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あの日のわたしと、重なって見えた。


長男とカレーを作った。


なんだかんだ、カレーは初めて。
お菓子作りや、卵、ホットケーキなどはやってきたが、野菜を切らせるのはハードルが高くて、なかなかチャレンジできなかった。


次男の昼寝が遅れた夕方。
ふと、思いつきで「カレー作ってよ」と冗談ぽく言ってみる。

しばらく、手を止めて考えている。
やっていたシールブックを見つめ、「このページすんだらやる!」とひと声。

よし、そうと決まれば、すぐ準備だ。
おそろしく散らかっている台所のものたちを、大急ぎで横にずらし、長男のまな板を置く。

にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、鶏肉。
最低限の材料を並べて、鍋を出していると、手を洗った長男がのこのこと台所にやってきた。

「◯◯ちゃん、切りたい!」
お、やる気のようだ。

こども包丁では、固い野菜が切れないので、あえて切れ味の悪い包丁を貸してやる。
ピーラーもやらせようと見本を見せたが、乗り気ではないのでわたしがやった。


子どもに指示するのは、本当にむずかしい。
たとえば「ひとくちサイズで切ってね」も、サイズ感もなければ、包丁をコントロールするのもままならない。

クソデカにんじんと、クソデカじゃがいもが量産されていく。
だが、何も言うまい。
そんなもの、レンジでチンすればいいだけだ。

そんなことより、おのれの包丁捌きに誇らしげな長男のやる気を優先する。
芋ごと指をちょん切りそうで、ひえ!ほわ!と思うが、そんなことはお首にも出さず。
「指が切れるで、よく見いや」とすました顔で伝えて見守った。
指はすべて無事にすんだ。

切りながら、「あのねえ!きのうはさ!」と全く関係ない話を始める長男。
「集中せえ」と言いたくなるが、それもまたグッとこらえる。

まさか、自分の指が包丁で切れるなんて、この子は微塵も想像していないのだろうな、と逆に感心する。


指を切ったこともない。
だれかの指が切れたのを、見たこともない。

頭や口先で「指が切れる」と分かっていても、本当にそれがどういうことか、子どもは分かっていないんだよな。
それを、あらためて目で見て感じる。

彼は、知らないのだ。

野菜をひとくちサイズにしなければ、火が通らなくて固いことも。
包丁で指を切れば血が出て痛いということも。
本当のところは、なにも知らない。
当たり前だ、子どもなのだから。

そんな存在に、最初からひと口サイズのカットを求めるなんて、無謀か。
ひとつずつ、一歩ずつ、ゆっくりゆっくり。
そう思うと、ゆとりある気持ちが戻ってくる。



ふと、わたしを見守る母の気持ちも、こんなだったのだろうかと想像する。

母と何度か料理をしたとき、大きく注意された記憶はない。
いちどだけ、サラダを箸で混ぜあわせていたとき、きゅうりをこぼして「バカ!」と言われたのだけ覚えている。

人生初の「バカ」は前回書いたが、これが二度目で最後の「バカ」だとおもう。
おもわず口から出た「バカ」だったが、当時のわたしは分かっていて、傷ついたフリをした。

あれ以降、母は黙って見守ってくれる。
それは今でも、変わらない。

母とカレーを作ったこともある。
その時はたしか、米の研ぎ方と、じゃがいもの剥き方を教わった。
たどたどしい手つきに、またも「バカ」と言いたくなったことだろう。
でも、その日も母は黙って見守ってくれた。


あの日の自分と、目の前の息子が重なる。

口を尖らせて、玉ねぎを切っている息子。
猫の手がうまくできず、ちょっとイヤになったようで、「玉ねぎは切って〜」とこぼす長男。

不細工な切りかけの玉ねぎを横目に、「オッケーおつかれ」と、包丁を受け取った。


炒めて煮込むところは、わたしがやる。
そのあいだに、カレールーを割っておいてね、と頼む。
うちはいつも、バーモンドカレー甘口。

割れた破片を食べてみせたら、「こいつマジか」という顔をされた。
わたしは、この小さいルーの破片をつまむのが好きだったが、長男は興味ないようだ。

ソファーでふたり、だらだらと絵本を読みながら、煮込み上がるのを待つ。

17時を過ぎたというのに、外はまだ明るい。
夏が近づくと、いつまでも夜が来ないので、なんだか永遠に活動時間が続く気がする。
それが嬉しい日もあれば、はよ終われと思う日もある。

レンチンのおかげで、あっという間、野菜が柔らかくなった。
長男に、ルーを入れてもらう。
投げ入れては、飛び跳ねる湯にビビりながら、6個すべて投入できた。

「これで完成やで、作ってくれてありがとー」

わたしがそう言うと、となりの長男はくしゃっと笑った。
よかった。
楽しい時間を過ごせたようだ。


夜食べる前に、2階で寝ていた夫が降りてきた。
最近、仕事でヘロヘロの夫に、長男は「あのねえ、クイズです!」とつかみかかる。

「今日はカレーをつくりました!
 誰が作ったでしょう!

 いち!お母さん!
 に!(長男)ちゃん!
 さん!(次男)ちゃん!」


いやいや、初っ端に答え言うとるがな。
ツッコミそうになるが、見守る。

寝ぼけ眼の夫は、ちゃんと「うーん」と迷うフリをして、「お母さん!」と答えてくれた。

きゃっ、きゃっと喜び、とびはねる長男。

「ブッブー!
 正解は、(長男)ちゃんでしたあ!」

ええー!!そうなん!
驚くリアクションも忘れない夫。
よしよし。
寝起きなのに、百点満点の反応ありがとう。
おかげで、大満足の長男と、お皿にカレーをよそって並べた。

みんなで、いただきます。
次男にも、野菜をすこし分けてやる。

「(長男)ちゃんのカレー、いただきます」
「(長男)ちゃんのカレー美味しいわあ」

何度も長男の名前が食卓に飛び交う。
長男もうふうふ笑う。
そして、もぐもぐしながら、ひとこと。

「まあ、ほとんど(長男)ちゃんがつくったしね!」


‥あれ、そうだったっけ?
いや、そうだね!!
わたしは、頭のなかの記憶と整合性をとるのをやめて、目の前のカレーを口に運んだ。

大きくて、ひと口では食べられないじゃがいも。
柔らかくて、ほろりとくだけた。



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