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【今日で会社は倒産です】突如告げられた倒産宣言から某ネットテレビのプロデューサーに成り上がるまで
まだ、原稿やデザインなどのデータもメールで飛ばせず、印刷所などに直接データを持って行ったりする。。。(今はメールで飛ばせるし本当便利!)
そんな、まだネットがそこまで普及する前の雑誌多忙時期を過ごした私。
突如倒産宣言されてから、某ネットテレビのプロデューサーに成り上がるまで(現在フリーランス)私の経験談をまとめてみました。
転職やフリーランスになりたい、雑誌の業界に興味がある、、、そんな方々の役に立てば幸いです。
【本文】
中学生の頃から、将来こんなことをしていという明確な夢・目標はあった。
就職時期の大学3年になり、私は中学の時から音楽関係をやりたいなと思っていて、なんかないかなと考えていた。
そこで思い浮かんだのが、カルチャーファッション雑誌だ。自分もずっと読者であったし、音楽もファッションも学べる&自分の今までの知識をアウトプットできる場所だと思い、バイトの募集などはしていなかったが、意気込みを書いて、履歴書を編集部宛に送ってみた。
履歴書には、私がそのカルチャーに詳しいこと、誰よりも熱意があることを書いた。
が、そう簡単にはいかず、待てど待てど返事は来ず。。。半年で3回は送った(笑)
それでも諦めきれなかった私は、『よし、オシャレしてスナップを撮られて、編集者に直談判してみよう』と思い、一張羅の服に着替え、原宿に向かった。
到着して原宿の路地裏にチャリンコを止めに行ったところで。。。
『すいません!某雑誌なんですが、スナップ撮らしてもらえませんか?』
と声をかけられた。
そう!なんと狙い通りの某雑誌編集者から声をかけられた!作戦成功!
スナップもサクッと終わり、最後に。。。
私『あの〜雑誌に入りたくて、実は履歴書を送りまくってますw』
編集者『あ!なんか覚えてるかも!編集長に聞いてみるね!』
私『はい!是非お願いします!』
そして、翌日に電話がかかってきて、なんとその雑誌の編集部のインターンとして入ることができたのだ。
ずっと憧れてた雑誌に入って、今度は自分が流行やかっこいいものを発進できる!そんな思いで目をキラキラしていたのを思い出す。
大学卒業の頃には、少ないページ数だが、自分が担当の企画を持つことができた。大学卒業後は無事に憧れの編集部にそのまま正式に加入した。
世間のイメージ通り、雑誌は本当に忙しい。編集部は人数も5人で制作しており、毎月発行の雑誌だったため、常に締め切りに追われ、家に帰れないなんて当たり前だった。
そして、バカみたいに給料も安い。本当にそのカルチャーが好きでなければ、確実に続かない。
新しく入る人も大体一ヶ月で連絡が付かなくなって、飛んでいく。。。うつ病になった子もいたな。。。
なんやかんやと4、5年が経過し、メンタルも何度もやられつつも、カルチャーが好きな思いだけで、なんとか続けていた頃、InstaやTwitterなどの新しいメディアの出現などにより、雑誌の売り上げも落ちてきた。
制作予算もどんどん削られ、ライターやカメラマンも発注できなくなり、自分たちで原稿を書いたり、写真を撮ったり、制作の予算も自分たちで実費で出し、肉体も精神も追い詰められていった。
(このどん底の時期に奇妙な体験をした。それは後日別途noteに綴ります。)
なんとなく、うちの会社そろそろヤバイのかなと思っていた頃、まあいつも通り会社に出勤すると、緊急の全体会議が開かれた。
なんか嫌な空気を察しつつも、集合場所に向かった。
このラインより上のエリアが無料で表示されます。
社長『今日で会社が倒産になりました。今後の手続きは、今からお配りする紙に記載しているので、見てください。以上』
こんなあっけない一言で倒産を知らされ、解散となった。。。
編集部のデスクに戻ると、なんとも言い表せれない”どんより”した空気だ。
一生味わいたくない(今でも思い出す)。
みんな放心状態だ。
そう、皆いきなり、無職のニートとして投げ出された。
手伝ってくれたスタッフさんにも給料の未払いとなり、各所に謝罪しにいった。
(社長は海外に逃げたとか。。。)
翌日にはテレビのニュースやネットでも倒産のニュースが取り上げられていた。
失業手当とチラシ配りのバイトで、なんとか生活しつつ(借金3桁あり)、転職活動を始めた。
『あんな苦しい思いをしたくない!』
倒産しちゃうような会社は、もう絶対に嫌だった私は、派遣会社経由でなんとか大手企業で働くことができた。
しかし、倒産などで完全に人を信用できなくなった私は、キラキラした会社に馴染めず、仕事も誰でもできるような内容で、燻っていた。
飲み会にも行かず、ほぼ誰とも話さず、仕事が終われば、そそくさと帰り、自分の趣味(半分仕事)に夢中になっていた。
私は、時間を無駄にすることが大嫌いなのだ。会社では一匹狼状態。
しかし、そんな私の前職を知っていた上司から、ある声がかかった。
上司『新しくサイトを作りたく、やってくれないかな。詳しいでしょ??全部、任せる!好き勝手やってよ!』
私『ほんとですか!是非です』
それからは、とんとん拍子で前職の人脈を活かしてどんどんサイトを大きくしていった。
そしたら、お次は、ネットのテレビ番組を作りたくて、協力してもらえないかと、声がかかった。
私『もちろん!是非です!』
自分が昔からやりたかったことが実現してる!何年かブランクができたが、自分が好きなことを仕事にできた実感が沸いた。
そこから、ネット番組を急ピッチで立ち上げ、よくいる上司等からの嫌がらせなども、くらいながら、なんとか3年ほど楽しくやった。
それから現在、そのネット番組もある程度の人に認知してもらえることができた。
好き勝手番組を動かせるプロデューサーの位置までいったが、3年ほどやっていると、最先端が好きな自分には、飽きがきてしまう。。。
誰かに番組を渡して、自分は次のフェーズに行きたくなった。
死ぬまでにどうしても実現したいやりたことがある。
そっちのインプット&アウトプットに、これからの人生をより使いたくなった。それが一番の自分の幸せだ。
時間だけが唯一の人間の平等だ。
時代も令和。フリーランスの方がストレスなく、自由に生きれるのではないか。1ヶ月程、誰にも言わず悩んだ挙句、決心した。
『あとは、よろしく!』っと番組の演者とスタッフに伝え、
私は、2020年10月にサクッと会社を辞めた(笑)
30代なのに貯金なんてほぼない。(借金は全額返済!)
でも、会社に勤めると、どうしても時間がなくなって、自分がやりたいことができないストレスを抱えるよりは、ギリギリな生活でも今の生活の方が幸せだ。
尊敬してない人からの指図なんて受けたくないですしね(笑)
そして、30年生きてて、初めてストレスのない生活を送れている。
とりあえず、20代の雑誌経験の多忙さが、今の自分に生きている。
みんなが遊んでいるとき時期に自分が本当にやりたいことを見つけ、一生懸命、インプット&アウトプットできていた。
ひたすら、好きなこと、ワクワクすることを突き詰めれば、必ず仕事などに生かすことができる。それが自分の身を以て経験することができた。
私は、中学の時に思っていたことは実現できた。
そして、次の夢に向けてひたすら精進あるのみ!
【やりたいことを仕事にする近道】
・好きなことを見つける
これが見つかれば、勝ち組です。好きなことが見つかれば、一生飽きずに好奇心(ワクワク感)で勉強できる。まだ見つかてない人は、自分は何になりたいのか、もう一度自問自答してみましょう。
・時間を無駄にしない。
時間だけが人間の唯一の平等なもの。周りが遊んでいるからという誘惑に負けず、意味のない飲み会などは避けましょう。その分、自分に投資しましょう。若くして、周りと圧倒的に差がつきます。
・自分という確固たる芯を持つこと。
ブレない強い意思を持ちましょう。周りから何を言われようと諦めないめげない、自分の意思を貫きましょう。上司に媚を売らなくても、培った知識とブレない意識の高さがあれば、必ず誰かが見てくれています。
近道というか、ブレない人間を形成するまでに必要な道のりですね!
最後に。。。
『俺、まだ本気出してない』
人間、本気を出す期間なんて、なかなかないですよね。。。これに気づいてない人が大勢います。
その本気を20代でやってのければ、必ず成功します。好奇心・わくわくを忘れないようにしましょう!
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