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「いい人」であろうとして潰れてしまう人々

松本 淳 アースメディア代表

　「いい人」でいることは、コスパがいいんですよ。昔、ある女性から聞いた言葉だ。なぜならそれは、自分を、この世界から守る手段でもあるから。

　いい人に徹していれば、人とケンカすることも少ない。いきなり叱られたり、面倒なことに巻き込まれる可能性も低い。ただでさえ面倒なことが多いこの世の中、「いい人」でいることは、安定した、幸せに生きるための手段なんです、そういう風に説明してくれた。

　しかしそれからしばらく経った後、その女性は、体調悪化のために勤めていた会社を退職してしまったと聞いた。「体調悪化」というのは、メンタルの悪化をオブラートに包んで表していることが多い。聞くと、彼女の場合もまさにその通りだった。


　その女性が言ったように、「いい人」であることは、自分が平和に暮らすために有効なこともあるのかもしれない。そして、自分が「いい人」であるとまわりから思われるようになると、それが自分の大切なアイデンティティにもなっていく。そのイメージを守りたいがために、かなり無理をしたり、苦しい思いをしてまでも「いい人」であろうとするのだ。

　だから、つい、本音も言えずにぐっとこらえる。本来はきちんと言うべきときにさえ、我慢してしまう。そしてそれがストレスになり、精神的な負荷になってメンタルがだんだんと疲弊していく。「いい人」であろうとするがゆえに、その理想のイメージに勝手に押しつぶされていくのだ。

　「いい人」であろうとする気持ちが強すぎると、「自分よりも他者が優先」という考えにとらわれてしまうようになる。そうなると、一部のずるい人々に、好きなように利用されてしまうこともあるのだ。善意の搾取をしようとする人々は、どこの世界にもいるもの。

　でも、そんなひどい状況になっても、自分の心のケアを後回しにしてしまう。人の気持ちばかりが気になり、自分には優しくしようとしないからだ。その結果、自分自身が疲れきってしまい、あまり他者にも貢献ができないようになってしまう。「いい人」であろうとするあまり、「いい人」になりきれない状態。皮肉な話だが、こういう負のスパイラルに陥ってしまう人は少なくないのだ。


　ある調査では、リーダーが「いい人」である場合、そうでない人に比べ、メンバーが十分に活躍できないケースが報告されている。これは、メンバーからのあらゆる要望を聞きすぎて、結果として自分自身を疲弊させてしまうから。肝心の、リーダシップが発揮できなくなってしまうのだ。

　他人を助けようとする気持ちが強すぎる人は、他人から際限なく助けを求められるようになり、自分ではなく、他人のことに時間を使いすぎてしまう。そして、その忙しさと責任感から、自分自身を追い詰めてしまうのだ。


　一方で、人にいくら親切にしても平気な人もいる。そういう人は、無理をして「いい人」になろうとしてるのではなく、もともとナチュラルに人助けができる人だからだ。他人へのサポートが、自分の喜びにダイレクトにつながる。人を助けることが、そのまま「自分の幸せ」になるのだ。無理して「いい人」であろうとする姿勢とは、決定的に違う。


　「いい人」であろうと無理をする人は、それが、自分の精神にどれだけ負荷をかけるかをあまり考えない。それよりも、相手がして欲しいこと、その結果の自分への評価、そういうことばかりを考えてしまう。

　だからまず、他人へ親切にし、その人の要望を聞き入れることは、自分にとってどんな影響があるのかを考えた方がいい。それが、問題ないレベルであったり、自分にとってもプラスになるということであれば、実行すればいい。

　もしそうでないなら、いくら人から頼みごとをされても、きっぱりと断る勇気を持つことが必要。自分にとっての、「人に親切にする意味」と「自分の精神にかかる負担」のバランスを良く考え、決して無理をしないことが大切だ。自分の心は、自分しか守ることができないのだから。


　「いい人」であろうとするあまり、なんでも言うことを聞いていたら、まわりの人の期待値はどんどん高まっていく。確かに「いい人」であるとの評価は得ているのだが、その評価が、自分自身を苦しめることになるのだ。一度聞いたことは、次回は断りづらくなる。そういうこと繰り返していると、自分のためではなく、人に使うための時間が際限なく増えていくことになる。

　だから、自分の中で、どこまで「いい人」であるかという基準があった方がいい。相手も、ここまでしかできないとわかると、普通に理解してくれるものだ。無理がなくなるので、結果的にうまく回るようになる。一方が無理をしている関係は、長続きしない。自分を守るためにも、きちんと線を引き、ときには「断る」という勇気を持つべきだ。


　冒頭の女性は、その後、「もっと自分に正直にあろう」と、考え方を完全に切り替えた。いまは、新しい会社で、元気に働いているそうだ。


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