【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第28話
第28話 小さな光でも
人の姿に変身しているダルデマは、目に入った倒木を持ち上げると、適当な長さにへし折った。人ではない、怪力のなせる技である。
「こんな感じでいいかな」
ダルデマは、へし折った木を剣のように構えた。
「ああ! 頼む、ダルデマ!」
対するは剣士アルーン。
実は、アルーンがダルデマに剣の相手を依頼していたのだ。アルーンの、たっての願いだった。
「強くなりたいんだ! 俺は!」
怪物になすすべもなく連れされられてしまったことが、もっと強くならねば、とアルーンを駆り立てていた。
「俺は人間のいうところの剣術は知らん。それでもいいのか」
「頼む! 鍛錬に付き合ってくれ」
そんなわけで、今ダルデマとアルーンが木と剣、互いの武器となるものを持ち向き合っていた。
「遠慮なく斬りかかってこい。俺は……」
ダルデマが、左手のひらを天に向けつつ軽く指を曲げ、手招きするような仕草をした。
「やああああっ!」
アルーンが駆ける。ダルデマが、右手に持つ倒木の幹で、アルーンの大剣を弾くと想定しつつ――。
青い火花が散った。
「え」
アルーンが呟く。
「お」
ダルデマが呟く。
風の流れが、止まった。
「ダルデマ。もうちょっと」
魔法使いレイオルが、いつの間にか両者の間にいた。
アルーンの剣を阻んだなにか。アルーンの剣身が、捉えたのは――。
青い光を放つ剣。
あれ。
アルーンの目が点。
アルーンの剣をその身に受けたのは――、なぜかレイオルの不思議な剣、「青雷光の剣」だった。
レイオルは、青雷光の剣の剣身でアルーンの剣を受けながら、言いかけた言葉の続きを述べた。
「もうちょっと速く動かないと。アルーンの剣、肩口に刺さっていたぞ」
「お? そうか?」
ダルデマは、動じることなく、なんてこともないような様子で軽く返事をした。
「えええーっ!」
絶叫のアルーン。レイオルのとっさの判断と動きの速さにも驚いたし、レイオルに指摘されてものほほんとしているダルデマの反応にも仰天していた。
ダルデマが言う。のんびりとした口調で。
「俺は頑丈ボディだからなあ。別に、当たっても構わんし。そうかあ。やはり、人間でも剣士ってやつは強いんだなあ」
「えええーっ!」
アルーンの脳内では、ダルデマと自分の、激しい攻防が描かれていた。しかも、攻防といっても、ダルデマの圧倒的な強さの中、深い懐で手合わせしてもらっている、といった感じになると考えていたのだ。
「人間が道具を使う理由が改めてわかった。なるほど。自分の戦闘力を補うために、適した道具を作り出し、そしてさらに道具を扱うときの効果的な動きを研究し、運動能力を最大限に高めつつ道具を強力な武器としていくのだな」
勉強になったぞ、とひとりうなずくダルデマ。剣の構えかた、走りかた、流れるような振りかざしかたなど、地形や風の流れにも意識的か無意識か合わせているようだったし、剣士とは大したものだ、とダルデマは短い時間の中のアルーンの身のこなしを賞賛していた。
「え。別に、ダルデマの人間研究の手助けをするつもりだったわけでは――」
ダルデマの高い賛辞とは対照的に、アルーンの最大限に高めた「戦闘ゲージ」がみるみる目減りしていく。
レイオルの手から、「青雷光の剣」が消えた。魔法の剣だった。
レイオルはダルデマに淡々と説いた。
「ダルデマ。身を持っての観察は感心だが、アルーンの身にもなれ。お前の皮膚が頑丈だったとしても、味方を傷つけてしまう、そんなことはアルーンにとって決して心身の鍛錬などではなく、自分自身を責める刃にしかならない」
以上は、夕食後の少しのんびりしたひとときに起きたできごとだった。
それは、小鬼のレイ、元精霊のルミ、魔法使いケイトにとって、ドン引き、お口ぽかあんの光景でしかなかった。
「なにやってんの、あなたたち」
ケイトが、少々呆れながらその場を収めた。
結果。
「素手での戦闘の練習相手はダルデマ、剣術の鍛錬はレイオル。ただし、ルミの前では極力控えて。それからもし怪我をしたら、私にすぐ報告」
と、ケイトからお達しが出た。精霊だったルミは、穏やかな時間を好むから、怪物の出現など必要なとき以外、なるべく激しい対決のような鍛錬は避けて欲しい、とケイトは説明する。
ケイトの説明を耳にし、自分のことは大丈夫だから気にしないで、と当のルミは慌てたが、ケイトは少女のような外見のルミから、というよりルミの醸し出す「気」のようなものを受け止め、そう皆に懇願していた。
「……俺は?」
ひとり名前の上がらなかったレイが、ケイトに尋ねた。なんとなく、気になったようだ。
「レイの前では――」
ケイトの澄んだ大きな瞳が、レイを静かに見つめる。不思議な力で、レイの本質を見ているようだった。
「レイも、鍛錬に参加したい?」
ケイトが尋ねる。
ええと、とレイは斜め上を見上げた。そこには、まだ淡い光の星空しかなかった。
「うん……! 俺も、強くなる!」
レイは、ばんざいをして答えた。
俺にはなにができる? 小鬼力は、どのように役立てられる?
そのときレイは、大きな岩の上にいた。
なんとなく、星が掴めそうな気がして、岩に登った。
夜風で前髪が舞い上がる。少し冷たく心地よかった。
鬼さんのダルデマと、小鬼族の俺は違う。俺は、逃げ足が速いけど、力はからきしだ。
アルーンみたいに剣は使えそうもないし、レイオルやケイト、ルミのように不思議な力はあまりない、と思う。
三本の角が表す力も、今のところよくわからない。「手駒」としてはどうなんだろうと思う。
おとり、としても皆と一緒に旅するようになって、あまり意味をなさない気がする。
そういえば、レイオルも出会ったころのように、積極的に怪物との遭遇を望まなくなった。皆と一緒に旅をすることになり、考えが変わったのかもしれない。
怪物に出会うことは、皆にとっては非常に危険なことだし。それに、ダルデマも一緒に旅をすることになったから、「魔」のエネルギーを食べる必要がなくなってきたのかな。
怪物と出会うのは――アルーンが連れ去られ、ケイトも一緒に消えてしまったように――、皆にとって危険を伴う。レイオルは、自分一人が「人間を卒業」してすごく強くなるより、皆の力、皆の安全を優先しているのかもしれない、と思った。
レイオルは、優しいから。
人間を卒業するのは、強くなるためだけではないだろうことを、レイも感じていた。きっと、「人間」というものに複雑な思いを抱いているからなのかもしれない、漠然とだが、そのように思えた。
でも、レイオルは、レイオルだよ。
分身のレイオルが、レイオルだったように、どんな存在になってもレイオルはレイオルだ、とレイは思った。
レイは星に手を伸ばす。一番明るく輝く、星。
レイオルより、今は、俺自身だ――。
自分自身が、頼りなく、不完全に思えた。なにが完全かは、わからないけれど。
アルーンの、先ほどの熱い瞳が思い出された。強くなりたい、とアルーンは切望していた。
俺に、できること――。
「ここにいた」
岩の下から、レイオルの声。
「レイオル」
「ずいぶん大きな岩に登ったな」
レイオルが、笑顔で見上げていた。
アルーンは一人、剣の手入れをしていた。
そのときダルデマとルミは、蛍がいた、と虫のほのかな明かりを追いかけ、少し離れたところで眺めているようだった。
「アルーン」
不意に声をかけられ、アルーンはちょっとどぎまぎした。
ケイトだった。ケイトはためらいなく、アルーンのすぐ隣に座った。
「ケイト」
剣をしまおうかと思ったが、ケイトは、視線を剣に落としていた。アルーンは、剣をしまうタイミングを逃す。
ケイトは、剣に視線を定めたまま、話し出した。
「アルーン。自分を高めるのは、大切なことだと私も思う。私も、私自身、修行が必要。強くなりたい気持ち、私も同じ」
「うん」
アルーンは素直にうなずく。ケイトは、先ほどのダルデマとの鍛錬について話そうとしているのだ、と思った。
「生き続けなければならないから」
「うん」
そう思う。誰かを、未来を、大切ななにかを守るためには、まず自分を守らなければならない。
「ダルデマが言ったことは、心からの言葉。アルーンは、強いよ。剣士として」
どうだろう、と思った。いつでも、どこでだって、そう、現実に今も。一番にはなれそうにない。
「……魔法使いにも、負けてるしなあ」
自嘲ではなく、正直で客観的な感想だった。
ケイトが、しなやかな両腕を、うん、と伸ばした。
「あいつは規格外だから」
ケイトの言葉に、うっかり吹き出す。本当に、レイオルはいろんな意味で「規格外」だ。
「確かに」
「大丈夫」
「ん?」
ケイトのほうを見つめた。ちょっとだけ、後悔した。無防備に近距離で見つめてしまったことを。
ケイトの派手目の化粧の向こうに、誠実でただまっすぐな、美しさが見えた。
少し、顔が熱い、と感じた。
また、顔が赤くなってしまっているのでは――。
アルーンの密かな動揺をよそに、ケイトは言葉を続けた。
「この旅は、勝負なんかじゃない。無事で、皆で、生き残る。そのための旅。だから、そのとき足りないぶん、間に合わないぶんは助け合う。私たち、きっとそれができる」
生き残るための旅――。
「まだそれぞれ出会って間もないけど。私にはわかる。きっと、皆互いに補い合える――」
大きな輝く瞳に、吸い込まれそうで、ついアルーンは視線をそらして空を見上げた。
たくさんの星。さきほどよりも、くっきりと。ひとつひとつ、輝いている。
一番じゃなくても、いいのか――。
「焦らずに、いこう」
ケイトの声が、星の瞬きに重なる。
「うん」
そうだな、と思った。
焦らずに、自分を信じて。
修行のための一人旅。自分なりに、確かな時間を過ごしてきた。今は、たくさんの仲間。これからは、皆と共に。
アルーンは立ち上がり、剣を腰の鞘に収めた。
「焦らずに、行くか!」
自然と笑みがこぼれた。
「焦らずに、行こう!」
ケイトも笑っていた。
「蛍が、いっぱいいました! 皆、それぞれ綺麗な光……!」
ルミが大きく手を振っていた。弾む声で、笑顔がわかる。
「俺らも蛍、見てみようか」
「ええ。そうね!」
ルミとダルデマのほうへ、歩いていく。ケイトは、早く蛍を見てみたいようで、小走りになっていた。
星のように、蛍のように。大きくても小さくても、自分の光を放っていけばいいんだな――。
一番じゃなくていい。強くなるのは、自分のため、皆のため。
「蛍、私、初めて見るわ」
それぞれの輝きで、暗闇も明るくなるんだ、そんなことを思いつつ、アルーンは軽やかに揺れるケイトの長い髪を見つめていた。
緑の柔らかな光。
アルーンは気付かないでいた。蛍より、アルーンに寄り添うことを、ケイトが優先したことに。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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