【創作長編小説】天風の剣 第20話
第三章 新しい仲間、そして……。
― 第20話 それぞれの事情 ―
凛とした佇まいの、赤い髪の女剣士。
魔の者の首を跳ね飛ばしたキアランを見ても動じることなく、むしろ食ってかかってきた。腕に覚えのあるものに違いないと、キアランは思った。
キアランは、フェリックスの背から降りた。
「すまない。魔の者に襲われ、困っていると思ったから――」
「あなた……! その目……!」
女剣士は、間近でキアランの左右違う色、しかも金の瞳を見て驚きの声をあげた。
「あ! ごめんなさい! 失礼よね。初めて見たから、つい――」
女剣士は剣をしまって姿勢を正し、即座に頭を下げた。助けようとした者に剣先を向けるほうが、よっぽど失礼だ、とキアランは思ったが、素直に詫びる様子を見て、さほど面倒な性格の人物ではないのだな、と思い直す。思い直す、ということは、しっかり「面倒な女性」、と感じていたようだ。
「魔の者を討ち、腕を磨こうとしていたのか」
「ええ。そうよ」
女剣士の赤紫色をした美しい瞳は、力強い輝きを放っていた。
「そうか。それは失礼した。では、私たちも旅を急ぐので、これで――」
キアランは頭を下げ、女剣士に背を向けようとした。
「キアランさん! そこはそうではなくて……!」
キアランの後方にいたダンが、慌てて声をあげた。今にもこの場を立ち去ろうとしているキアラン。せっかく女剣士と再会できたのに、これでは女剣士と使命を共にする可能性がなくなってしまう、そのようにダンは考えたようだ。
「あっ! また出た……! あんた、ほんっとしつこい男ね!」
女剣士がダンに気付き、とげのある声で叫ぶ。
「あ、いや、別に貴女を追いかけてきたわけでは――」
ダンは困惑しながら、それは誤解であると説明しようとした。
「すみません。兄が、失礼をしました」
バームスの背から降り、アマリアが女剣士のもとへ近寄る。
「私の名は、アマリアといいます。兄の名は、ダンです」
アマリアは、たぶんダンは自分の名も名乗らず、いきなり女剣士に接近して説明しようとしたのだろうと推測し、念のためダンの名も紹介した。
「アマリアさん? ダンさん? あなたたち、いったいどういうつもり?」
女剣士は少し首を傾け、腰に両手を当てながら怪訝そうに尋ねる。
「仲間集め? あたし、そういうの興味ないんだけど」
女剣士は、吐き捨てるように言う。
「もう、行こうぜ」
キアラン、ダン、アマリアと女剣士のやり取りを見て、しびれを切らしたようにライネが促す。
「わからず屋に説明しても、時間の無駄だ。次の人物に当たろうぜ」
ライネはグローリーの手綱を引いて向きを変え、来た道に戻ろうとした。
「なんですって! 誰がわからず屋よ!」
「あんただよ。剣の腕があるかもしんねーけど、人に助けてもらって礼のひとつもない、しかもそのうえその助けてくれた剣士に対して剣を向けるなんて、敵意しか感じねーけどな」
ライネは冷たく言い放つ。
「ライネさん!」
アマリアとルーイが同時に叫んでいた。
「あら、その子――」
女剣士は、ルーイに目を留める。
「え……? 僕……?」
ルーイは、きょとんとした。女剣士は、じっとルーイを見つめる。
「僕に、なにか……?」
女剣士は、なにも言わず、ルーイを見つめ続けた。赤い唇が、かすかに震えていた。
「どうしました……?」
女剣士の雰囲気から、とげとげしさが消えていた。様子が変わったことに気付き、アマリアが、女剣士に優しく問いかける。
「似てる――」
「え……?」
「よくわからないけど……。なんだか、似てる――」
女剣士は、ゆっくりとルーイに近付く。微笑みさえ、たたえて。
「おねえさん……?」
ルーイはなぜ女剣士が自分を見つめているのか、わけがわからない。
「変ね……。あたし、魔法の力とかちっともないんだけど、なんだか――」
「なんだか……?」
女剣士はルーイの頬に手を伸ばし、柔らかな頬を優しく撫でた。懐かしい、大切なものをそっと愛おしむように――。
「あなた――。あたしの妹に、どこか空気が似ている気がするの」
「あたしの名は、ソフィア。色々、失礼なこと言ってごめんなさい」
日差しが強くなってきた。青空のもと風はなく、少し暑いくらいだった。
日陰になるような大きな岩を見つけ、その岩影に腰をおろす。ルーイとアマリアが女剣士ソフィアを挟むようにして座り、キアランはルーイの横、ダンはアマリアの横に座る。ライネは、少し離れたところで腕組みをしながら立っていた。
「妹を、連れ戻したいの」
ソフィアは、遠い一点を見つめながら呟く。視線のその先に、妹の姿があるかのように。
「連れ戻す……? 妹さんは、どうなされたのですか……?」
アマリアが、穏やかな口調で尋ねる。固い心をゆっくりとほぐすような、傷付いた心にそっと寄り添うな、そんな声だった。
「連れて行かれたの」
「連れて行かれた……?」
「妹は、特別だったから」
アマリアとダンは、顔を見合わせた。なにか、同時に確信を得たようだった。
「……ルーイ君に似ている、そうおっしゃいましたね……?」
「ええ。見た目は特に似てないのにね――」
ソフィアは微笑んでルーイを見つめる。
「妹さんは、不思議な力を持っていたのでしょう……?」
アマリアが、尋ねた。
「! どうして、それを――!」
「そして、魔の者に狙われることが多かった……?」
ソフィアは絶句した。
「なぜ、そんなことを……!」
ソフィアの声は、震えていた。アマリアの問いは、核心をついていたようだった。
「あなたが剣士である理由は、妹さんを守るためですね」
空に浮かぶ雲が、いつの間にか動き出していた。風が出てきたようだ。
ソフィアの瞳に、青空と流れる雲が映る。
「ええ――」
ソフィアは、押し殺すような声を出してうなずき、唇を噛みしめた。
「妹さんは、どこに連れて行かれたのです?」
アマリアは、あくまで穏やかな声だった。妹が何者にどういう理由で連れ去られたのか、おおよその見当がついているかのようだった。
「修道院よ……」
アマリアとダンは、再び顔を見合わせ、そしてうなずいた。そのような事態は充分考えられる、そういった様子だった。
「妹は――、世界にとって特別な子らしいの。修道士たちは、妹を守るために修道院に入れる、そう説明していた。でも……!」
ソフィアは自分の拳を握りしめた。
「私だって、妹を守れる! そのために、強くなってきたんだから……! これからだって、私一人で妹を守れる……! 自由のない修道院に閉じこもって生活する必要なんて、ないのよ……!」
ソフィアの瞳は、濡れていた。そこには、悔しさと怒りと寂しさが入り混じっていた。
「でも、妹さんは自分から修道院に行くことを決めたのではないですか……?」
「…………!」
ソフィアは驚いてアマリアの顔を見た。図星のようだった。
「妹さんは、あなたにこれ以上負担をかけたくなかったのですね」
ソフィアは、うなだれた。こぼれ落ちる、ひとしずく。涙だった。
「ソフィアさん。妹さんは、『四聖』と呼ばれる、特別な存在なのです。そしてそれは、ルーイ君と同じ――」
「え……」
ソフィアは、顔を上げた。
「あなたがルーイ君を見て似ている、そう感じたのは、妹さんとルーイ君が同じ『四聖』だったからです」
アマリアは、ソフィアに包み込むような笑みを向ける。
「そして、私の兄、ダンが説明しようとしていたと思いますが――、あなたは『四聖を守護する者』です」
「あ……!」
そこで初めて気が付いたように、ソフィアはアマリアの顔を改めてまじまじと見た。
「私も、ダン兄さんも、そしてキアランさん、ライネさんもあなたと同じ『四聖を守護する者』です」
「『使命』って、そういう……!」
「ソフィアさん。言葉足らずで申し訳ない」
ダンが、恥ずかしそうに頭をかきながら謝罪する。やはり、ダンの説明はソフィアにちっとも伝わっていなかったのだ。
アマリアとダンは、ソフィアに四聖のこと、四聖を守護する者のこと、そして魔の者のことや「空の窓」のことなどを一からゆっくりと説明した。
ソフィアは、真摯に耳を傾け続けた。
「ごめんなさい……。ダンさんは、私を口説こうとしているのかと思った」
「口説……!」
ダンは思わず叫び、赤面した。耳まで真っ赤になっていた。
「そ、そんな、大それた、いえいえ、私に下心など……!」
両手のひらを向け目いっぱい振って否定するダンの様子を見て、ソフィアは、くすっ、と笑った。
「怪しさ満点だったわよ」
「怪しさ……!」
ダンは大きな手のひらを顔に押しつけ、うつむいてしまった。
「使命――」
ソフィアは独り言のように呟く。
「ソフィアさん。修道士さんたちは修道士さんたちで、妹さんや世界を守ろうとしていると思います。私たちも、修道院に行きます」
「アマリアさん――」
「修道院と、話し合いたいと思います」
アマリアは、ソフィアの瞳を見つめつつ、きっぱりと言い切った。
「どのような方法がいいか、話し合い、そして模索したいと思います」
「連れ出すんじゃないの!?」
「ええ。安全な方法が一番だと思います。妹さんの身の安全が、修道院の中にいらっしゃるほうが保てるのなら、それがよいと思いますし、我々と同行したほうがよいと思われるのなら、我々が守護する者であることを説明し、修道院から連れ出す方向にしたいと思います」
「ちょっと待ってよ!」
ソフィアがアマリアの言葉を遮る。
「まだ、あたしはあなたたちと一緒に行動するとは言ってないし! あたしは修道院自体信用してないし!」
「ソフィアさん――」
ソフィアは立ち上がった。
「あなたたちはあなたたちの考えがあるだろうけど――。あたしは、使命ってものがあたしにあるのを納得したわけじゃない」
ソフィアは、自分の乗ってきた馬のほうへ歩き出す。
「あたしは、あたしなりの方法で妹を守る」
「ソフィアさん!」
「あたしが守りたいのは、『四聖』じゃない! あたしの妹よ!」
ソフィアはそう叫ぶと馬にまたがった。
「ソフィアさん……!」
ソフィアは赤い髪を風になびかせ、あっという間に走り去っていった。
ライネは、ずっと腕を組み続けていた。
「……時間の無駄とは思わねーけどよ」
足元の草を蹴り、ライネは呟く。
「まっ。色々あるわな」
ライネは、それ以上なにも言わなかった。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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