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文章は人の生き様を表すーnoteを通じて気づいたこと

noteを始めて、4カ月強。様々なバックグラウンドを持つクリエイターの記事を読んでいくと、皆さんはどんな方なのだろう、と私の中で想像が膨らんでいく。 

内容が、何であれ、自分語りのものでなくても、文章の行間からその人の人柄のようなものがにじみ出てきて、改めて「書くということ」の意味やパワーを実感する。 

以前、顔は、老若男女問わず、その人の生き様を表す、といった内容の記事(顔の終着点)を書いた。
 
文章は、なおさら書き手が見えないため、先入観を持たずに、その人の「人となり」や「生き方」が見えてくるような気もする。
 
もちろん、年齢とともに、そして人生経験を積めば、考え方も変わり、文体も変わってくるだろう。 

noteを始めて良かったと思う点は、自分の知らない知識をインプットできるというだけでなく、クリエイターの皆さんの人生を通して得た幸福感や喜び、そして悲しみ、辛さなど様々な感情を共有してもらえることだ
 
一度も会ったことがないのに、何か同じ時代を生きてきた同志のような感覚を勝手ながら持たせてもらっている。 

恐らく、毎日会っている職場の同僚はもちろんだが、友人、家族にさえ(noteに投稿しているのを知らない場合は)言えない心の内をここで打ち明けているクリエイターさんもいらっしゃるだろう。
 
私もnoterとしての存在を伝えている友人以外は、ここまで自分の気持ちをさらけだすことはない、笑。
 
noteで記事を読むときは、何かを分かち合う同志という気持ちで、一緒に驚いたり、喜んだり、時には悲しんだりしている。 

ある統計によると、一生に出会う人の数や人生でなんらかの接点を持つ人の数は、おおよそ30,000人程度だと言われている。
 
限られた出会いのなかで、クリエイターの皆さんと感情を共有できること、そしてnoteの存在に感謝する毎日だ。

https://x.com/ATF_TOKYO

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