【創作長編小説】天風の剣 第49話
第五章 最後の四聖
― 第49話 闇の天使 ―
月明かりの下、佇む異形の三体。
幼い女の子の四天王、そしてその両脇を固めるようにして立つ翠と蒼井。キアランは三体の姿を見て、衝撃を受ける。
予想外の彼らの出現は、もちろんキアランにとって大きな驚きだったが、それ以上に驚いたのは、翠と蒼井の異様な姿だった。
キアランによって切り落とされたはずの蒼井の左腕は――、ちゃんとあった。しかし、それはどう見ても本来の蒼井の腕ではなく、あきらかに異質なものだった。
蒼井の左腕は、全体的に青黒い鱗に覆われていた。そして、指も爪も異様に長く、指の本数もどう見ても多い。遠目からざっと見て、左手の指は七、八本くらいあるようだ。
翠は翠で、体の二か所ほどが大きく変化していた。
翠の右腕の肘から下が、動物のような毛でおおわれていた。そしてその手は、なぜか鳥の足のような形状をしていた。
もう一か所の翠の変化は、頭だった。翠の左側頭部の大きさが、右と比べて少しばかり大きく、そのうえ、左の頭の上に立派な角があった。さらには、もともとは深い緑色をしていたはずの髪が、左側だけ黒く、髪の長さも右側に比べてだいぶ長い。
それらの変化は、つまり――。
蒼井も翠も、他の魔の者の、体の一部を付けているんだ――!
おそらく蒼井は、自分の欠損した腕の部分に、他者の腕を付けたのだろう。そして翠も、シルガーとの戦いで右腕の一部と左側頭部を失い、そのため他の魔の者の腕と頭を付けたのだ、そうキアランは推測した。
「これは、これは……!」
アンバーは、四天王たちの登場に、声を上げる。
「シトリンではありませんか……!」
アンバーがそう声を張り上げると、翠と蒼井の周りの空気が一変した。おそらくは怒りで、彼らの髪は逆立つ。
幼い女の子の四天王の名は、シトリンというようだった。
「……私は、あなたなんて知らない」
シトリンが、むっとした表情で吐き捨てるように呟く。
「私はあなたよりだいぶ長く生きてますからね。色々、情報が入ってくるんですよ」
シトリンはアンバーを見上げ、睨みつけた。
「おにいちゃんとおねえちゃんを、放しなさいっ!」
ゴウッ……!
シトリンの長く波打つ金の髪が、夜の闇に広がったと思ったとたん、強いエネルギーが放出された。
いけない……!
自分とシルガーが吹き飛ばされたときのことを思い出し、キアランは息をのむ。
ルーイとフレヤさんまで、吹き飛ばされてしまう……!
シトリンの放つ衝撃波が、すべてを飲み込むのではないか、そう思えた。
ザザザザザ……!
しかし、意外にも周りの空気や木々が揺れただけだった。
なに……!?
アンバーは、ほんの少し足を踏ん張っただけのようだった。
相変わらずルーイとフレヤを両脇に抱えるようにしている。そして、ただ、左手のひらをシトリンに向けている。
これは、いったい……?
「私の攻撃を、食べちゃったの!?」
シトリンは、大きな瞳を一層大きくしながら叫んだ。
「……さすが我が同胞……。大変、強いエネルギーをお持ちです」
アンバーは、感嘆のため息をもらした。
「四天王同士の戦いは、ふたたび高次の連中を集めかねません。慎んでください」
アンバーは左手をゆっくりと握りしめてから、上下に振った。少し顔もしかめている。強いエネルギーを受け止め、手がしびれているようだ。
そのとき、翠と蒼井はその場にいなかった。
それぞれ瞬時に、駆け出していたのである。
暗闇に、響く音。四天王のそれぞれの従者たちがぶつかりあい、攻撃しあう音。
翠と蒼井は、アンバーを目がけて突進していったが、翠は白髭の従者に阻まれ、蒼井は女の従者に攻撃を阻止されていた。
ガガガガガッ……!
従者同士の激しい戦いが、繰り広げられていた。
火花が散り、風が走る。白髭の従者と翠、女の従者と蒼井、力と力がぶつかり合う。
今だ……!
キアランも駆ける。疾風のごとく、ルーイとフレヤを助けるべく――。
「ははははは……! 無駄ですよ! あなたの行動は、実にわかりやすい……!」
炎の剣がアンバーとの間合いに到達する前に、漆黒の四枚の翼が羽ばたく。
「空は、あなたの管轄外でしょう!」
「アンバー!」
キアランは空を見上げて叫んだ。アンバーが、ルーイとフレヤを抱えたまま、夜空の懐深く溶け込もうとしていた。
「おにいちゃん!」
「えっ!」
キアランは、その言葉がいったい誰のことを指しているのか、一瞬理解できないでいた。
「おにいちゃん!」
シトリンが、もう一度叫ぶ。
いつの間にか、シトリンがキアランのすぐ傍にいた。
おじさんでなくて、おにいちゃん……! 幼い子が、私のことを、ちゃんと、おにいちゃんと……!
ほんの一瞬、キアランはまったくその場にそぐわない小さな感動を覚えていた。
そんな場合じゃない、キアランは首を振る。
「私が、連れてってあげる!」
「ええっ!?」
キアランは戸惑う。幼い女の子の姿をしているとはいえ、この子は四天王、しかも、彼女によってルーイ、フレヤ、ユリアナは連れ去られていた――。おそらくその手で多くの人の命も奪ったであろう、恐ろしい人類の敵である。
キアランが返事をする前に、シトリンの小さな細い腕や金の長い髪に絡められるようにして、キアランの体は空へと上昇し始めた。
「な、なにを……!」
「念とか魔法とかの攻撃は、あいつが食べちゃうみたい。あなたみたいな、武器による攻撃のほうが、きっとあのおじさんには効くと思う」
「……シトリン……!」
キアランは、シトリンがどういうつもりなのか、はかりかねていた。四聖を自分のものにしたい、おそらくその一念からの行動なのだろうが、しかしキアランは蒼井を傷つけた張本人であり、シトリンにとっては憎い相手のはずである。
蒼井と翠を、大切なともだち、と言っていた。あのとき、四聖を手放してまでも蒼井と翠をかばった。なのに、なぜ今――。
「蒼井と翠は、大丈夫よ」
キアランの疑問を見透かすように、シトリンが呟く。
「あなたと蒼井では蒼井のほうが弱い。あの従者たちはあなたより弱い。でも、蒼井も翠も、あの従者たちより強いわ」
強い風が、叩きつけるようにキアランの全身に当たっては流れていく。アンバーを追うシトリンの漆黒の翼は、ツバメのようにあまたの雲を越えていく。
「それに、従者の使命は主の傍で仕えること。主から長時間離れちゃうことって、普通はないの」
「え」
「従者が四天王から離れたまま好き勝手に動く。もしそういうことがあるとすれば――」
シトリンの瞳はただ一点、アンバーの影を見つめていた。
「従者が従者でなくなろうとしているとき」
「?」
従者が従者でなくなろうとしているとき――、それはつまり――。四天王に歯向かい、自らが四天王になろうとするときなのだろうか、そうキアランは思った
「たぶん、あの従者たち、頃合いを見て逃げ出し、あのおじさんのもとへ飛んで行くと思う。蒼井と翠は、戦いが大好きだから、私のところに来るのはそのあと。私もそれは許してるの」
シトリンの話す声は、幼くのんびりとしていた。キアランを掴む腕も、支える金の髪も、必要以上の力は込められていないようだった。キアランに対し、怒りとか恨みとか、強い感情の色はどこにも見当たらない。
「……私たちは、四聖を、あの男にもお前にも、渡すつもりはない」
「四聖は、あなたにとって、大切なおともだちなの……?」
「ああ! そうだ!」
「……おともだちかあ……」
少し、がっかりしたようにシトリンは言う。
「おにいちゃんたちは、ルーイおにいちゃんや、フレヤおねえちゃん、ユリアナおねえちゃんを、大切にしてくれてる……?」
「当たり前だ……!」
シトリンは、なにかを考えるように首をかしげた。
「私とおにいちゃんは、おともだちになれる……?」
「……私は、蒼井の腕を斬った」
「え? それは戦いだから当たり前じゃない? 蒼井も楽しかったって、喜んでたよ!」
あっけらかんとシトリンは言う。
「蒼井や翠が死んじゃったら悲しいけど、壊れてないし、ちゃんと生きてるから大丈夫!」
シトリンは、ものすごい速度で飛び続けながら、首を伸ばしキアランの顔を覗き込んだ。
「それより、あなたの周りが弱過ぎて、心配」
大きな瞳、陶器のような白い肌に薔薇色の頬。シトリンの、あどけない、かわいらしい顔。
愛らしい外見なだけに、空恐ろしい――。キアランは背筋に冷たいものが走るような気がした。
「そんなんじゃ、みんな、死んじゃうよ?」
歌を口ずさむように囁く。
「四天王は、よっついるんだよ……?」
他人事のように笑う、シトリンの邪気のない笑顔。夜の闇より深い闇を、キアランは覗いているような気がした。
◆小説家になろう様、pixiv様、アルファポリス様、ツギクル様掲載作品◆
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