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【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第1話

◆あらすじ◆
陽菜の前に現れた、九郎と時雨という名の不思議な青年たち。
彼らは、異世界から来たのだという。
「世界を救ってほしい」
陽菜は謎の刀に選ばれた、まさかの指名制救世主――。
しかし、九郎たちの世界の危機は、陽菜の世界の危機でもあるという。
世界をまたぐ怪物、飛蟲姫。そして、飛蟲姫が生み出す魔族。
人や動物の命が、恐ろしい怪物たちに奪われていく――。
異世界、自分の世界の仲間たちと共に、陽菜は戦う覚悟を決める!
ファンタジー冒険コメディー。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆


第1話 私のミニトマトは、いずこ。

「なにこれ」

 ベランダに出たときの、陽菜の第一声がこれだった。
 今、陽菜の瞳は、ありえない光景を映している。

 昨日、植えた、鉢が――?

 植木鉢の、反乱だろうか。植木鉢に、異変が起きていた。
 食費の節約にもなるし、育つのも収穫も楽しみだし、と、とりあえず始めてみたベランダ菜園。といっても、小さな植木鉢が二つ、ちょこんと並んでいるだけだったのだが。
 一つ目の鉢は、ラディッシュ。味の好き嫌いとか料理の使用頻度というより、ただただ、見た目のかわいさからのチョイス。これはマストだ、と植えることにした。
 もう一つの鉢は、ミニトマト。ごく普通のミニトマト、のはずだった。
 陽菜の瞳を捉えて離さない、ミニトマトの鉢から、芽吹いたなにか。
 いや、芽吹いた、という表現も適当ではなかった。
 土の中から突き出たそれは、どう見ても――。

「刀の、持つとこ!?」

 時代劇で見る、刀の柄が、思いっきり植木鉢に刺さっている、そんな感じだった。根元には、ご丁寧にも「つば」まである。

 これは、もしや、誰かの悪質な嫌がらせ的な、なにか――。

 でも、と冷静に考え直す。ごく普通の木の幹が、偶然刀みたく見えるだけなのかも、と。ただの目の錯覚、と無理やり片付けようとした。

 木の幹って、でもこれ、ミニトマトなんですけど。

 植えたのはミニトマト。でも一晩で生えたのは刀。

 これは誰かのいたずら――。

 意味がわからないが、このまま交番にこの鉢を持っていくべきかとうか、考えあぐねていたところ――。

『抜かんのかい』

 頭の中に、不思議な声が響いてきた。

 えっ。なにそれ。今の、なに……!?

 陽菜は思わず、両手を自分の頭に当てていた。

 知らない男の声が、聞こえてきた……?

『引き抜かんのかい』

 もう一度、声がする。

 ええっ。

 足元を見ると、小さなアマガエル。

 まさか、このカエルが、今の声を!?

 カエルが、引き抜かんのかい、と伝えてきたのではないか。そんな馬鹿げた考えが浮かぶ。

 カエルが、引き抜く――。引き抜く、カエル――。まさか……! ヒキガエル!?

『違うわ』

 あ、違うのね、と思った。そして、ハッとする。

 今、頭の中で、カエルとの会話が成立してなかった……!?

『娘よ。引き抜くがいい』

 気付けば、植木鉢から突き出た柄が、光っている。
 カエルが、引き抜けという。そして、ヒキガエルではないという。

「なんで、私の、ミニトマトが。なんで、ヒキガエルではないカエルが、私に言葉を――」

『ヒキガエルかヒキガエルでないかは、どうでもいい。娘よ、抜くのだ、それを』

 ええっ、怖いよ! そんな話、引くよ!

 陽菜は、心の中で叫んでいた。引く、と。

『ほう! 心を決めたか、引くがいい!』

 その「引く」じゃないっ!

 わけのわからない状況、わけのわからない会話にすっかり混乱した陽菜は、近くにあったなにかを掴んで振り回し、奇妙なカエルを追い払おうとした。

 え?
 
 陽菜は、驚き息をのむ。陽菜がとっさに掴んだものは、あの植木鉢から突き出た、謎の柄――。

 確かに握りやすかったけど、そんなつもりじゃ――。

 植木鉢ごと、持ち上げる。手にした柄の光が、一層大きな光を放ち――。

 なにこれ……!

 植木鉢だけが落下し、音を立てて割れる。陽菜の手には――。

「長い……!! どーやって入ってたの、これ!」

 植木鉢をはるかにしのぐ、長い刀が握られていた。

「よくぞ、引き抜いた。姫」

 男性の声がした。頭の中ではなく、はっきりと。

「ひめ!? じゃなくて、私は陽菜!」

 刀を手にしたまま、声のしたほうを振り返る。

「いな? 否、と言うたか、姫」

 濡れたような長い黒髪、切れ長の目をした、長身の青年が立っていた。

「否、じゃなくて、陽菜!」

 てゆーか、名前が問題じゃない! 今は!

 ツッコミどころが、訊くべきところがありすぎた。
 ミニトマトの植木鉢から刀が生え、カエルが直接脳に話しかけてきて、刀を持ったら植木鉢から抜け、それと同時に不審者が現れた。ありえないにも、程がある。

「ケーサツ!」

 陽菜は、携帯電話を手に取ろうとした。

 きっと、この男が私の部屋に不法侵入して、植木鉢に細工して、ええと、ヒキガエルじゃないカエルを持ち込み……、それは、つまりきっと、嫌がらせの合わせ技する、新手のストーカー!

「待ちなされ。取り乱すでない。陽菜、とやら」

 陽菜の前に、立ちふさがる、誰か。

「また!? もしかして、新たなストーカー!?」

 新たな見知らぬ男性が、そこにいた。

 ストーカーパート2登場……!

 髪を緑色に染めたらしい、若い男性。瞳はカラーコンタクトをしているのか金色で、ぱっちりと大きな目をしている。目と目の間隔が広めのせいか、かわいらしい童顔で、そのうえ背丈も低く小柄だった。見ようによっては、女の子のようにも見えた。

 パート1は美形、パート2はかわいい系か。悪い奴のくせに、コンビネーションが、えぐいな。

 パート1とパート2を交互に見比べ、肩で息をしつつ陽菜は考える。携帯は、部屋の中、パート2を押しのけないと取れない。

 こちらは、刀という武器を持っている。って、私使えるわけないじゃん、そんな怖い物!

「助け……!」

 叫ぼうとする陽菜の口を、パート1の手がふさいでいた。長く美しい指の、大きな手のひら。

「この世界の人々を、巻き込みたくはない。大声を出すのは、控えてくれ」

 この世界の人々……?

 パート1は、「この世界の人々」と言った。ということは――。

「あんた、どの世界の人よ!?」

 パート1の、澄んだ瞳がまっすぐ見つめる。

「我らは、姫とは違う世界から来た」

 低い、張りのある穏やかな声。

 ほう。住む世界が違うってか。

 陽菜は、理解した。犯罪者の世界と堅気の世界。そういう分けかたか、と。

「違う! 私は犯罪者じゃないでしょ!?」

「ん? どうした? 誰が犯罪者の話を――」

 パート1が、そう言いかけたとき、パート2が割って入ってきた。

「まあまあ。とりあえず、落ち着くのだ。茶でも飲みながら、話そうではないか」

 パート2が、部屋に入るよう促す。パート2のほうは、明るい高音の声で、独特な言葉遣いとのギャップがある。

「部屋って……。ここ、私の家でしょ!?」

 なんであんたが、と言いかけ、陽菜はふと足元を見る。

 カエル。そういえば、カエルがいない。まさか――。

 踏み潰してしまったのではないか。陽菜は、おそるおそる自分の足の裏を確認する。

 よかった。カエルはいない。

「なぜ足の裏を見る。なにかのまじないか?」

 パート2が怪訝そうに尋ねる。

 ん?

 ふと、陽菜はあることに気付く。

 パート2の声、カエルに似てなくない……?

 びゅう、と風が吹く。
 晴れ渡る空。今日は、なにも予定のない平和な休日の、はずだった。
 
 それが、どうしてこんなわけのわからない――。

 悪夢だ、と思った。もしかしたら、自分は壮大な寝坊をしていて、これは実は夢なのかもしれない、などという可能性も付け加えてみる。

「どうした。自分の頬を引っ張ったりして。それも、まじないか?」

 今度はパート1が尋ねる。

 ラディッシュの芽は、無事出るのかな――。

 陽菜は、明るいチョコレートブラウンに染めた肩までの長さの髪を風に揺られるままにして、刀を手にしたままぼんやりと立ち尽くしていた。


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