――。
陽菜は、うつむいた。
大柄な体格のバーレッドに強引に引っ張られるかと思いきや、そうでもなかった。
意外にも――、バーレッドは陽菜のことをさりげなく気遣っている、そんな様子だった。陽菜は瓦礫に足を取られることもなく、歩幅の大きなバーレッドのペースに、不思議と付いていくことができていた。
九郎――。
バーレッドの攻撃で傷を負ったかもしれない九郎とイヌクマを思い浮かべ、陽菜の瞳には、涙がにじんでいた。
「あの家は、案外残ってる部分が多いな。あの中で話を――」
少し先に見える大きな家を指さしたバーレッドの足が、不意に止まる。
びゅう、頭の上、風を切る音がした。
黒い影が、走る。
「バーレッド! 姫を、陽菜殿を返すのじゃ……!」
耳に届くのは、独特な口調の叫び声――。
時雨……!
時雨が、バーレッドと陽菜の前に、ひらりと降り立つ。降り立つ、というのは、時雨は空を飛んで追いかけてきていたのだった。
時雨が空をどうやって移動できたのか、その理由をはっきりと瞳に映し、陽菜は驚く。
「鯉……!?」
時雨が飛び降りたのは、巨大な錦鯉の背の上からだった。白地に、赤と黒の模様の入った、どう見ても錦鯉。それが、時雨の上に、ぷかりと浮いている。
時雨は、部屋の中で見たとき同様、光る槍を手にしていた。その槍の先を、さっ、とバーレッドに向ける。
「時雨……!」
バーレッドが叫ぶ。そして陽菜から手を離し、時雨に向かって駆け出す。
「だめ! やめて―っ!」
絶叫する陽菜。
爆弾のようなものを、ふたたび投げるのではと陽菜は危惧した。しかし、バーレッドの右手には、いつの間にか剣が握られていた。時雨のときのように、剣は空中から出現したように見えた。
「バーレッド、手加減はせぬぞ!」
時雨が、槍を構え駆ける。
「望むところだ!」
笑うバーレッド。激しい音を立て、時雨の槍とバーレッドの剣が、火花を散らす。
「王家の犬め……!」
ぶつかり合う、槍と剣。バーレッドの剣が、風を斬る。
「なんとでも言うがいい! しかしバーレッド、おぬしは考え違いをしている!」
時雨の槍が、力強い弧を描く。バーレッドは、地面を大きく蹴り、繰り出される槍を飛び越え避ける。
バーレッドが叫ぶ。
「この廃墟の町が、王家の陰謀のなによりの証拠じゃねえかっ!」
火花。幾度となく、激しく打ち合う剣と槍。陽菜の目では、二人の動きを追いきれないくらいだった。素早く風を切る音と、大きな衝撃音が響き渡る。
時雨が、首を振りながら叫ぶ。
「違うっ!」
時雨の槍が、バーレッドの剣を振り払う。バーレッドは剣を構えたまま飛び下がるが、ふたたび間合いを詰める。
「なにが違うと言うんだ! 新しい飛蟲姫が生まれ、飛び立ったじゃないか……!」
ひちゅうき……?
眼前に繰り広げられる時雨とバーレッドの戦いを、固唾をのんで見守っていた陽菜だったが、初めて聞く言葉に一瞬時が止まる。
知らない言葉。しかしどういうわけか、まるで言語を超えて迫る、知らない国の呪いの言葉を聞いてしまったような、不気味な恐ろしさを感じていた。
「それは――、飛蟲姫の繭の封印が解けたのは、断じて我らが陛下のご命令によるものではない……!」
「王に仕える術者の仕業と、俺は聞いたぞ!」
バーレッドの剣は、まっすぐ時雨へと向かう。
振り払う、時雨。バーレッドは、叫ぶ。
「九郎の腹心、静月の術だとな……!」
そのときだった。
「違うっ……!」
空から、叫ぶ声。
声のするほうを見上げ、陽菜は顔を輝かせた。
「九郎――!」
見上げた先に、長い黒髪をなびかせ、イヌクマに乗った九郎がいた。
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