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「人生への愛」と「いきがい」

人生いろいろ。

嬉しいこと、
楽しいこと、
心地よいこと、、、

一方、
苦しいこと、
悔しいこと、
悲しいこと、、、

人生を
素直に受け入れられますか?


引き受けるしかない人生

人生一度きり、
やり直すこともできない。
すべて受け入れるしかない。

そこで、
なんとかいい人生にしようと、
あれやこれやと
右往左往するわけです。

「あるがままの人生を受け入れる」
「自分の運命を引き受ける」
実は、
これほど難しいことはない。

「“自分らしさ”を大切に、、、」
けれど、
その“自分らしさ”が
自身を苦しめる原因だったりするわけです。
「こんな自分じゃなく、
 あの人みたいだったらいいのに・・・」


『オイディプス王』という
ギリシャ悲劇をご存じでしょうか?

古代ギリシアの悲劇詩人ソポクレスの傑作。

オイディプスはじめ、
登場人物たちは、
悲惨な神託(神のおつげ)を避けるため
最善をつくそうとする。

しかし、皮肉なことに、
悲惨な運命を避けようとすればするほど、
神託通りの悲惨な結果を招いてしまう。

古代ギリシアの時代から、
人は
自分の人生を
運命を
引き受けるしかないと知っていたのです。


でも、
人間は、
運命に足掻き続けるいきもの。

だから、
希望を抱く。
だから、
後悔と不安にさいなまれる。


人生を愛する

人にとって究極の幸せとは?

それは、
自分の人生を
自分の運命を
どのようであれ、
全面的に引き受けられたとき、
感じられるのではないでしょうか?

ニーチェは言った。
「自分の人生を
 永遠に繰り返してもいいくらいの
 覚悟を持て」と(意訳)
自分の人生を
何があろうと、
結果がどうであろうと、
徹底的に愛し肯定せよと。


たぶん、
それができたとき、
自分の人生を全面的に受け入れたとき、
人は
究極に人生を愛しているといえると思う。
そこまで人生を愛せたときほど、
幸せなことはない。


生きがい

完全に受け入れるべき人生。
引き受けるしかない運命。

しかし、
それでも“あえて”、
人生を良くしようと抗う。
受け入れるしかない運命を
それでも、
“あえて”
より良き人生を目指し努力する。

これが
「やりがい」
というものではないだろうか?
これこそが
「生きがい」となるのではないだろうか?


“どうせ”受け入れるしかないと
“あえて”の努力や
“あえて”の運命に対する抵抗を
いっさいしないと、
ニヒリズムやシニシズムになってしまう。
それは、楽かもしれないけど、
生きがいのない人生だと思う。

だから、
人は努力する。


覚悟

「どんな人生であろうとすべて受け入れる」
「自分の運命は、何があろうと愛する」
という覚悟や肯定と、

それでも
「少しでも良くしたい」
「少しでも先に進みたい」と
“あえて”運命に抗って生きがいとする、

真に”人間”らしい生き方とは、
そんな人生だと思うのです。

自分の人生を
自分自身を
究極的に愛する。

そして、
“あえて”、
自分の運命に
自分自身に
挑み続ける。



お付き合いいただきありがとうございました。





やり直すことも、
他人と変えることも
できない人生。
愛するしか道はない。


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