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人あたりしちゃった

「人あたり」といえば、あの人は「人あたりの良い人だ」と言うように「相手に与える印象や雰囲気」という意味で通常使われる。 

ここで私がお話しようとするのは「食あたり」ならぬ病状としての「人あたり」だ。
そもそもそんな言葉があるかどうかもわからない。 

昨年は、苦手な人(たち)とのミーティングで2、3時間同じ空間で、ずっと会話をしなくてはならない状況があった。しばらく、へとへとになり、思わずこの表現が出てくることが多かった。

「ちょっと人あたりしちゃったみたい」。


私は元来、人の好き嫌いが激しいほうだが、年を取るにつれ、かなり丸くなった。明らかに敵対心を示されない限りは、誰とでもうまくやっていけると思っている。
 
そして、社会人として、ある程度の我慢も必要だ。

私は感情が顔にでてしまうタイプだが、口角をあげてスマイルしているようにみせかけるのが癖になってしまった(そのせいでほうれい線のしわもよってきた気がする、涙)。 

職場や仕事関係においては、好き嫌いで上司・同僚・部下や取引先を選べないだろう。 

食あたりした場合は、その食べ物からしばらく遠ざかることが可能だが、人あたりはそうはいかない。

一方、持論ではあるが、恋愛感情を除いては、相手と自分のお互いの気持ちは、たいていレベル感が同じではないか、と感じる。相手が自分のことを苦手と思っていたら、こちらもそれを察知してか、苦手になるだろうし、この人は人として大好き、という人もたいていはこちらに好感を持ってくれている。
 
でも、私がすべての人を好きになったとしても、全員から好かれるということはまずないだろう。自我が強すぎるから、私に対しても、好き嫌いが分かれそうな気がする。
 

人間関係って難しい、と日々痛感する。 

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