【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第29話
第29話 大岩の降りかた
降り注ぐ星の光のほど近く、そこは大きな岩の上。
「レイオル。ちょっと考えごとしてたんだ。今、降りるね」
小鬼のレイは、そう返事をし、今いる岩の上から魔法使いレイオルのいる地上へ、降りようとした。
「私がそちらへ行く」
レイオルがレイに返事をしたが、そこは人の背丈の三倍近くある、大岩だった。小鬼のレイにとっては難なく登れるが、人間のレイオルにとっては大変かも、とレイは思う。
「もうそろそろ戻ろうと思ってたから、俺が降りる――」
と言いかけ、レイが改めてレイオルの顔を見下ろすと、
どばばばば。
「来た」
レイの目線に、あっという間にレイオルの足。見下ろしていたはずのレイオルの顔は、レイよりも上にある。レイオルはレイの目の前、まるで宙に浮かんでいるように立っている。
どういうこと!?
レイがレイオルの足の下に目をやれば、勢いよく吹き出す水の柱。レイオルは、水柱の上に平然と立っていた。
「よっ、と」
レイオルが掛け声と共に岩の上に降り立つと、水柱は急に重力というものを思い出したよう、たちまち下降し始め、水音を立てながら地面に吸い込まれるように消えてしまった。
「なにそれーっ!」
「水脈があった。それを利用し、上に運んでもらったのだ」
「そんなことしなくても……」
無駄なところで魔法を使わなくても、とレイは思う。
「考えごととは、なんだ」
レイオルは、レイの隣に並んで腰かけた。
「えっ、べつに。たいしたことじゃ、ないよ」
なんとなく、レイはごまかした。
考えごととは、自分の力について。強くなるためには、どうすればいいかということについて。すぐに打ち明けなかったのは、自分の弱さを見せてしまうようで恥ずかしいと思ったし、レイオルに呆れられるのも怖かったし、それに――。
自分になにができるかなんてこと、自分で見つけていくしかないんだ。
両親も、レイの特殊能力について自分で見つけ育てるようにということで、教えていなかった。
それが小鬼族の教育だったわけだが、実際、個々で能力の内容は異なるため、特殊能力とは自分自身で気付き鍛えていくしかないものでもある。
「ふむ」
レイは、レイオルの視線を痛いほど感じていた。レイオルは今、レイの横顔を凝視している。
「一つ、尋ねる。レイ。お前の今言った『たいしたことではない』、というのは、私にとって、ということか。それとも自分自身にとって、ということか、それとも、私とお前以外にとって、ということか。さらにそれとも、すべてにおいて、か。あとさらにもうひとつ。自分自身をのぞくすべてにおいて、なのか」
「え」
思わず、レイオルの顔を正面から見た。
「他にも考えられるが、今回は以上五択問題とする。正直に答えよ。十文字以内で」
文字数の制限になにか意味があるのか、と疑問に思いつつ、まあいいか、とレイはとりあえずその問いにのみ答えてみることにした。
たいしたことない、の意味する答えは――。
「さいごのやつ」
レイオルの設問はこめんどくさいと思いつつ、自分自身をのぞくすべての存在にとって、今の自分の悩みなど、たいしたことない話だろう、と思った。
そして、十文字以内でスマートに答えを指し示した自分、賢い、とこっそり自画自賛した。
俺の力がどうこうって、自分自身をのぞくすべてにとっては、たいしたことないことだよね。
レイオルが、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「と、いうことは中身を聞いたほうがよさそうだな」
「なんでっ」
レイオルの表情は、真剣そのものだった。
「それはつまり、お前にとってもっとも重要なこと。五つの選択肢の中で、もっとも深刻。それは、自分以外関係がない、他ではわからない、ということだろうから」
どういう理屈!?
わかったような、わからないような。
でも、確かに、俺にとっては重要な問題。レイオルには、他の皆には関係ない、俺だけの大切な課題――。
「レイ。なにを考えていた」
レイは、レイオルの問いに答えられず、レイオルの視線を振りほどくように前を向いた。
見晴らしがいい岩の上、目の前にも、星。今晩は、特に星がよく見える。
「話したくなければ、いい」
話したくないわけではなかったが、どう切り出していいかわからなかった。
「ところで」
レイオルの声に、もう一度レイオルのほうを向く。レイオルが、違う話題を提供しようとしている。
「私のほうから、お前に話しておかなければならないことがある」
「えっ、俺に? 話しておかなければならないこと?」
ああそうだ、とレイオルはうなずく。
「話しておかねば、というより渡したいもの、かな」
渡したいもの……?
なんだろう、と思った。
レイオルは、自分の懐に手を入れて、なにかを取り出した。
レイオルの手のひらには、透明に光る、小さな球。ガラス玉のようだった。
「よく覗いてごらん」
レイオルの手のひらの上にある、その球を覗いてみる。中に、なにかがある。
「角……?」
動物の角のようだった。小さな球に収まる、さらに小さな角。
「角笛だ」
「角、笛……?」
こんなに小さいのに、と思った。
「もとは、もっと大きなものだ。持ち運びしやすいよう、小さくして閉じ込めておいた」
レイオルは、角笛の入った球をレイに手渡した。
「お前に持つよう、託された」
「えっ、俺に? 角笛を? 誰から?」
レイオルは微笑む。
「私との『映し鏡の者』から、だ。そしてこれは、神獣の角」
神獣の、角笛――。
「角笛をお前が吹くことで、偉大な力が発揮される。しかし、それは一度きりの効力だ」
レイは、まじまじと球の中の角笛を見つめた。まるで氷のような球の中、浮かんでいる、不思議な角笛。
「その偉大な力の威力は、未知数。神獣は、未来のために『人』に託した。そして、人から、小鬼のお前へ。それはきっと、怪物ウォイバイルに対抗できうる力――」
レイは顔を上げ、レイオルを見つめた。
「そんな……! そんなすごいもの、どうして俺に……!」
「お前には、それを使える力がある。というよりもしかしたら、お前にしかうまく使いこなせないかもしれない」
おれに、そんな力が……!
「いいか、レイ」
レイオルは、優しい眼差しで見つめる。
「一度きりだ。戦いの、最後の局面でそれを吹け。お前が所持し、お前が判断してその力を解放しろ」
そのように伝えてから、レイオルは人差し指をレイの手のひらの上の球に向けた。そして小さく呪文を唱える。
「至宝の角笛をその身に宿したる球よ。己の主人、小鬼のレイの胸元にて、常に付き添い従え」
レイの手のひらから、ふわふわと球が浮かび上がる。
「あっ」
レイの服の首辺りが見えないなにかに引っ張られたように広がり、そして、服の中へと球が入っていく。
球はまるで、ペンダントのようにレイの胸元で浮かんでいた。鎖や紐もないのに、胸元で浮かんでいた。
「これで、常に球はレイのそばにある。どんなに動こうと、服を脱ごうと、お前のすぐそば、定位置に浮かんでいる」
それから、とレイオルは言葉を続けた。
「角笛を取り出すための呪文を書いた紙を、あとで渡す。その呪文を唱えれば、角笛は元の大きさに戻り球も消える。その呪文を唱えるのは、角笛を使うときのみ。そのため、今口頭では教えないでおく」
「どうして……」
胸元に浮かぶ球を見下ろしながら、レイは尋ねた。
「どうして、レイオルじゃなくて俺なんだろう……? そんな大切な、力――」
「お前だから、使えるんだ。お前の三本の角の力が、おそらく鍵となる」
俺の三本の角の力……! 俺の特殊能力……!
レイはハッとした。
「お前の力がどのように影響し、角笛の力がどのように発揮されるかはわからない。でも、信じている。お前は、この世界にとってもっとも重要な存在となる」
俺は――。
どのように自分の力を磨いていけばいいのか、結局自分の力がなんなのか、レイにはまだわからない。でも、まるで霧が晴れ、光が差し込むようだった。角笛の力を行使する、それが自分の力、役割なのだと思った。
俺の小鬼力、きっとそこに使えるんだ――!
レイの体の中、力がみなぎるようだった。
「私の話は、これで終わりだ。お前の話、話せるときにいつでも話してくれ。考えていたのがなんのことであれ、お前がひとりで抱え込むことはない。もしかしたら、話すことでなにか光が――」
「レイオル! 大丈夫だよ! もう、光が見えたよ!」
レイは、立ち上がり叫んでいた。
「俺の考えていたことの答え、全部じゃないけど見えてきた! この先は、自分で見つけるね……!」
レイオルは、少し驚いた顔をしていたが、レイの笑顔を見つめ、
「そうか」
とだけ言ってうなずいた。
「ありがとう、レイオル……!」
レイオルは、心配してくれたのだ、レイにはわかっていた。
俺が悩んでいると、レイオルは心配してくれた――。
胸が、あたたかい。角笛の入った球が、あたたかいわけじゃないけれど。
恐ろしいほどの重責も、不安も、この瞬間には不思議なくらい感じられなかった。
きっと、レイオルがいてくれるからだ――!
きっと大丈夫、きっとレイオルやみんなと力を合わせ、進んでいけるはず。レイの瞳は、星々を映していた。
「そろそろ、皆のところへ戻らなくちゃ!」
皆、心配し始めてるかも、と思った。皆の顔を思い浮かべると、一刻も早く戻らなくては、と思う。
レイは、ひょいひょいっと身軽に岩を降りていった。すぐに地上へたどり着く。レイオルはというと、まだ岩の上に立ったままだ。
レイオルは、
「分身の術、スリーレイオル!」
と一声叫んだ。
スリーレイオル……!?
レイがレイオルの呪文らしき叫びに疑問を持つ。すると、たちまち――、地上に三人のレイオルが現れた。
分身、こんなに出せるんだ!?
思わずぎょっとするレイ。でも、なぜに三人――、どうして分身なのか、なぜ三人なのか、レイにはさっぱりわからない。
分身たちの中、一番手のレイオルと二番手のレイオルが、きびきびと動き、どういうわけか肩車をし始めた。三番手のレイオルは、そのままレイの隣に立っている。
なにが、始まるの……?
レイが、岩の上の本物のレイオルを見上げる。
「とうっ」
本物のレイオル、つまり分身ではないレイオル本体が、華麗に岩から飛び降りた。肩車レイオルに向かって。
「よし来いっ!」
肩車の上の二番手レイオルが、本体レイオルを受け止めた。受け止めた、と思うやいなや、
「三番レイオル、頼んだぞっ」
え。
大声とともに、肩車の上の二番レイオルが、三番レイオルと呼ばれた地上のレイオルに、本体レイオルを投げ飛ばした。
投げ飛ばすんかい!
レイが呆気にとられる中――、見事地上の三番レイオルが、投げ飛ばされた本体レイオルをしっかりと受け止めていた。
ぱちぱちぱちぱち。
そのとき、一、二の肩車レイオル軍団は、拍手していた。
「分身たち、ありがとう」
三番手レイオルが本体レイオルを無事地上に降ろし、本体レイオルが分身たちに礼の言葉を述べると――、あっという間に分身レイオルたちは消えてしまった。
吹き抜けるのは、なにごともなかったような、夜風。
レ、レイオル……。
「もっと簡単な降りかた、あると思うんだけどーっ!?」
「そうか?」
どこまでも、こめんどくさい。
水の柱に乗って岩に登る魔法のほうが、よっぽどスマートで的確だったとレイは思う。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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