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【創作長編小説】天風の剣 第14話

第二章 それは、守るために
― 第14話 人間の強み ―

 冷たい雨が、深い森の緑を、そして倒れたキアランの体を打ち付ける。

「キアランさんっ……!」

 ルーイとアマリアが、キアランのもとへ駆けよった。

「大丈夫だ……。骨や内臓は、異常ないようだ」

 大木に激突する寸前、とっさに衝撃を和らげる動作をしていたようで、深刻なダメージは受けていない、そうキアランは判断していた。
 キアランは痛みをこらえつつ体を無理に起こし、ルーイやアマリアに向け、笑顔を作る。

「大丈夫だ――」

 ズキズキと痛みが脈動する。キアランは、微笑みを作り続けた。

「キアラン――、痛いとき、苦しいときはそういう顔をしていいんだよ……!」

 ルーイが泣いていた。アマリアと共に、キアランの背に治癒の魔法をかけながら、ルーイは泣いていた。雨と交りながら、熱い涙がこぼれ落ちていく。

「……なぜルーイ、お前が泣くんだ」

 キアランは、少し戸惑いながら尋ねる。

「キアラン、全然、大丈夫なんかじゃないよ……! 絶対痛いはずだよ! キアランが痛いなら、僕の心も痛いよ……!」

「ルーイ――」

「キアランが泣けないなら、キアランの分も僕が泣くよ……!」

 ルーイは顔を真っ赤にして泣いた。

 私の分を、泣いてくれるのか――。

 キアランの胸に、熱いものがこみ上げてきた。

「ルーイ」

 キアランは、言葉を探す。雨の音、土の匂い。こんなとき、どう気持ちを伝えればいいのだろう。どんな顔をすればいいのだろう。

「ありがとう――」

 言葉は、自然に生まれ出た。

「キアラン、痛いよね――」

 涙で潤んだ、ルーイのまっすぐな眼差し。ルーイの声は、震えていた。

 なんと、答えればいいんだろう。

 ルーイは、いつだってまっすぐ自分へ向かってきてくれている。
 雨粒は、天より落ち、大地へと吸い込まれる。それは、ごく自然に。
 キアランは思う。それなら、きっと自分も――。

「……うん、確かに痛いな」

 キアランは、まっすぐ自分の心を見つめ、素直に体の声を伝えた。

「キアラン、我慢しないで……! 痛いときはちゃんと痛いって言ってね……! 辛いとき、苦しいとき、僕らにもそれを伝えて……!」

「……ああ。わかった。わかったよ……、ルーイ。だから、お前はもう、泣かなくていい――」

 キアランは手を伸ばし、ルーイの頬を手のひらで包んだ。
 自然な笑顔も生まれていた。痛みが、ほんの少し薄らいだ気がした。


『お前は、そんな器ではないはずだ』

 馬のバームスの背に揺られながら、キアランはシルガーの言葉を思い出していた。

 どうしたら強くなれるのだろう。

 あのとき、シルガーが現れなかったら、どうなっていたのだろうとキアランは思う。魔の者の急所は見つけたものの、あのあと自分の力であの魔の者を倒せたかどうか、キアランは確信が持てないでいた。

 このままではいけない……! もっと、もっと強くならねば……! 少なくともシルガーに対抗できる力をつけなければ……!

 目覚めよ、そうシルガーは言った。キアランにはなんのことか、どうすればいいかわからない。
 キアランはうつむき、自分の衣服の間から見える包帯を眺めた。傷を受けてばかりの痛々しい体、これが現実だった。

 真の力、これが紛れもない私の今の状態だ……!

 決してシルガーの謎めいた言葉などにすがってはいけないと、キアランは思う。

 魔の者を倒し続け、己を鍛え続けるしかない……!

 実戦で実力を磨くしかない、キアランは顔を上げ、力強い瞳でどこまでも続く道を見据えた。石だらけの道は決してまっすぐではなく、先が見えず、果てしないように思えた。



 いつの間にか雨は上がっていた。少し前から山道が下りになっていたが、あとどれくらいで村に着くかはわからない。

 ぐうー……。

「あっ……! ご、ごめんねっ。なんでもないからねっ」

 ルーイは慌ててごまかそうとしたが、ルーイの腹の虫が、昼どきを伝えていた。

「これを切ろうか」

 キアランは、町で購入した大きな果物を荷物から取り出した。

「うんっ……!」

 ルーイは満面の笑顔になる。
 キアランは、医者からもらった薬を飲むためにも、今食べておくことがちょうどいいと思っていた。
 
「わあい、おいしそう!」

 あまり雨に濡れていない岩陰を見つけ、向かい合うようにして座る。ひょうたんのような形のため、ちょっと切り分けにくかったが、キアランはなるべく均等に分けた。一番大きいものをルーイに、食べやすそうなところをアマリアに渡す。

「ありがとうございます……! 本当、甘くておいしいですね。栄養もあるそうですし、なんだか元気が出るような気がしますね」

 果物で喉をうるおしながら、アマリアが微笑む。

「本当だな。元気が出る」

 キアランは、アマリアから視線を外す。本当は、アマリアの笑顔が心底嬉しかった。購入してよかった、そうしみじみ思っていた。が、そんな様子を微塵も見せないようにして、素っ気ない態度をとっていた。

「栄養があると、元気になれるんだね」

 ルーイは大きな口を開けて果物にかぶりつく。そして、んーっ、とため息をもらす。この果物をとても気に入ったらしい。
 口をもぐもぐさせながら、ルーイは呟く。

「僕、大きく、なれるかな」

「なれるさ。たくさん食べるんだぞ」

「うん」

 ルーイは空を見上げた。少し、なにかを考えているようだった。

「……僕、早く強くなりたいなあ」

「……私も同じことを考えていたぞ」

 キアランは、ルーイを見つめた。

「早く強くなって、キアランやアマリアおねえさんを助けたい」

 ルーイは、力強い口調で自分の気持ちを伝えた。そこには、揺るぎない意志があった。

「私が早く強くなって、ルーイやアマリアさんを守りたい」

 キアランはルーイにつられ、うっかり本音を語ってしまっていた。「アマリアさん」のくだりでハッと気付き、顔が赤くなってしまった。

 ルーイはよしとしても、アマリアさんを守りたいと言ってしまった……! これではまるで告白のようではないか……!

 果物をのどに詰まらせそうになり、キアランは咳き込む。

「大丈夫ですか? キアランさん!」

「ああ。大丈夫だ」

 心配そうな表情のアマリアを見て、キアランは思う。

 ああ、大丈夫だ。変なふうには思われていないようだ。

 大丈夫とは、そういう意味の大丈夫だった。
 アマリアは、優しい微笑みをキアランとルーイに向けた。そして、真剣な眼差し、穏やかな声で話し始めた。

「私たちは、人間です。超人ではありません。一人一人が強くなることを目指す、それは大切なことですが、それよりもできることがあります」

「できること……?」

 ルーイが尋ねた。

「皆で力を合わせることです。多くの力を集め、協力しあって立ち向かう。それが魔の者にはない人間の強みです。私たちは三人ですが、いずれ仲間と合流できるはずです。焦ってはいけません。そして、無理をしてもいけません。自分が犠牲になることを考えてはいけません。生きることを優先し、時を待ちましょう」

「人間の、強み――」

 アマリアは、うなずく。

「今はかなわない強敵でも、きっと……!」

 アマリアは、使い魔を通じてシルガーがまた出現しないよう、用心してその名を出さないようにしているようだった。
 空に見える、白い点。

 パサパサッ……!

 真っ白な小鳥がアマリアのほうへ飛んできた。そして、アマリアの細い肩にとまった。

「まあ……!」

 小鳥の足には手紙がつけられている。その小さな手紙をアマリアは開き、琥珀色の瞳を輝かせた。

「兄さんが……!」

 手紙の内容を言いそうになり、アマリアはハッとして口ごもった。
 シルガーが聞いているかもしれない、そう考えたようだった。

「よい知らせです……!」

 それだけ告げると、アマリアは急いで返事の手紙をしたため、小鳥に託す。

「小鳥さん、お願いしますね」

 アマリアの手から小鳥は羽ばたき、青空に吸い込まれるようにして見えなくなった。

 きっと、四聖よんせい四聖よんせいを守護する者を見つけたという知らせか……!

 キアランは、空を見つめながらそう確信した。

「そろそろ、出発しましょうか」

 アマリアの提案に、キアランとルーイはうなずく。
 キアランは、アマリアとルーイの協力を得て、バームスの背にまたがった。
 木漏れ日の中、キアランは考えを巡らす。

 今の私は、一人で馬にさえ乗れない。でも、きっと協力して戦うことで強くなる――。人間の強み、か――。

 でも自分は人間ではないかもしれない、一瞬キアランの胸にそんな思いがよぎる。
 キアランは手綱を、強く力を込めて握りしめた。

 私がなんであろうと、私は強くなってみせる……! そしていつの日かシルガーに、勝つ……!

 使い魔の刻印、それはシルガーからの挑戦状だとキアランは思う。

 これはきっと、定められた運命を超えた、私自身の戦い……!

 風に揺れる緑が光り輝く。
 村へと向かう空に、虹がかかっていた。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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