【創作長編小説】天風の剣 第19話
第三章 新しい仲間、そして……。
― 第19話 縁があれば、繋がるはず ―
川辺で野営をした翌朝、町に着いた。
町はまだ、朝もやに包まれていた。
街道沿いに、色鮮やかな屋根の小さな家々が立ち並ぶ。朝食のよい香りを漂わせている家もあれば、静寂に包まれ、まだ眠りから覚めない家もある。フェリックスたちの蹄の音が、リズミカルな心地よい響きを奏でる。
角を曲がると、栗毛の馬に乗った男性の姿が見えた。
「兄さん……!」
アマリアが明るい声を上げた。鳥を使って互いに連絡を取り合っていたので、難なく兄と出会うことができたのだ。
「アマリア」
アマリアの兄は、アマリアとはまったく似ておらず、いかつい筋肉質の体型をしていた。顔も角ばった輪郭で目鼻立ちがはっきりしており、口も大きく豪快な印象を与える。髪と瞳は濃い茶色で肌は日に焼けて浅黒く、アマリアの兄といわれても、見た目からはピンとこない。
「キアランさん、ライネさん、そしてルーイ君だね。私の名は、ダン。アマリアが大変世話になった」
ダンは馬から降り、礼儀正しく挨拶をした。皆も馬から降り、ダンに挨拶を返す。
ダンは笑うとたちまち柔和な雰囲気になった。それはアマリアと似た、優しい微笑みだった。
「兄さん……? それで、そのひとはどこに……?」
アマリアは不思議そうな顔で辺りを見回す。アマリアはダンが、ダンの見つけたという人物と一緒にいると思っていたのだ。どう見ても、そこにいるのはダン一人だった。
「すまない……。実は、失敗した」
ダンの笑顔がたちまち曇ったと思うやいなや、いきなりダンは皆に向かって頭を下げた。
「失敗……? 兄さん、いったい、どうしたのですか?」
アマリアが、大きな瞳をさらに大きくして尋ねた。
「私も、『四聖を守護する者』を見つけた。しかし、納得してもらえなかった」
「納得……?」
ダンは、深いため息を漏らす。
「ああ。一緒に来てもらえなかった」
「え……」
「『使命なんて、そんなの知らない』とはねつけられた」
「まあ……!」
「それはまあ、そうだろうけどな――。彼女は、剣士のようだったし――」
ダンは困ったように頭をかいた。
『四聖を守護する者』の特殊な家柄に生まれ、幼いころからそう育てられてきたダンやアマリアと違って、いきなり見知らぬ者から「あなたにはそういう使命がある。だからお願いします」と言われても、普通は早々受け入れられるものではない。
見た目が人と違うということで村人たちから化け物扱いされ、己の出自もわからず、自分の生きる道、生きる意味を探しさまよい続けていたキアラン、そして神秘の魔法の力を有し、己の感覚的にも使命を自然と納得できたルーイやライネ。彼らは自分の使命というものを真摯に受け入れ、むしろ生きる原動力として歓迎する向きさえあった。
普通の生活を経てきたであろう人間に、そんな話を理解してもらうのは困難だろうと、皆も容易に想像できた。
「結構、粘り強く説得したんだけどなあ」
申し訳なさそうに、ダンはまた頭をかく。
「兄さん――。そのかたは女性だったのでしょう? 粘り強い説得が、逆効果だったのではないでしょうか?」
「えっ」
アマリアが、痛いところを指摘した。見知らぬ頑強そうな男に、突然わけのわからないことを言われてつきまとわれたら、怪しまれ拒絶されるのは道理である。
とはいえ、さすがにそこまでアマリアは言及しなかった。アマリアは、優しくにっこりと微笑んだ。
「縁があれば、きっと繋がります」
「そ、そうか……?」
「幸い私たちは、キアランさんやライネさんと出会うことができました。そして、肝心の、四聖の一人であるルーイ君とも出会えました」
「それに、ダンさん。あなたとも合流できた。とても心強いことだ」
キアランが、アマリアの言葉を継いだ。
「そうだね! とっても頼もしい、ダンお兄さんみたいな強そうな人が守ってくれるっていうのは、すっごくありがたいや!」
ルーイがダンの大きな手を取り、嬉しそうに飛び跳ねながら振り回した。
「おや。おぼっちゃん。俺のときと歓迎ぶりが違う気がするな」
ライネがわざと口を尖らせ、すねたような表情を作る。
「ライネおにーさんも、僕、好きだよー!」
「おっ。ほんとかー?」
「ほんとだよー」
ライネはルーイのその言葉を待っていたようで、たちまち少年のような笑顔になり、ルーイの柔らかな金色の髪をぐしゃぐしゃになでまわした。
「もー! 乱暴だなあ!」
「ルーイ! ついでみたいに好きとか言うなよー?」
ふざけ合うルーイとライネ。ダンはそんな様子を見てなんとなくホッとしたような顔になる。アマリアは、微笑んでダンの努力をねぎらった。
女性の、剣士か――。
キアランは、朝日の昇る青空を見上げた。
白い雲に、黒い影がよぎった。
それは、鳥のようでもあった。
キアランは、気付かない。皆に視線を戻す。
キアランは、気にも留めなかった。
光を遮る、不吉な黒い影。それは、鳥ではなかったのだが――。
ダンの話によると、その女性の剣士も旅人だったらしい。
昨日までこの町に滞在していたが、もうどこかへ出発したとのことだった。
朝食を済ませた皆も、早々に町を出ることにした。
「次の『四聖』、または次の『四聖を守護する者』を探そう――!」
その剣士が、行動を共にしてくれないとしても、仕方ないと思った。使命はあったとしても、それに応えられる器があったとしても、人にはそれぞれの生き方がある。選択肢は無限にあり、自由意志のもとに人生を歩んでいくべき、そう皆は考えていた。
荒野が、続いた。一同、馬を走らせた。
しばらくは、丈の長い草と赤茶けた岩ばかりの風景が続いていた。
「うっ……!」
いきなり、キアランの胸がうずく。
最初、シルガーのトカゲが動きを見せたのかと思った。
すぐに、違うとわかった。
私の内部――、体が、なにかに反応している……?
血が、ざわざわと騒ぐような感じがした。
「兄さん!」
突然、アマリアが叫んだ。
「この近くになにか、いるな!」
ダンも叫び返し、そしてライネもうなずいた。
「魔の者か……!」
キアランは、ハッとした。
先ほどの胸のうずきは――、もしかして――!
『まあ、私の血を飲むことによって、お前も色々変わってくるだろうな』
シルガーの言葉が、頭の中で不気味に響く。
魔の者に関する感覚が、敏感になっている……!
キアランが、そう考えたときだった。
ウオオオオーッ!
不気味な唸り声が聞こえた。
「あっ! あれは!」
巨大な獣の形をした魔の者が見えた。胴から上が馬のような姿をしており、蜘蛛のように曲がった長い八本の足が胴体を支えている。
馬と蜘蛛のあいのこのような魔の者に対し、一人の女性が、剣を構えていた。
「彼女だ……! 彼女が、私が出会った『四聖を守護する者』だ……!」
ダンが、女性を見て叫んだ。
「聖なる光の槍、魔の者を貫け……!」
ライネが呪文を唱えた。空中に、金色に輝く槍が現れた。
光の槍が、風を切る。そして勢いよく落下し、魔の者を貫いた。
「大地の精霊、魔の者を討て!」
ダンが紫の石のついた杖を振り上げて呪文を叫ぶ。大地から石や岩が持ち上がり、次々と魔の者に襲いかかった。
「太陽の矢、天の矢よ……! 魔の者に、降り注げ……!」
アマリアの長い髪が、輝きながら風になびく。光輝く無数の矢が現れ、魔の者に降り注ぐ。
オオオオオ……!
叫び声を上げる魔の者。キアランの金の右目が光る。キアランは、フェリックスを走らせる。フェリックスはキアランの思いに応え、はやてのように駆ける。
「魔の者め……! 滅せよ……!」
天風の剣が、真一文字に大気を切り裂く。
ドンッ……!
次の瞬間、魔の者の首が舞った。
仕留めた……!
首が、魔の者の急所だったのだ。魔の者は、どう、と大きな音を響かせ大地に伏した。
キアランは、女性の剣士と目が合った。
短く切った赤い髪が印象的な、背の高い美しい女性だった。彼女は、不思議な赤紫の瞳をしていた。
女性の真っ赤な唇が、密やかに動く。
「……なにしてくれんのよ」
ハスキーな声だった。長いまつ毛に縁どられた切れ長の目が、キアランを睨みつける。
「え」
「なに余計なことしてんの、って言ってんの!」
女性は、剣先をキアランに向けた。
余計なこと、だったか……?
キアランは、思わぬ女性の反応に、ぽかんと立ち尽くす。
「あれは、私の獲物よ……!」
どこかで聞いたようなセリフだ、キアランは呆然と女性を見つめていた。
あのときの「獲物」とは、私のことだったっけ。
どうでもいい記憶だ、キアランは失笑した。どうでもよくはなかったが、キアランはシルガーの勝手な言い分をどうでもいいことにしたかった。
「なに笑ってんのよ!」
この女性も「四聖を守護する者」なのか――。
果たして縁があって出会えたのか、キアランは先が思いやられるような気がしていた。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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