原一男監督「ニッポン国VS泉南石綿村」試写会にて2017
2023 1/11(水)
しばらく日記が滞っている。
こういう時は、昔、書いた文章を掲載するのがいいだろう。
今回は、2017年に書かれたものだ。
原一男監督の最新作「ニッポン国VS泉南石綿村」
試写会にゆきゆきて
2017・12
この作品は、大阪の泉南に住む人々の石綿によるアスベストの被害を国に訴えたドキュメンタリー映画で、原一男監督がカメラを向け続け、10年の歳月をかけて作った上映時間215分の超大作だ。
公開は来年2017年3月だが、既に現時点で三つの映画賞を受賞している。
釜山国際映画祭
「最優秀ドキュメンタリー賞」
山形国際ドキュメンタリー映画祭
「市民賞」
東京フィルメックス
「観客賞」
そんな原監督の最新作の試写会の案内が、疾走プロダクションから来たから俺は嬉しくてたまらない。
原監督の新作を試写会でいち早く観られるというだけでまだ観てないのに既に興奮しており、その興奮ぶりは、以前、監督の「ゆきゆきて神軍」の上映イベントのアフタートークに出演の時に頂いた、奥崎謙三Tシャツを、この寒いのにどういう訳だか着て(もちろん、その上から防寒着は着て)試写会場まで足を運ぶという、異様な興奮ぶりだった。
会場に到着すると、制作の島野さんがニコニコしながら、
「はらしょうさん、師匠は今、車飛ばしてこっちに向かってます!」
「えっ?師匠?」
「原監督です!」
いきなりのギャグをかまされた俺は、とりあえず、これからの215分の長丁場に挑むべく、トイレへゆきゆきて、215分分のおしっこを出し切った。
そのまま試写会場へゆきゆきて、関係者の張り紙がある座席に座ると、あっという間に13時になった。
定刻で上映が始まるのかと思ったらスタッフの男性の方が前に出て来た。
「えー、この映画の上映時間は215分あります、今、監督はまだ会場に到着しておらず、メッセージがありますので、お聞き下さい、えー、監督が言うにはですね、後半から面白くなるので、前半終わっても帰らないで下さい!以上です」
場内が爆笑した。
既に、三つも映画賞を取ってるのに、監督、なんでそんなに弱気なんだ!
そのコメントをスタッフに伝えている電話口の、お茶目な原監督の笑顔が想像できた。
そして、いよいよ映画が始まった。
観客席は、チラシなどであらすじは知っていたので、重い内容かもという雰囲気のせいか、少し、緊張しているように感じられた。
だが、石綿によるアスベストの被害についての危険性をナレーション入りで説明する冒頭から、一気に心を掴まれ、観客は前のめりになった。
次々と映し出されていく、アスベストの被害者たちの日常風景。
監督が10年かけて、国への賠償裁判の様子を追いかけていく中、残念ながら亡くなっていく被害者の方々の多さに、ドキュメンタリーでしか感じることの出来ない時間の惨さを突きつけられる。
今日、明日にも消えてしまいそうな被害者もいれば、一見、健康そうに見える被害者も、10年という歳月の中で、平等に命を奪っていくアスベストの恐ろしさ。
そんな悲しい現実を映し出しているのだが、観ていて不思議と気分が重くならないのは、原告の方々にカメラを向けながらインタビューをしている原監督の声だ。
鋭く突っ込んだり、時にはユーモアを交える様子に、カメラの向こうの人々はアスベストの恐ろしさを赤裸々に教えてくれる。
群像劇のように次々と登場する中、感情移入して応援したくなってくる人物もいる。
個人的には、岡田さんという女性はその一人だ。
岡田さんは、石綿工場に働きに出ていた母親の傍に赤ん坊の頃寝ていて、30歳を前に突然、発症。
多くの被害者の方々が恨みを込めてアスベスト被害を語る中で、岡田さんはどこかひょうひょうとしている。
鼻にチューブを差し込んでいる痛々しい姿であるにもかかわらず、岡田さんは、そんなことはなかったかのように終始、明るい。
常に冗談を交えながら、笑顔でしゃべるその姿勢に、一瞬、被害者であることを忘れてしまうほどだ。
もともと、サービス精神の旺盛な方なんだろう。
こんなに強い人がいるのかと、岡田さんのファンになった。
あっという間に2時間たって、前半が終わり、スクリーンには「休憩」の文字が入る。
場内の明かりがついて、まわりにいるお客さんの顔を見ても、退屈している様子の人は一人もいない感じがした。
そりゃそうだろう、とにかく、後半が気になってしょうがない。
連続ドラマみたいに一週間は待てない。
僕は後半にそなえて、また、ゆきゆきてトイレへ。
今度こそ、215分分出し切っていると、廊下から、スタッフの方々の声が聞こえてきた。
「みなさま、後半、面白いです、決して帰らないで下さい!」
ここまで来て、なぜか、まだ弱気!
あおっているスタッフの声に、トイレの中にいる人も思わず笑ってしまう。
廊下に出ると、制作の島野さんから、
「はらしょうさん、前半、どうでしたか?」
「かなり、面白いです!」
「あ〜よかった〜」
だから、なんで弱気なんだ!
「原監督、来てらっしゃるんですか?」
「ええ、来てるんですが、どこかに隠れています」
「えっ?」
「監督、この会場のどこかに隠れてて、みんなの反応を見ています」
賞を取っているのに、なぜか弱気な監督が隠れているとは、まるで、ゲームではないか。
お茶目な姿を探すのは、ウォーリーよりは簡単そうだ。
「あっ、よかったら、チョコ食べてください」
「チョコ?」
島野さんのいる受付の机の上には、山のようにチョコレートが積んである。
「後半ありますので、どうぞ甘いものでも食べて下さい」
「ありがとうございます、頂きます」
「はらしょうさん、これからです!」
なんの勝負なんだ!
チョコをほおばりながら、客席に戻ると、既に何人かチョコを手にしており、みな、嬉しそうに口に入れて行く。
まだ、貰ってないお客さんもいた為、突然、島野さんが客席にやって来て、
チョコを配り始める。
「どうぞ、チョコ、まだの方どうぞ!」
お客さんが手を差し伸べてチョコを貰っている。
まるで、ギブミーチョコレート。
島野さんが、進駐軍の兵士に見えてきた。
一斉に、チョコの銀紙を開ける音と、ほぼ同時に明かりが暗くなり、後半が始まった。
客席は、前半が始まった瞬間のような緊張感は無くなり、チョコの効果もあってか、リラックスしたムードに包まれている。
なんだか、みんなで同じ部屋でテレビを観ているみたいだ。
それだけ、この映画の続きを共有したいという気持ちを感じた。
後半、映画の空気感がガラッと変わる。
2013年に、裁判支援用にまとめた、泉南アスベスト問題を描く67分版の「命てなんぼなん?」の上映会での、原監督と原告とのトークセッションのシーンから始まる。
その中でも、特に印象深かったのが柚岡さんという高齢の男性の方だ。
監督の紹介で、いきなり「怒りの柚岡」と紹介された柚岡さんを軸に、後半はアスベスト裁判に勝つまでの様子がダイナミックに展開していく。
首相官邸に乗り込んで安倍首相に直訴する為に「健白書」を用意した柚岡さんは、仲間に止められようが、弁護士と揉めようが、決して自分の信念を曲げずに突撃していく。
その姿は、あの「ゆきゆきて神軍」の奥崎謙三とダブって見えて来た。
ガードマンと揉める一触即発のシーンでは、奥崎謙三のような暴力を、少し期待してしまったが、柚岡さんは、殴りそうで、殴らない。
そりゃあそうだろう、俺は一体、何に期待しているんだ。
この日から、原告たちの中にも、さらに闘争心に火がつき、その数か月後、厚労省に行き、厚労大臣に直接面会を求めて行く。
粘り強く、粘り強く。
腐りきった国の対応と、原告たちの執念の闘い
「ニッポン国VS泉南石綿村」
がいよいよ大詰めを迎えて、一気にラストまで駆け上がって行く。
長い長い闘いの中に、いつしか観客も混在したような感覚で、前のめりのまま、映画はエンドロールを迎えた。
暗がりの中、劇場の階段をコツコツと、ゆっくり降りて来る男性がいた。
原監督だった。
そして、明かりがつくと監督は自己紹介もなく、このドキュメンタリーに対する熱い思いを一気に語り始めた。
観客の中には、原監督本人だと気づいてない人もいる様子だった。
「地元、泉南ではね、既にアスベストの風化がはじまっている」
せつない現状を語りながら、トークは10分ほどで終わった。
そして、最後は、
「いやぁ~山形で上映した時ね、上映後にお客さんから一人づつ、面白かったですと感想を貰って、ホッとしたんですよ」
相変わらず、賞を取っているのに、なぜか弱気な原監督の姿に場内からは大きな拍手が起こった。
終演後、客席後方に、原監督が立ってお客さん一人一人に頭を下げていた。
そして、監督がロビーに出ると、多くのお客さんが直接、感想を言いたくて待っていた。
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