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【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第16話

第16話 じーちゃん、ナイスガイ

 みんな、無事だった――!

 陽菜は胸いっぱい息を吸い込んでから、深い安堵のため息をつき、顔をほころばせた。
 川岸の時雨しぐれ、バーレッド、ミショアが、こちらに向かって手を振っている。
 見上げれば、陽菜の隣に立つ九郎も微笑んでうなずいている。

「陽菜。大丈夫。私や皆が、陽菜を護る。必ずだ」

 陽菜は、自分の手元のカバンと明照めいしょうに視線を落とす。

「九郎――。私も、戦える……、かな」

 足の震えは、おさまっていた。揺れる瞳で、九郎を見つめる。
 九郎は微笑みながら、かすかに首を横に振った。

「そんなことは考えなくていい。今はただ、無事逃げること、私たちの誰かの助けを呼ぶこと、それだけを心に留めておいてくれ」

 逃げること――。

 陽菜の瞳はふたたび、カバンから突き出た明照の柄を、ぼんやりと映していた。

 私も、強くなりたい――。皆を、助けたい――。

「九郎、終わったぜ」

 バーレッドの声に、陽菜は我に返る。

「時雨、バーレッド、ミショアさん……! 大丈夫っ?」

 陽菜は、皆の無事を尋ねてから、自分はなにもできなかったこと、さらには逃げてしまったことを謝罪した。

「いいえ、陽菜さんは、なにも気になさらず――」

 ミショアは九郎同様首を振り、気にしないようにといった趣旨の言葉を言いかけた。しかし、ミショアはなにかの気配を感じたのか、さっと後ろのほうを振り返る。
 陽菜も、見つめた。ミショアの背後に広がる、夜の闇を。

 ぱち、ぱち、ぱち。

 拍手が聞こえてきた。

 え。なに――?

 何者かが、近付いてくる。拍手と共に。

「やあー、素晴らしい! すごいな、すべて本当だった! 僕はついに見つけたんだあ!」

 初めて聞く声。若い男性のようだった。

「誰!?」

 近付いてくる人物に尋ねてから、陽菜は急いでミショアや九郎、それから時雨とバーレッドの様子を窺う。

 まさか、新しく現れた魔族……!?

 陽菜の鼓動が早鐘を打つ。人の姿をしている。しかし、見た目で油断はできない。あの「前田さん」の姿と声を借り、人になりすました魔族を思い出す。
 意外にも、ミショアたちは皆、落ち着いていた。先ほどの、魔族の出現を認めた際の緊張感はどこにもない。

「え。あの……?」

 陽菜は戸惑う。すぐ目の前まで来て、男の拍手は止んだ。

「君たち、僕の夢に出てた人たちだよねえ?」

 ぼさぼさの髪。丸い眼鏡。背は低めで、痩せている。くたびれたシャツに大きめのリュックを背負い、ゆるゆるのズボンを履いていた。

 誰!?

 男の奇妙な問いかけに、誰も反応しない。
 知っている人か、とそれぞれ顔を見合わせたが、それぞれ、首を振る。
 びゅう、と夜風が通り抜け、足元の草が揺れた――。


「さあ、どうぞ、どうぞー。皆さん、上がってくださいー」

 玄関先で、手招きする。
 
 ぽかあん。

 一同、立ち尽くす。目の前には、古い日本家屋の、広い家。

「じーちゃんいるけど寝てるし、遠慮しないで入ってー」

 男は意外にも、陽菜と同じくこの世界の住人だった。

 なにもの……?

 どきどきしながら、男のあとに続き長い廊下を進む。
 障子戸を開け、広い座敷に案内された。
 
「僕の名は、伊崎賢哉。物書きをやってます。あと、ユーチューブとかネット系ビジネス」

 伊崎は、ずぶぬれの時雨とバーレッドに風呂を勧め、九郎、陽菜、ミショアにざぶとんを勧め、さらにはお茶を出しながら改めて自己紹介をした。

「あの――、どうして――」

「君たちと会えること、楽しみに待ってたんだよ。んー、楽しみっていうと……、ちょっと語弊があるかもしれないけど」
 
 陽菜が質問する前に、伊崎が答えていた。

「夢で、知ってたんだ。この世界の危機と、君たちの存在」

 え――。

「まあ、本当のところ、僕の夢がどこまで真実かわかんなかったけど。あの川の化け物と、君たちの出現が僕の夢の答え合わせって感じかな」
 
 伊崎は、お茶を一口飲み、笑った。

「夢で――、私たちのことや、魔族のことを――?」

 厚めの茶たくの上にちょこんと乗った、ぽってりした湯呑み茶碗。体があたたまるよ、おいしいお茶だよ、と陽菜を誘う。手に取りたい誘惑にかられつつ、陽菜は伊崎の眼鏡の奥を見つめた。

「へえ、あれ、魔族っていうんだ。ファンタジーだねえ」

 伊崎は中指と人差し指で眼鏡の真ん中を触って上げ、テーブルに身を乗り出した。テーブルは一枚板で杢目があり、屋敷とともに時代を過ごしてきたような風格がある。
 伊崎は――、活発で好奇心に満ちた目をしていた。

 最初、やばい人かな、と思ったけど――。

 月夜の晩、河原でたった一人でいて、拍手をしながら近寄ってくる。魔族でも九郎たちの世界から来た人物でもないとするとなにか――、不審者とか危険人物かと思っていたのだ。

 いいひと、なのか……?

 目を落とせば湯気の中のお茶の、緑色。深い色の隅、蛍光灯の光を乗せている。

 テンションが独特で、ちょっとつかみどころのない感じ。でも、悪い人とか敵じゃない。たぶん。

 陽菜の感覚は、そう判断していた。

「伊崎さんは、不思議なお力をお持ちなのですね」

 今まで黙っていたミショアが、口を開く。

「うん。たぶんね。子どものころは、人には見えないものが見えたり聞こえたり。学生になってからは、体感はなくなって研究一辺倒だったけど」

 オカルト研究が趣味であり、現在の物書きにも繋がっている、と伊崎は言う。オカルト系の本も何冊か出版しているという。もっとも、収入は物書き以外の活動のほうが多いんだけどね、と聞いてもいないのに伊崎は打ち明けていた。

「私たちのこと、どうお考えだったのですか?」

 ミショアが尋ねた。

「夢では、君たちは違う世界から来たんだって言ってたよ」

 伊崎は、ジェスチャーでお茶を勧めながら微笑む。陽菜やミショアが口をつける前に、うまい、と九郎が感想を述べていた。

「そして――、君たちは、虫退治するって言ってた」

 虫退治……!

 思わずお茶を吹き出しそうになる。むせる陽菜を、ミショアが気遣う。
 伊崎は、テーブルの上で指を組んだ。

「僕は、信じた。奇妙な事件、違和感のある事件も調べていたから。僕は、静かに進行しているこの世界の異変を感じ取っていた。僕の無意識が、夢で君たちを探り当てていたんだ」

「非常に、世話になった。この装束も、お借りしてよいのだろうか?」

 障子戸を開け、浴衣を着てタオルを首に下げた時雨とバーレッドが顔を出す。

「ああ、よかった! そちらの小柄の君は、僕の浴衣、そっちの筋肉質の君は、じーちゃんの浴衣がぴったりだ。あ。うちのじーちゃん、でかい体してるんだあ」

 じーちゃん、でかっ……。

 今就寝中の「じーちゃん」がどんな感じか、陽菜はちょっと想像をしてみていた。
 陽菜が密かに食いついたのを察したのか、伊崎は追加情報を投げてよこした。

「じーちゃんの愛車、ハーレーだからね」

 想像の中のじーちゃんは、サングラス姿でバーレッドと並び、白い歯を見せ親指を立てる。
 
 じーちゃん、ナイスガイ。
 
 伊崎は、時雨とバーレッドのぶんのお茶も淹れる。

「僕も、虫退治に協力したいと考えているんだ」

「伊崎さん――」

 丸い眼鏡の向こう、目を細める。
 伊崎は、皆の顔を見渡した。

「僕は、普通にお茶を飲んだりネットを楽しんだり、この世界の普通を守りたい。じーちゃんにも、ずっとハーレーを乗り続けて欲しい、強く願っているから」

 軽やかな口調に反して、真一文字に結んだ口元。
 陽菜は一見飄々とした印象の伊崎から、みなぎる強い意思を感じ取っていた。


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