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紫式部の入った岩風呂

最近私は、時間というものを、頭の中で直線的に伸ばしたり、縮めたり、あるいは大きく膨らませたりできるのではないかと思うようになりました。

1日の中で、時間がぐーんと伸びたりした時は、いろんな目的意識であちこち行動していて、たくさんの発見があった時、そしてとても感動する体験があった時は、時間が大きく膨らんでくるように感じます。

時間が短く感じた時、カフェの時そうでしたが、朝からずっと皿洗いしていて、しかも思考が目の前のことにしか行き届かなくなった時、あっという間に1日が終わったような気がします。

それに気づいてから私は、1日をなるべく長く使おうと、自分なりの時間割を作りました。

朝5時  起床
 5時半 自分なりの瞑想もどき
 6時  朝の健康体操
 7時  朝食の準備
 8時  片付け、洗濯、部屋の掃除
 9時  庭仕事(草取り、落ち葉掃き)

「こんにちは、こんにちは」

庭仕事をしていると、どこからともなく男性の声が聞こえてきます。
花壇作りに精を出している私の頭上から、

「おたくの庭の木が鬱蒼と茂っているので、勝手に木を切らせてもらいました。」
という声。

「ありがとうございます、助かります!」

と言いながら(私は25年間一度も崖の上に上がったことがなかったのに)木の根っこやつるにしがみつきながら上に這い上がっていきました。自分の家の崖の上から見た風景は、杉の大木がたくさん伐採され、広々とした空き地になっていました。

「はじめまして」

私は、蜘蛛の巣やつるの枯れ葉に首から頭、髪の毛までべっとりからまれながら60歳くらいの男性に挨拶しました。

「雑木をたくさん切ってもらってありがとうございました。おかげで庭に太陽の日差しがいっぱい入って来るようになりました。」

その男性は上の土地の右側の家に住んでる人で、時々別荘として使っておられるみたいでした。今まで忙しくしていたので、ご近所にどんな方が住んでおられるのか知りませんでした。

「私は、Oという企業で管理職をしていたんですが、先月定年になってやっと好きな庭仕事ができるようになりました。私はここを広い庭園にしようと思っているんです。4軒分の地主さんの許可をもらったので、ここを借りてこれから自分で庭園を作っていきます。」

「広い公園くらいの庭園ができますね。」

「お宅の庭も一緒だから、下に降りて勝手に椿ともみじを剪定しときました。今奥さんが花を植えてる横にカキツバタを植えときましたよ。黄色い花がきれいですよ。お宅の庭の細長い溝は水を流したら小川になってきれいになるのに、落ち葉がたまってもったいないですね。」

「大雨の時、右下のお家に流れていくんですよ。庭にせせらぎの音が聞こえたらすてきでしょうけどね。」

と私。

「私はこのへんの場所に、源氏物語の紫式部が使っていた岩風呂があったと聞いてるんです。3箇所あって、一つは知っています。もう一つがここらへんだそうです。紫式部は、疲れた時、この辺の岩風呂に入っていたみたいです。」

その方は庭園に万葉の面影を残そうとしておられるのでしょうか?

私の頭の中は、大昔の紫式部の時代にさかのぼっていきました。
ここら辺の岩のどこかで、紫式部が着物を脱いで、長い髪を一つに束ね、そっと天然岩風呂に入って、思索をめぐらせていたなんて、なんてロマンチックなことかしら!
そう思うだけで私は古典文学の世界に引き込まれるような気がしてきました。


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