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「見えにくい生きづらさを共有する社会に。」佐藤なつのさんと考える、生きやすさの見出し方。

みなさんこんにちは。ジブン研究編集部です。

「生きづらさ」という言葉を聞いたとき、どんなことが思い浮かびますか。

日々生きづらさを感じている方。
生きづらいと思ったことはなかったけど、苦しい瞬間はたくさんあるなという方。
自分ではない、誰かの生きづらさを思い浮かべる方。

一人一人、それぞれ違った形や重みの「生きづらさ」とともに生きているのだと思います。
けれどその「生きづらい」という感覚がなぜあるのか。どうしたら生きやすいのか。
忙しない日々の中で、そこまでゆっくりと目を向け日常に変化を起こすのはなかなか難しい、という方が多いのではないでしょうか。


日常生活の中で感じる違和感や疑問についてオープンに語り合える場を、当事者との対談形式で実施するオンラインイベント「Original Life Talk」。
第12回目となる今回は、佐藤 なつの(さとう なつの)さんをゲストにお迎えし、「脳と感情のコントロール~見えにくい生きづらさを共有する社会に~」というテーマでお送りします。

佐藤さんにとっての見えにくい生きづらさとは、幼い頃に患った脳出血による、片麻痺、半盲、そして高次脳機能障害によるもの。

高次脳機能障害とは、脳の損傷によって注意力や記憶力、感情のコントロールなどの能力に問題が生じるもので、外から「見えにくい」からこその生きづらさを日常生活や社会生活の中で強く感じるそうです。

「生きづらい」なんて口に出すのにはためらいも感じる。でも、どんどん開示したい。発信しないともったいない。生きづらさを共有することは、自分と周りの人の生きやすさにつながると信じているから


これは、イベントに先立ち実施したインタビューのなかで佐藤さんが伝えてくださった言葉。ご自身の障害による特性や生きづらさについて周囲に開示をし、その時何がベストなのかを考え伝える、ということを大切にされています。

本記事では、佐藤さんが感じてきた見えにくい「生きづらさ」や、生きづらさを「生きやすさ」に変えるために重ねてきた模索について、お伝えします。

立ち止まれない日々の中でいつのまにか募っているかもしれない「生きづらさ」に、一緒に目を向けてみませんか。

「生きやすさ」をつくりだす、初めの一歩を踏み出すために。

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(短期間通っていた絵画教室のアトリエ)


自己紹介

初めまして。佐藤なつのといいます。最初に、私のこれまでと現在についてお話します。

7歳のある日突然、先天性の脳血管の奇形が原因で脳出血を発症し、それが原因で片麻痺(※1)、半盲(※2)、高次脳機能障害を持ちました。当時はまだ幼く自分が障害を持ったことを認知せずにいましたが、中学生時代、思春期に入り人目を気にし始めた頃、いじめを受けたことをきっかけに自分を大切に思えなくなりました。長い間、精神的にも物理的にも自分を傷つけてしまうような日々を送ったり、なんとか大学を卒業し、就職したものの2年目で病気を再発したりと、いろいろなことがありました。
現在は療養しながら、大学時代の経験をきっかけに始めた様々な活動を通して、「誰もが生きやすい社会づくり」を目指しています。

今回の記事やイベントを通して、もっとそれぞれの生きづらさを共有したい、ストレスにどう対処するのか、どう生きやすさをつくるのか、みなさんと一緒に考えたいと思っています。

※1 片麻痺:身体の左右どちらかに麻痺の症状がある状態。佐藤さんは左半身の麻痺。
※半盲:両眼の同じ側の視野が欠ける状態。佐藤さんは左側の視野が欠けている。



開示するようになったきっかけ

Q:なつのさん、どうぞよろしくお願いします。
障害について周りの人に開示するようになったきっかけはありますか?自分にとっての生きづらさを周りに開示するのってすごく勇気のいることではないかと思うのですが。

学生時代から周囲の人に「足ケガしてるの?」とよく聞かれるんですけど、オブラートに包まれる聞き方に、”聞いてはいけない”という障害のタブー感を押し付けられている様な息苦しさや気持ち悪さを感じていたんです。
障害について聞いてはいけない、触れてはいけないと思われていることが伝わってくるたびに、自分自身でも認めることが困難である障害を、さらにネガティブなものに感じてしまって。それが繰り返されることで自尊心が低下していくような感覚がありました。

だから、本当に小さな言葉のチョイスではありますが、ストレートに「どんな障害があるの?」と聞いていいのに!と思うし、そこでこちらも嫌な気持ちにならず、素直に自分の症状について打ち明けられたらなと思っています。

ずっともやもやしていて、聞いてくれないのなら自分から言おうと思ったし、人づてに伝わって誤解されるのも嫌なので、なるべく自分の口で言うようになりました。

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(ふてくされている心の中の私)

そういう気持ちの面の他にも、障害ゆえにできないこと、制限が日常生活に溢れているから、共有せざるを得ないという面もあります。
どうしても配慮は必要だからこそ、ただ配慮してとお願いするより、きちんと障害や症状などの詳細とともに、「こんな時にこんなサポートをお願いします。」と具体的に伝えるようにしています。そうすることで、スムーズに対応していただけたり、意図しない配慮をされてすれ違うことを避けたりすることもできます。開示した方が相手も納得できると思うので、開示自体は私から相手への配慮のひとつでもあるかもしれません

自分自身がかなり葛藤してきたので、「自分の生きづらさについて周りに共有する」という行動が次の世代の子どもたちが生きやすさを実感できる社会の導線になってほしい、と思っています。


タブーから共有へ

Q:なるほど。事実としてそこにある障害をタブーとして触れないようにするのではなく、開示したり開示されたりして「共有」することから、お互いを理解し合うためのコミュニケーションが始められるということなのかなと感じました。
実際に開示してよかったなと思うことはどんなことですか?

例えば、私の記憶力について。ぱっと忘れてしまった時のフォローや、細かいリマインドをしてもらえるのもすごく助かっています。頼まなくてもやって頂けることが本当にありがたくて。
また、半盲によって左側半分が見えず、左側にいられるのが怖いんです。常に右側にいてほしいのですが、やはりこちらから言う前に右側にいてもらえるとめちゃくちゃありがたいです。正直忘れられることも多いけど、そこでもう一度お願いしたとき、事前に開示してあるとすぐに納得してもらえるので自然な流れができます。
言ったもん勝ち?というのでしょうか。関わりもスムーズだし自分自身もすごく楽になります。

それに、こうして具体的なひとつひとつの配慮をいただけることももちろんですが、人としてのコミュニケーションがとれる、腹を割って話せる関係性が築けるようになることも、開示することで得られるポイントです。タブーとされがちな障害について、あえてこちらから言ってしまうことで障害について触れるハードルが若干低くなると思っています。

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(山を散歩中の一休み、京都『三千院』)


生きづらさの正体

Q:開示してよかったことをお話していただきましたが、これまで感じてきた見えにくい生きづらさはどんなものだったのでしょうか。

外に見せないだけで、実は相当感情的になりやすくて。
自分で決めていたバスに乗り遅れると絶望して、長くて数時間くらい立ち止まって放心しているとか、お水を零すと、「障害が無ければ持てたのに!」と左手に対して怒るとか。ペットボトルの蓋が開けられなくて「なんで?」とうずくまって泣いてしまう、通院時の20分の待ち時間にイライラしてきて、片道2時間かけて来たのに帰ってしまうといったこともありました。

本当に皆さんがびっくりするかもしれないくらい些細なことに落ち込んだり苛立ったりしていて、それを見せないように割と必死です。
心も身体も常に緊張や不安があるのに、人といるときは気を遣わなければと余裕があるフリをして疲れ果ててしまう、辛いという気持ちそのものをうまく表現したり相手に伝えたりできないという苦しさもあります。

見た目が普通に見えるということで、大学の授業で「視線恐怖のため後ろの席でないと受けられない」と申し出ても一部理解してもらえず、授業に出席できずに毎年単位を落とし、留年したこともありました。

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(海が見えるお気に入りの席から、尾道『帆雨亭』)


あとは…自分としては最大限頑張っているにもかかわらず、楽をしていると見られること
直近だと、会社でマルチタスクができないと開示したとき。会社には誇りを持っているのですが、どうしてもマルチタスクはできなくて。できないことはできないので特性を開示し、配慮をお願いしました。しばらくは配慮していただいて余裕ができたのですが、多忙な環境だったので忘れられてしまい、そのうち「なんでできないの?」に変わっていきました。努力しても困難なことを要求され、できないと強く当たられてしまって。葛藤が募り、あ、しんどいなと。できない私はなんて無能なんだと感じていきました。

社会全体に余裕がなくて、できないことを簡単に「できない」と言えない環境も多いのかなと思います。でも、大多数のいわゆる「基準」に、障害のある私は到底及ばない。そもそも障害があるかないかに限らず、自分の基準と相手の基準がマッチすることはほぼあり得ない、ということを知ってほしいんです。
相手の基準と自分の基準、その「差」が生きづらさなのではないでしょうか
私はたまたま障害という生きづらさの要素がありますが、誰もが人生を悩みながら生きていて、生きづらさは一括りにはできないのだと思います。開示することで、自分と相手の基準を一緒に眺めてみることが、その差を埋めるためのひとつの方法になると思います。

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( 故郷『国営ひたち海浜公園』)


生きづらいけど、生きる


Q:見えない生きづらさやその背景について、とても伝わってきました。生きづらさを感じ続けてきた一方、今のなつのさんは生きやすさをつくるためにとても精力的に活動されていますが、どんな経験がなつのさんの気持ちを前向きにしてきたのですか?

明確にこれ、というものはないです。でも、大学に入ってから本当にたくさん、いろんな活動をするようになりました。ボランティアとか、一人旅とか。小さな活動の積み重ねで、価値がないと思っていた自分にできるなにかしらの役割を見つけたり、いろんな人に出会ったりしました。とにかく経験をすることが自分の自信に繋がると思っています。

今では常にアンテナを張って情報を掴み、興味があったらどんどん参加をしたり自分から発信したり、積極的に行動しています。
最近では、私の発信を目にした難病の子どもをもつお母様から「励みになった」とメッセージを頂いて、胸がいっぱいになりました。私の方こそありがとうと思えましたし、発信してよかったと思いました。

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(ハワイを散歩中に )

Q:すごいエネルギーを感じます…!一番初めはどうやって踏み出せたのですか?

大学1年生の時、SNSで子どもに関わるNPOの活動を目にして、子どもが好きだったので本当におそるおそるでしたが申し込んでみました。あれが最初の一歩だったかな。
会議に参加しても意見はまったく言えなくて、初めからうまくいったわけではなかったけど。いろんな人がいて、いろんな価値観があることを知れたので、それが会いたい人に会う、やりたいことに飛び込む力に繋がったような気がします。

あとは、障害からは一生逃れられない、でも苦しい現実から逃げたい一心で反対を押し切り、19歳から一人旅を始めました。あほっぽいかもしれないけど、当時は自分はここまでできるんだって証明がしたかったのかもしれません。結果的に今では旅が趣味になりました。

できないことは人より多いですが、振り返ると案外いろんなことコツコツとやってきたな、中々面白みがあるなと思うんです。人よりできないことも沢山あるけど、可能性を決めつけないでほしい。その人のできないことよりできることに対しての伸びしろを見てほしいと思います。



生きづらさを共有した先に

Q:なつのさんが思う、生きづらさを共有した先の理想の状態はどんなものですか。そのために大切にしている心構えなどもお聞きしたいです。

理想の状態は、一言で言えば相互理解。同じ人・価値観はほとんどないから。自分と相手の価値観に寄り添い、違いを理解し、認め合えること。私自身がマジョリティに対する反抗ゆえの無知があるだろうから、私からも相手を知るということ。
生きづらさを開示するといった一人一人のアクションによって、違うのが当たり前だから、気にしない。自然な感じで補い合える。そんな関係性や社会のあり方になっていったらと思います。完璧な人はいないのだから、ゆくゆくは大々的に開示せずとも、目の前に困っている人がいれば自然に手を差し伸べられる社会になればなと思います。

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Q:それぞれの違いを理解する、認め合うことって、とても大切な反面すごく難しいなと私自身は日々感じるのですが、そのスタートが開示することなんでしょうか。

まず、100%の理解は求めなくてもよくて、最低限でいいんじゃないかな。6割程度がゴールだとしたら、知ってもらったら1割くらい。実はつい最近まで8割って言っていたんですけどね。欲張ると「理解してもらえない!!」って感情的になるし、6割程度なら自分自身も楽だから、必要最低限でいいのかなと思ったんです。でもその分、伝えたいことを抽出して思ったことは全力で伝えます。くどくてもめちゃくちゃ対話する。
ただ、そのときの心構えとして、私自身はなるべくオープンでいつつ、共有したからといって過度な期待はしないようにしています。配慮していただくということは相手側もエネルギーを消耗するはずだから、あくまでも求めるのは最低限の配慮に留めるし、前提として、自分自身も可能な限りの努力はします。

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おわりに~生きやすい社会へ~

Q:日々の活動を通して、どんなメッセージを伝えようとしていますか。

私は「教える」はできないし、しません。
あくまで、障害を持った佐藤なつのという人間はこういう困難を抱えているよーと。大人になったって自信はないし、不安だらけ。それでも障害があっても一人旅なんかしちゃうし、お酒は好きだし。障害者だから特別視してほしいわけではなく、ほんとただの人間。ただ、人より困難がちょっと多くて時にサポートが必要ですということを伝えたいんです。
そうして私の生きづらさを知ることをひとつのきっかけにして、自分や周りの人の生きづらさに対して何か気づきを得てもらえたら嬉しいし、そうなりえるのではないかという期待をもっています。

ただ、私自身はこうして障害についてオープンにしているけど、クローズにされる方もいます。自分の生きづらい部分について人に開示できないのは社会に流れがあるからで、個人の問題ではないと思います。だからこそ、社会の流れに少しずつ風を吹かせたい、自分だけでなく小さくても社会の動きになればと思ってます。

そのために最近考えるのは、真面目にというよりちょっと面白く伝えたいなということ。
興味がある人は情報をキャッチしようとしますが、そうでない人にとっては関心の対象にすらならないとも感じるから。いかに障害やまじめなテーマを聞き手に伝えるか。自分ごとにしてもらえるかを、日々考えています。

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(大好きな喫茶店。鎌倉『珈琲卿 身似虚無』)

I am I.
You are You.

大学生のとき友達との会話の中で知って、そこからいろんな講演で使っているお気に入りの言葉です。
全身にレッテルや仮面を貼り付けていてつらかった当時、この言葉を聞いて少しだけ「ありのままでいいのかな」と自分を認められる気がしました。
今も自信はないけどこの言葉を通して、「自信がなくてもそれはそれで私なんだ」と自分に言い聞かせています。そうやって自信がないなりにも、なんとか自分を信じてみようとしているのかなと思います。

生きるのって本当に大変。
でもいろんな人や考え方があって、その人のもつ課題感は比べられない。ある人が深刻に思うことがある人にとってはそうでもないこともあって、本当にそれぞれ。こうして皆さんと話すことで互いの気づき、違いを楽しめられる社会へ繋がるといいなと思っています。



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最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。

自分の生きづらさに目を向けてみたい方、お互いの生きづらさについて共有してみたい方、なつのさんのお話をさらに聞いてみたい方など、ぜひイベントにご参加ください!
当日は、参加者同士での対話の時間やなつのさんへの質問タイムもご用意しております。
イベント参加は以下のイベントページ内の申し込みフォームよりお願いいたします!
皆様にお会いできることを楽しみにしております。

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▼イベントページ▼
https://fb.me/e/4WS9bBYNS


話し手   :   佐藤なつの
https://www.facebook.com/suusn05
聴き手/編集 :   宮本夏希・原田優香






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