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ほんとうはほめられたいみとめられたいこどもたち


はじめに


 こどもをしかることとほめること、最近くらべるとどっちが多いかなあ。朝からふりかえってみると、こどもが玄関を出るまでしかってばかりかも。

保護者の言うことを聞かないのはこどものせい?小言が口をついて出るのはなぜ?

わたしもふくめておとなの立ち位置からふりかえってみる。

おとなをよく見ている


 なつやすみにはあさ早くから学習サポート(変なことばです)に生徒たちがおとずれてくる。すずしいうちにすませようというねらい。生徒たちと学習していると、むかいの保育園から送りに来られた保護者の声がきこえてくる。

 「ほらっ早く、も~お。はやくったら。」

職場の始業時間まであとわずか。声の主のあせりがひびく。

かと思えば、夕刻。部活の練習帰りの生徒たちとまなんでいると外から聞こえてくる声。今度は年配の方らしい。

 「きょうは何やったの?そう、よかったねえ。」

こちらはいたってのんびりムード。お孫さんのおむかえか。ゆったりしたことばのやりとり。こどもはたのしそうにできごとをつぎつぎと話す。

おとなたちの反応・挙動はこうしてこどもたちからしっかり見られている。

やりとりはいたって素直なきもちから


 こどもたちにとっての日々は新鮮なものばかり。だって知りたいことやたのしいことにあふれている。なにからやろうかとひとつひとつ体験していく探究心にみちあふれている。そのようすを驚異的な記憶力で描いた書物すらある。じっ~としてられない。そんなようすがつたわってくる。

できたときは「ほらっできたよ。すごいでしょ。」とつたえたい。はじめて見るものは共有したい。

そしておとなから返ってくることばをしっかり聞いている。そしてワタシのいうことがつたわったとか、ボクはおじいちゃんにすこしだけみとめられたんだと、すこしずつ自信になっていく。

 だれだってしかられるより、ほめられたいきもちがあると思う。こどもだけでなくおとなもそう。こどもは、おとなからほめられるととくにうれしそうだ。

いつもほめてもらうチャンスを待っていて、おとなのまねをしてできたらほめてもらいたいことばかり。

もういちど書くけれど


 おとなに接していると、じ~っと見ている。できることだったらおもしろそうだからやってみたい。ワタシだってできるもん。やってできないことはないはず…。こうしてまねようとする。

こどもたちのままごとのようすを聞いていると、それらのこどもたちの目と耳でとらえた家庭でのおとなたちのやりとりのようすが想像できてしまうのでじつにおもしろい。口マネだけかもしれないし、無意識にマネているだけかもしれない。いや、こどもたちだけに見えているかも(⬆上)。

まねるということはその言葉のやりとりをこどもがおもしろいなあとか、耳新しいなあととらえているのかもしれない。ままごとはその再現の場か。その言葉のやりとりの「おもしろさ」をコントとして再現してみせる。こどものやることって予想以上に高度だなあ。

ぜんぶがぜんぶでないがその家の特徴がでているし、反映しているよう。おとたなたちの細かな機微をみじかなフレーズでとらえている。

ゆれうごくきもち


そうは言ってもやんちゃな盛り、自分より年上にはむかってみたくなるときだって当然ある。

この裏腹なきもち、おとなのわたしたちもこどものころをたぐり寄せてみると、いくつもにがい経験に思い至る。ほめてもらいたいのにその逆のことばかりしてしまう。あまのじゃくになってしまうじぶんがいる。反省しきり。


こどもだけで没頭しているときをのぞけば、おとながそばにいるとつねに意識の底におとながいる。ときにはおとなのすることやこころのようすをほぼ的確にとらえているよう。

みとめてもらいたい


 なにかおとなができることをこども自身ができたとき、「ほらっ、できたよ。」とふられたとき、ぜひともほめてほしい。こどもなりに「一人前」としてとりあげてもらえた、ふりむいてもらえたとまだ頼りない自分から抜け出していく自信につながる。

適切なタイミングでほめる。わかりやすくいうと、いのちにかかわる危険な時と場合をのぞけば、しかるよりもほめること優先でいいといえそう。

ほめるときにはささいなことでかまわないし、かけることばは「みじかいことば」でじゅうぶん。たとえば「よくできたね」などでじゅうぶん。ひとことだけでも。

ことばに心がこもっているとたいていにこっとする。こどももまんざらではないようす。やはりそのひとことを期待しているのでは。

おわりに


 みとめられてほめられることは、こどもたちにとってつぎの行動への活力となっていく。賞状もらったり、ごほうびをもらったり。それらをゲットしながらおとなへのステップを一段ずつのぼっていく。

段階を追って少しずつ少しずつ上がっていくもの。ときにはあともどりもある。そのたびに認められ、自信をつけていく、なんでもそういうものでは。

そうして自信が自主性を生み、リーダーシップや独創性の芽をはぐくみ、自立へと導いていくのではないか。


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