【創作長編小説】異界屋敷不思議譚 第三話
第三話 雪夜丸と、星型菓子
雨上がり、空には虹がかかっていた、そんな学校の帰り道。
翔太は、友だちと別れたあと、一人で歩いていた。
それはちょうど例の野上商店の、手前にある空き地。
あれ、なんだろう。
翔太は、足を止め空き地を見つめる。
所有者不明の小さな空き地だった。そこは、自動車八台分くらいのスペースの狭さだった。
雑草は刈られたばかりのようで、今日は道路からでもよく見通せた。通学路に雑草が伸び放題の空き地があるというのは、スズメバチの営巣の恐れや予想外の事故、防犯上にもよくないのではないかということで、野上商店の店主や近隣の住民たちが定期的に草刈りをやってくれているらしい。
そんな空き地に、いくつもの小さな水たまりができていた。
ぱしゃぱしゃ。
一番大きな水たまりが、音を立てている。しかも、鳥かなにか、生き物らしき姿の一部も見える。
鳥が水浴びしてるのかな。
どんな鳥かな、目をこらしてよく見る。
なんだか、変だぞ。
ばしゃばしゃしているのは、どう見ても鳥の翼ではなかった。翔太は一瞬息をのむ。
あれ、腕だ。
浅い水たまりで、人のような腕をばたばたさせてる、小さな謎の生き物。腕の先には、人のような手のひらや指まで見える。
服も着てる……!? あれは、ひと……!? まさか……!
しかも、水浴び、というより、溺れている、そんな慌てた動き――。
「大変だ!」
水たまりで溺れる、小さな小さなひと。
人形……? おもちゃ、が動いてるのか……?
誰かが勝手に捨てた人形が、勝手に動いているだけなのかもしれない。でも、なんにせよ、助けを求めているように見えた。人形であっても――、そのままにするのはかわいそうに思えた。
思わず翔太は水たまりへ駆けつけた。そして、人形らしきものをすくいあげる。それは、両手ですくいあげられるほどの、小ささだった。
翔太は腰を抜かさんばかりに驚き、実際腰を抜かし、両手で「人形のようななにか」を守りつつ、尻もちをついていた。
「わあ、まさか……! ほんとに……、小人!?」
翔太の手のひらの中には、小人がいた。緑色の髪の毛の男の子、のようだった。見た感じ、翔太と同じくらいの年齢に思えた。
「ありがとう。溺れていたところ、助けてくれて」
「しゃべった……! やっぱり、溺れてたんだ! 小人が、しゃべってる! 水たまりで、溺れてたなんて! しゃべるなんて!」
翔太は目を丸くし、小人の少年が、話ができること、水たまりで溺れていたこと、二つ同時に、かつ、しっかり交互に驚いていた。
小人の少年の声は、小さな体にもかかわらず、はっきりと響くよく澄んだ声だった。
「君、すごく大きいね」
小人の少年が言う。
「君、すごく小さいよ」
翔太が言う。
「大きいと小さい。僕と君、比べるとだいぶ違うけど、きっとどっちも普通なんだね」
小人の少年は、ちょっとごめんね、といって上着を脱ぎ、翔太の手のひらのはじから地面に向け、ぎゅうっと上着を絞った。ぽたぽた、雫がたれる。
「ふう。僕、迷い込んじゃったみたいだね。僕が溺れたの、湖だったから」
「えっ。ここ、水たまりだよ!?」
小人の少年が話したことによると、ついさっきまで、友だちと一緒に湖で泳いでいたらしい。足がつって溺れてしまい――、気が付いたら、この水たまりだったのだという。水たまりでも、結局のところ、溺れていたのだが。
「へえ? もしかして、君の世界の湖の底とこの水たまり、繋がってるの……?」
小さい水たまりに見えるけど、実は湖なのかもしれない、と翔太は思う。小人の少年が、手のひらですくえるくらい小さいサイズだけど、自分と同じ少年ということと一緒のように。
「さあ。それはわからない。ただ、ふとした拍子に違う世界に行ってしまうことって、ごくまれにあるらしいんだ」
小人の少年の言葉に、ピンときた。
水たまりが湖なんじゃなくて、俺が、紅や蒼の世界に行ったみたいに、こちらに来てしまった、ということかな。
小人の少年は、絞った上着でごしごし体を拭いた後、もう一度絞って今度は着ていた。
「僕の名はダイ、っていうんだ。君は?」
「俺は、翔太」
あっ、と顔を見合わす。
「ダイとショウだね」
こちらの世界には漢字というものがあって、意味は違うけど、と翔太は付け足した。住む世界が違うのに、言葉や意味合いは一緒なんだ、とにっこり笑みを交わす。
「でっかい虹だね」
ダイが空を見上げる。虹は、薄くなってきていたけど、まだ空にかかっていた。
「ダイ。溺れたってことは――、今頃みんな心配してるね」
「うん」
ダイはうなずきとても困った顔をした。どうやって帰ればいいか、わからないようだった。
「俺に、考えがあるんだ!」
翔太は、ダイを手のひらに包んだまま、立ち上がった。
野上商店の脇の自販機から、十五歩目。
そして――、翔太はダイを右の手のひらに乗せ、紅と蒼のいる異世界に来ていた。
桃のような実のなる木の、一本道。ここまで来たのは、よかったと思う。
「ここは、ハザマの世界なんだって。あらゆるところに通じてるんだって。きっと、ここからなら、ダイの世界に帰れると思う」
翔太は、我ながら賢い、名案だ、天才かもしれない、と思った。
「すごいや、ショウ! ハザマの世界に、来れるなんて! ここ、僕の世界では、魔法を使える人に連れてってもらわないと、来れない場所なんだよ」
「そっかあ。俺、魔法は使えないけど」
翔太は、数歩歩きだしてから気付く。
紅と蒼のいるお化け屋敷、歩いていったら距離があるし、そういや行きかたもわかんない……!
あのときは、紅に出会っていた。それはたぶん、偶然。
どうしよう……!
「どうしたの? ショウ」
あきらかに困っている様子の翔太に、ダイが問いかける。
「どうやって、紅に会ったら――」
ざわざわと、木々の枝が揺れる。なにかを、翔太に伝えようとしているように。
ええと。あのとき、紅は――。
無理かもしれない、自分が真似してもなにもならないだろう、と思った。しかし、翔太はいちかばちか――、
あのときの紅の真似をしてみよう……!
そうしてみようと思った。
さっ、と、ダイを乗せているほうではない、左手をあげる。
「雪夜丸……!」
雪夜丸の名を、精一杯大きな声で呼んでみた。
祈るような気持ちで。
でもあのときは、紅だから来てくれたんだ。まだ友だちにもなっていない、俺が呼んでも、雪夜丸はきっと――。
来るはずがないと思った。でも、なにかを試さずにはいられなかった。
「ごめん、ダイ……」
ダイと一緒に、この世界を彷徨うことを想像し、泣きそうな声で翔太は謝る。天才だ、と考えた自分は、どこかへ行ってしまった。
「あっ、すごい! なにか来たよ!」
え。
翔太は、ダイが指さすほうへ顔を上げた。
「雪夜丸!」
真っ白に輝くふわふわの毛をなびかせ、雪夜丸が翔太とダイのもとへ降り立とうとしていた。
「ありがとう……! 雪夜丸……!」
本当に来てくれるとは思わなかった。翔太は、雪夜丸にしがみついて泣いてしまった。
雪夜丸の口元は――、あいかわらず笑っているようだった。
「翔太、翔太ではないか!」
紅と蒼が、縁側から急いで草履を履き、庭に降り立つ雪夜丸のそばまで駆けつける。
雪夜丸は、まっすぐ紅と蒼のいる「お化け屋敷」まで翔太とダイを運んでくれていた。
「まさか、また来てくれるとはのう」
紅も蒼も、翔太が照れくさくなるくらい、満面の笑みで迎えてくれた。
「実は……、ここに来たのは――」
翔太は、紅と蒼に、手のひらの上のダイを紹介しようとした。
「あっ……!」
紅と蒼は顔を見合わせ、またとびきりの笑みを浮かべる。
「なんと、ちょうどいいことじゃ!」
紅と蒼が、翔太とダイを屋敷の中へ急ぎ案内する。
「あっ……!」
今度は、翔太とダイが驚き、笑顔を浮かべる番だった。
「ダイ……!」
座敷には、三人の大人の小人、そして少年の小人三人が、一つの座布団の上、立ち上がっていた。
「お父さん、お母さん、みんな……!」
ダイは叫んで駆け寄る。小人の皆のもとへ。
そんな小人たちの様子を見つめながら、紅が、にっこりと笑う。
「みなさん、ダイのことを探すためにここに来たのじゃ。ここは、ハザマの世界。きっと、行方不明になったダイは、異世界に行ってしまった、そう考えて、みなさんダイを探すため、ここに来たのじゃ」
蒼が、紅の言葉に続ける。
「ここは、あらゆるところに通じる。ダイを探すのを手伝うよう、私と紅はちょうど今、みなさんから頼まれていたところだったのだ」
そうだったんだ……! ダイのご両親や友だちが、探しに来てたんだ……!
ダイとご両親、それから友だちと、抱き合って喜び合っていた。たぶん、そんなダイたちを微笑みつつ見守っているもう一人の大人の小人は、皆を連れてきた魔法使いなのだろう。全員、ひとつの座布団の上、無事を喜び再会の感激の中にいた。
蒼の大きな手が、翔太の頭の上に、ぽん、と置かれた。
「よくやったな。翔太」
紅も、翔太に微笑む。
「大手柄じゃ! 翔太!」
それからは、お茶会。紅の出してくれた例のお茶とお菓子を、皆で味わった。驚くべきことに、小人サイズのの湯飲みや皿も、ちゃんと用意されていた。
「本当に、ありがとうございました」
翔太、蒼、紅に、小人のみんなは何度も礼を述べた。
「ショウ、本当にありがとう!」
「ダイ、気をつけてな。また、会えたらいいな」
少しの出会いでも、別れはなんだか寂しくなる。また会えるよう、握手をした。握手、といっても、ダイが翔太の指を抱きしめる、というものだったが。
「これを、お礼に」
ダイのご両親が、蒼、紅、翔太にきれいな宝石のかけらをくれた。翔太たちにはほんのかけらだが、小人たちにとっては、大きく価値のあるものだ。
きらきら。きれいだな
「こんな貴重な宝石……! 本当にありがとうございます」
蒼、紅、翔太は心からの感謝の気持ちを伝える。貴重な物と感謝の言葉、真心と真心を、交し合っていた。
小さいけど、大きな大きな宝物だ……!
紅と蒼のこの世界でも、気が付けば空に虹が輝いていた。
「翔太。よく雪夜丸のことを思い出してくれたな」
今度は、紅の案内で翔太が送ってもらっていた。雪夜丸の背に乗り、空を駆けて。
「雪夜丸、よく俺の呼びかけに来てくれたなあ。ほんとに、嬉しかった」
紅は微笑んでうなずき、懐からなにかを取り出す。きれいなガラスの小瓶で、中には色とりどりの星型のお菓子のようなものが詰まっていた。
「雪夜丸にとっても、もう翔太は友だちじゃ。しかし、雪夜丸が寝ているときなど、さすがに呼びかけに気付かないときもある。だから、これを翔太にやろう」
紅は翔太にガラスの小瓶を渡す。
「これは……?」
「雪夜丸のおやつじゃ! これを空にかざせば、食いしん坊の雪夜丸、たちまち目が覚めて呼びかけに気付いてくれるぞ!」
ちなみに、これはわしらも翔太も食べられるぞ、うまい菓子じゃ、と言って紅はいたずらっぽく笑う。
へえ。おいしそう――。
「わしも蒼も雪夜丸も、もう友だちじゃ。住む世界が違うから、翔太はあまりこっちに来ないほうがよいかもしれぬが、もし困ったことがあったらいつでも頼ってよいぞ」
友だち――!
ありがとう、紅、と言おうとした。
しかしすでに紅と雪夜丸の姿は消えており、翔太は通学路に戻っていた。
翔太は、手の中の小瓶と宝石のかけら、両方を掲げてみる。
きらきら。きらきらの宝石と、お菓子、それと――。
それと、と思う。それらの素敵なものと、同じ、いや、もっとすごいかもしれないこと――。
友だち……! 紅と蒼、雪夜丸、そらから、ダイや小人さん、みんな――!
翔太は、たくさんの宝物を胸に、家へと歩いていく。
きらきらの、たくさんの想いに、そっと笑顔で応えながら。
家に着いてから、小瓶の中の星型菓子を、ひとつだけ食べてみた。
「おいしい!」
甘さと共に、透き通る青空のような、ミントの風味が広がる。
「これ、確かに雪夜丸が飛んでくるなあ」
しみじみと呟く。雪夜丸の輝くつぶらな瞳が、目に浮かぶようだった。
◆小説家になろう様掲載作品◆
#創作大賞2024 #ファンタジー小説部門
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