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【創作長編小説】天風の剣 第15話

第二章 それは、守るために
― 第15話 黒い森へ ―

「あっ、あそこに食堂があるよ!」

 村に入ってすぐ、食堂の看板が目に入る。
 先ほど果物を食べたばかりだが、遅めの昼食をそこでとることにした。

「この村でも、お医者様にかかったほうがいいんじゃないかなあ?」

 ルーイが心配そうな顔をしながら、キアランに提案する。

「昨日町で診てもらったばかりだし、薬ももらってあるから大丈夫だ」

 治癒の魔法もかけてもらった、だから大丈夫だ、とキアランは言い張る。

「だって、そのあとまた戦って痛い思いをしたんだし、一応診てもらったほうがいいよ!」

 そうルーイが叫んだとき、ちょうど頼んだ料理が運ばれてきた。

「……こんなことを申し上げるのは、誠にせんえつではございますが――」

 料理を運んできた年配の女性が、それぞれの目の前においしそうな湯気の立つ料理を並べ終えると、小声で話しかけてきた。

「今のお客様には、お医者様より拝み屋さんのほうが必要なのでは、と――」

「えっ……」

 一同驚いてその女性の顔を見た。

「大変失礼なことを申し上げているとは存じます。――ですが、今のお客様にはとても恐ろしいなにかが――」

「あなたは、危険ななにかを感じるのですね」

 キアランの代わりに、アマリアが問いかけた。

「はい」

 その女性の表情や話しかた、そして雰囲気から、彼女が実直で誠実な人物であることが自然と伝わってきた。
 女性は、真剣な表情で話を続けた。

「この村の外れに、年若いですが大変優れたお力を持った拝み屋さんがいらっしゃいます。もしかしたら、なにかお客様の救いになるかもしれません。そこをお訪ねになられてはいかがでしょうか。あとで、地図をお渡ししますので――」

 他のテーブルの客や店主にわからないような声でそう告げると一礼し、年配の女性はキアランたちのテーブルを離れ、新しく入店した客の案内に向かった。

「拝み屋――」

 きちんと整えられた食器やカトラリー、客を案内する際のなにげない心配り。キアランの直感は、彼女自身と彼女が紹介する「拝み屋」というものが、信頼に値する人物であると告げていた。

「アマリアさん、行ってみてもよいだろうか?」

 アマリアは、即座にうなずいた。

「私も、行ってみたほうがよいと思います」

 店を出るとき、年配の女性がその「拝み屋」の場所がわかる手書きの地図をそっと手渡してくれた。給仕の合間に急いで書いてくれたようだが、書かれた文字もさっと引かれた線も、そして折りたたんだ紙の様子も、彼女の人柄を表すように丁寧で美しいものだった。

「ここに、拝み屋さんの家があります。拝み屋さんは、お客様くらいの年のころですが、たったお一人でお住まいです。そこへおいでになるかどうかは、お客様のご判断で構いません。お客様がたの、旅の幸運をお祈り申し上げます」

「ありがとうございます……! 料理もとってもおいしかったです」

 キアランとアマリアとルーイは、店の外まで見送ったくれた女性に深々と頭を下げ、店を後にした。


 夕日に映える薄紫の花々。こぢんまりとした美しい庭園、地図によるとそこが「拝み屋」の家のようだった。

「ここか――」

 バンッ!

 バームスの背から降りたキアランが、手綱を引きながら一歩庭園に入ろうとしたその瞬間、見えないなにかに弾かれたような感じがした。

「なっ……!」

「これは、結界……!」

 アマリアが、庭園の門に手をかざし呟く。

「おやおや、なにかとんでもねえのが来たな」

 木の上から、声がした。

「あなたは――!」

 声のしたほうを、見上げる。

「たぶん、あんたらは俺を訪ねてきたお客さん――、なんだろうな。それにしても、あぶねえやつだ。その結界は、悪いもんを弾く結界。それに弾かれたということは――」

 夕日に照らされた、木の上の男。長い黒髪を後ろで一つに結った、すらりとした青年だった。
 キアランは、木の上の青年に向かって叫んだ。

「私の名は、キアランという……! 『拝み屋』と聞いてきた……! とても力がある、と――」

 青年は、ふっ、と笑い声を漏らす。

「……俺じゃ、ちょっと、手に負えねえかもな」

「あなたは、もうすでになにか感じているのか――!」

「ああ! びりびり来てるよ! そこのご婦人と坊ちゃんからも特殊なエネルギーを感じるけど、キアランとやら、あんたから特にとんでもねえエネルギーをねっ!」

 青年はそう叫び、木の上から飛び降りる。
 青年は、地面に降り立つやいなや、素早い身のこなしでキアランに向かって駆けだした。
 青年は走りながら、キアランのほうへ両の手のひらを向けた。手のひらには、朱の染料で人の目のような不思議な模様が描いてあった。

「魔の刻印、霧散せよっ!」
 
「うっ……!」

 青年が呪文を唱えると、キアランの胸から深紅のトカゲが飛び出した。炎のようなトカゲは、その姿を何倍も大きくし、青年に迫る。
 
「こいつはすげえな!」

 青年は飛びかかろうとするトカゲから、右足を軸にしてさっと身をかわした。

「夕風、炎の使い魔を清め吹き去り給え……!」

 アマリアも水晶の杖を掲げ、トカゲの使い魔に呪文を放つ。夕日色に輝く風が、トカゲを包み込む。

「魔の使い、砕け散れ!」

 青年も右手で印を結び、アマリアの呪文に重ねるように呪文を唱えた。

 シャアアアア……!

 深紅のトカゲは、唸り声を上げる。

「! まずいな!」

 青年の顔に、焦りがよぎる。

「やべえやつが、来る……!」

 青年は、ふたたび手のひらを深紅のトカゲに向けた。

「封印っ!」

 深紅のトカゲが、苦しそうに身をよじらせる。

「うっ……!」

 キアランはうめき声を上げ、胸の辺りをおさえてかがみこむ。深紅のトカゲの姿はない。深紅のトカゲは封印されて消えたわけではなく、キアランの胸に戻ったようだった。

「おい! あんた! キアランっていったか! その馬に乗って、ここから離れてくれ!」

 青年は早口でまくし立てた。

「『拝み屋』のおにいさん、なにを言って……!」

 青年の言葉にルーイが仰天し、思わず詰め寄る。

「俺の名は、ライネ! 詳しい話は、このご婦人と坊やから聞く! あんたは、なるべく遠くへ行っていてくれ! さっきの使い魔の、主が来るんだろ?」

「ああ、そうだ……! この使い魔の主は、きっとすぐ現れる……!」

「ライネさん!」

 ライネの提案に、ルーイが抗議の声を上げた。

「ルーイ! 私は大丈夫だ! 少し、離れるだけだ!」

 キアランは、急いでバームスの背にまたがろうとした。が、うまくいかない。

「! あんた、馬にも乗れねーのか!」

「すまない、今、体が――」

「ええい! ほらよ、乗れっ!」

 ライネはキアランを強引に押すようにして、なんとかバームスに乗せる。

「あんたなら、あんたならたぶん切り抜けられると思う! 俺も、後からなんとかする! 客として訪ねてきてくれたあんたらとは、たぶん縁がある! 俺はあんたらを見捨てねえ! とりあえず、行け……!」

「わかった! ありがとう! ライネさん!」

「ライネでいい! じゃあ、また会おう、キアラン!」

 キアランは、バームスを走らせた。
 
 より遠く、遠くへ……! シルガーを皆に近付けてはいけない……!

 異変は、ほどなく現れた。

「キアラン――」

 キアランの首に絡みつく、銀の髪。

「シルガー!」

 ヒヒーン!

 バームスがいななき、立ち上がって前足をばたつかせた。
 いつの間にか、バームスの背、キアランの後ろにシルガーが乗っていたのである。

「落ち着け! バームス!」

 キアランは必死になだめ、我を忘れて暴れそうになるバームスを落ち着かせることに成功した。

「ふふ。なにか、面白い男がいたようだったが……?」

 手綱を繰り、バームスを走らせるキアランの耳元に、シルガーの声がささやく。シルガーの腕は、キアランの胴をぎりぎりと締め上げるように巻き付いていた。

「お前には、関係ないっ……!」

「私の使い魔に攻撃をしかけておいて、関係ないはないだろう」

「すぐに貴様は現れる! 貴様は暇なのかっ!」

 キアランの額を流れる冷たい汗。キアランは自分の心を落ち着かせようと、思いついた言葉をそのまま口に出してみた。

「ああ。暇さ。退屈だよ、キアラン……。私は、強い者と戦いたいのだよ。人間でも、同族でもね」

 ため息まじりの、ぞっとするような声。
 バームスは駆ける。川を越え、森へ入る。キアランとシルガーを乗せて。

「今のお前では、私の楽勝だな」

 シルガーは、キアランの腰に差した天風の剣に手を伸ばす。

「これで今、お前の喉元を切り裂くこともできるのだよ――」

「シルガー! それに触るなっ……!」

 キアランは、シルガーの手を跳ねのけた。

「ふふ。これは実に面白い剣だな。これ自体に、魂がある。お前が大切にしたい気持ちもわかるな」

『その子どもと、剣を渡すのだ……!』

 自分と母を襲った呪術師の言葉がキアランの脳裏をかすめた。

 天風の剣を、シルガーに盗られては……!

 キアランは気が気でなかったが、シルガーのほうはさほど関心はないようで、ふたたび手を伸ばすことはなかった。
 キアランは、絞り出すような声でシルガーに叫んだ。

「いつまで、私の後ろに乗っている気だ……!」

「そうだな、お前の背に張り付いていても、特に面白いこともないな」

 日は、落ちていた。暗闇が迫っていた。

「私がキアラン、お前を鍛えてやろうか……?」

 思いついたように、シルガーがささやく。

「死なない、程度にね……」

 ささやき声は、ゆっくりと脳に浸透していく。
 キアランは、バームスを走らせ続ける。

「……そして、殺すんだろう?」

 バームスの蹄の音が、キアランの頭に響いていた。
 痺れたような頭に、リズミカルに、まるで時を刻むように――。

「ああ。もちろんだ……!」

 空は深い紫の色をまとい、白い月が昇る。
 黒い森の奥深く、入っていく――。

◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆

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