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【創作長編小説】謎姫、世界を救うっ! 第12話

第12話 喫茶店のスパゲッティ

 通行人が、振り返る。並んで歩く、陽菜と九郎を。

 素材が、よすぎるんだ。

「陽菜。視線を感じるのだが。陽菜が入手してくれたのは、目立たない服ではなかったのか?」

 長い髪を無造作に後ろで縛り、なおかつ帽子と伊達メガネ、マスク着用の九郎は、とまどいながら陽菜に尋ねた。

「服は、シンプルで無難なものにしたよ。着こなす九郎が悪い。あと、そのサラサラの黒髪ロン毛。縛ってみたけど、やっぱ、人目を引くんだよなあ。それから、歩く姿勢もいいし。やっぱ、目立つんだよなあ」

 ネズミの姿の九郎を試着させることはできないので、大体の見立てだったが、陽菜が購入した少し大きめの服を、なぜか九郎は余裕で着こなしていた。

 うう。こんな感じの、フツーのイケメンに出会いたかった。

 陽菜も通行人だったら、振り返る自信があった。声をかける自信まではないけれど。

 まあ、私の持ってるこのカバンも、人目を引く要因か。
 
 刀の柄が突き出た、唯一無二デザインのカバン。すれ違う通行人の視線は、九郎、カバン、陽菜、もしくは、カバン、陽菜、九郎という流れで通り過ぎていく。しかも、カバンと九郎の視線の滞在時間が長い。

 九郎への視線は賞賛、カバンの後に私っては、変なカバンの持ち主はどんな人って目なんだよなあ。

 時雨しぐれの服や帽子なども一緒に購入した。たぶん時雨は時雨で、目を引くんだろうなあと思う。

「時雨――」

 思わず、呟く。時雨は、無事だろうか。そして、合流できるのだろうか。

「時雨……、大丈夫、かな――」

 一瞬の間のあと、九郎の穏やかな声が返ってくる。

「陽菜。時雨に代わって礼を言う。陽菜は――、優しいのだな」

「だって――」

 別に私が優しいわけじゃない、フツー心配するよ、と言おうとして九郎の顔を見上げたら、せつないくらいの優しい微笑みに出会う。

 九郎のほうが、何十倍も何百倍も心配で不安なんだろうな――。

「……でも。時雨は、強いんだよね」

 陽菜は言葉をのみこみ、今心に浮かんだことを言うことにした。

「ああ。強い。とても。強いんだ、時雨は。おかげで、私もこうして無事でいる」

「じゃあ、大丈夫だね。九郎! 早く、時雨にも、服を着せてみたいなっ」

 あえて、明るく振舞うことにした。

「ああ。時雨の反応が、楽しみだ」

 まっすぐ前を向く。九郎の顔は、見ない。先ほどの九郎の笑みが、あまりに優しく悲しく胸に迫ったから。

 私みたいな出会って間もないやつが、見ちゃだめなんだ。

 九郎のことも時雨のことも、まだ知らない。だから、うかつに触れてはいけないんだ、そう陽菜は思った。

「……ぼちぼち、作戦会議、ご飯付きで開催しましょっか」

 大通りを避け、路地に入る。すっかりおなかがすいていた。それだけではなく、今後のために落ち着いて話す時間も必要だと思った。

「あ、あのお店。あそこでランチにしよう」

 小さな古い喫茶店らしき店の看板が目に入る。
 陽菜が指差し、店のほうへ一歩踏み出そうとしたときだった。

「九郎様ーっ」

 足元から、声。陽菜の顔に、そして九郎の顔に、みるみる明るい笑みが広がる。

「時雨っ!」

 時雨の声だった。

 よかった――! 時雨、やっぱり無事だった……!

 声のするほうへ目をやる。すると――。

「よう、さっきは悪かった。九郎」

 え。この声は――、バーレッド!?

 目に入ったのは、アマガエル姿の時雨だけではなかった。時雨の横に、もう二匹、小動物。

「トカゲ、それと――」

 トカゲがいた。さっきのバーレッドの声は、このトカゲが発したのだとわかる。そして、もう一匹――。

「こんにちは。初めまして。九郎様と、明照めいしょうの使い手の、姫君」

 ぴょこん、とおじぎをする。ハリネズミだった。

 かわいい……! で、いったい、誰!?

 ハリネズミのほうは、初めて聞く声。
 時雨とバーレッド、そして女性が、見る間に人の姿に戻る。

「私の名は、ミショアと申します」

 銀の髪をした、麗しい乙女が、うやうやしく頭を下げた。


 喫茶店のマスターは、落ち着いた店内の雰囲気に見合ったスマートな動作で、水とメニューを運んでくれた。

 いろんなお客様が訪れるだろうから、別に驚きはしないか。でも、あと二人分、服を買わなきゃいけないな。

 二人とは、バーレッドとミショアだ。それでもバーレッドはまだ、ワイルドな印象というだけで、こちらの世界でもなんとか通用するような気もした。しかし、ミショアのほうは、シンプルでタイトな裾の長いドレスにたくさんの宝飾品、光を受けてきらめく銀の髪色といい、あきらかに目立つ。
 しかし今は服などより、気遣わなければならないことがあった。皆の分のオーダーだ。

「ええと。テキトウに、頼むね。時雨もバーレッドもミショアさんも、なにか食べるよね?」

「え。食っていいのか」

 ちょっと驚いた様子のバーレッド。

「それなら、お代は、私が――」

 輝くイヤリングを外して渡しそうになるミショアを、陽菜は手で制しつつ、

「食べて食べて。まずは、食べながら、いろいろ話そ」

 幹事よろしく急いであれこれオーダー、たちまちテーブルの上は料理でいっぱいになった。

「うまい……!」

「これはなんたる馳走!」

「うっめえ!」

「素晴らしいです!」

 異世界からの面々は、一口食べるとそれぞれ感激の声を上げた。

「でしょう? よかったー、皆のお口に合って!」

 自分が料理したわけでもないし、ついでにいえば初めて入った店にも関わらず、陽菜はなんだか誇らしい気分になっていた。

「九郎」

 バーレッドが、改めて九郎に向き合う。

「すまなかった。本当に」

 バーレッドは、深く頭を下げていた。

「バーレッド。私に謝る必要などない。共に行動してくれる決意、深く感謝する」

 陽菜は、自分の斜め前に座る時雨と、笑みを交わす。

 よかった。よくわからないけど、バーレッドは時雨と九郎と、和解できたんだ。

「それで――、ミショア殿、とは……?」

 九郎が、バーレッドに尋ねる。

「ああ。彼女は、俺の古い友人。ヒーラーだ」

 ヒーラー……。

「俺と時雨を、治療してくれた」

 ミショアが、一礼してからバーレッドの言葉を継ぐ。

「私も――。世界の未来を守るために、水面下で準備を進めておりました。今日、バーレッドと時雨様が私のところに来てくださったこと、運命が動き出したのだと確信しました。私も、強い覚悟で皆様と共に戦いたいと思います」

 まっすぐな背筋、凛とした声で、ミショアは言い切った。

「この通り、彼女は一度言い出したら聞かない。怒るとおっかねえしな」

「バーレッド!」

 肩をすくめるバーレッドを、ミショアは睨みつけ、ちょっぴり頬をふくらませた。
 ミショアの反応を確認し、バーレッドは片頬で笑う。それからバーレッドは真顔になり、少し身を乗り出してテーブルの上で指を組む。

「まあ、治療の腕は一級だし、調査や探索の能力も高い。とても頼りになると思う」

 率直なバーレッドのミショアに対する評価に、改めて陽菜はミショアを見つめる。

 きれいな人、って思ったけど、それだけじゃない、すごい人なんだ――。

 バーレッドの視線を感じた。陽菜は、バーレッドに視線を移す。

「陽菜。あんたにも謝りたい。利用する、なんて言ってすまなかった」

 バーレッドの、まっすぐな眼差し。

「利用するんじゃない。俺が、あんたのための、駒になる。あんたの手で、こちらの世界も俺の世界も、救ってくれ」

 バーレッド……!

 真摯な思いが、陽菜の胸に届く。

「それは違うぞ。バーレッド」

 時雨が笑い、首を振っていた。

「おぬしは、駒でもなければ小さなトカゲでもない。偉大なる勇者、バーレッドだ。姫を支える騎士には違いないだろうが、恐るべき敵の前に立ち上がった、気高き英雄の一人なのだ」

 英雄――。

 バーレッドだけじゃない、本当に皆、その通りだと思った。得体のしれない巨大な怪物に、空間を超えてまで挑もうとしている。

 みんな、なんて強いのだろう――。

 頼もしい仲間、陽菜は、まぶしい眼差しで、ひとりひとりの顔を見渡した。

 なにか、なにか言わなくちゃ。

「さっ、さあ、みんな、冷めちゃうから! 食べて、食べて!」

 不安な気持ちの中、熱くなる心。不意に、涙があふれそうになる。
 陽菜は宴会幹事モードに徹することで、潤んだ瞳を誤魔化していた。
 コーヒーのよい香り漂う店内、陽菜も、頬張る。懐かしいナポリタンの味。

 昔食べた、おかあさんのスパゲッティみたい。
 
 またうっかり、涙がこぼれそうになった。


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