見出し画像

平成3年生まれの30歳が高校生の頃

夕方、スタバが混んでいた。自転車置き場は溢れかえっていて、店内は若い人たちで賑わっていそうだった。集中作業をしようと思って行ったが、場所を変更した。タリーズにした。


どちらも位置的にはスタバと変わらない距離感だ。


高校生らからしても、私からしても。


タリーズのほうが空いていて穴場だった。


放課後にスターバックスにくる学生たち。

そのお小遣いは、一体毎月いくらなんだろう。

部活はやっていないんだろうか。

コロナで活動停止なのだろうか。

学校ではなくスターバックスで勉強をする子は、なぜその選択をしたんだろう。


あれこれ疑問が沸いた。


そして気付いた。


羨ましい気持ちに。


私の高校生時代は、ゆっくりする時間なんかなくって、いつも焦っていた。


小学校高学年から競泳選手になり、週6で泳いでいた。

そのおかげで高校も大学も行けたので、私にとっては泳ぐことが受験勉強だったようなものである。


でも、高校の頃は勉強もそこそこ頑張っていた。

勉強は好きでも、得意ではなかったから、提出物と出された課題だけは必死にこなした。毎週あった英語の週テストも、毎週ランキングに入れるように課題をやって、訳しをやって、クラスメイトにも事前予習の回答を見せてくれと頼まれ、喜んで応じていた。

朝は5時半に起きて、誰もいない教室に登校し、小さな空き教室を借りて自習、課題。時々隣のクラスの友人と、校長室に集まって数学を教わることもあった。授業の合間もとにかく課題を片付けるか、次の時間の小テストに備えるか。友達付き合いもそこそこに、とにかく内申点を稼ぐのに必死だった。


放課後は1年生の途中までは部活に行っていたが、顧問と同級生との折が合わなくなり、秋からはスイミングスクールで練習した。

だからスイミングスクールの練習まで教室に残って自習し、練習が始まる30分前にプールサイドに着くように学校を出た。移動は自転車だ。

高校からスイミングスクールまで、自転車で30分くらいだったか。いいウォーミングアップだった。人よりも早くプールサイドに行っていたのは、自主トレのためだ。腹筋背筋100回ずつと、腕立てだけは苦手で30回。余裕があれば2セットやって、ストレッチをして練習開始を待った。


練習は他のスイミングスクールと比べて少し短めで、1時間15分。

短いからこそ、当時のコーチは効率と集中重視のメニューを組んでくれていた。趣向を凝らしたメニューは日々変化もあり、たとえ同じメニューであっても、コーチは毎日きめ細かな指導をしてくれたから、飽きることなく取り組めた。「自分のことをちゃんと見てくれている」。何を言われたかというよりも、私以外の選手も同様、みんながそう思える熱い指導者だった。


練習後は、みんなで2人1組でストレッチをして、シャワーを浴びて解散する。

私はコーチとジムスタッフにお願いして、更にそこからジムで入念なストレッチとインナーマッスルのトレーニングをつんだ。

さすがにそれを毎日やれば死ぬので、日によってはストレッチだけの日もあったし、そのままみんなと帰る日もあった。


し、そこまでやっていたのは最盛期の頃。

多分高2の春くらいから高3の夏くらいまで。


そんながむしゃらな毎日を送った結果、水泳では僥倖なことにインターハイへ出場できた。メドレーリレーで標準記録を突破して。

個人種目ではまったく結果が出ずで、正直あまり全国に出ましたなんて胸を張れない。

これもまたとんでもエピソードがあるので、後日綴ろう。


全国行きが決まってからは、朝練もやった。

ひよんなことから専門外の背泳ぎでの出場だったので、同期の専門にスタートダッシュを教わったのだ。

(結局あんまりうまくはなれなかったんだけど。)


全国大会が終わってからは、もう泳ぐ理由がなかった。

でも、私は記録云々ではなく泳ぐことそのものが好きで泳いでいた身ゆえに、卒業までずっとスイミングスクールには通った。

全国大会が8月。

そして受験は10月。

受験期は受験期でまた3000字くらいのエピソードがあるので別記する。

受験の結果発表は11月。


「ま、当然受かるでしょ」


と謎の自信の通り合格をいただき、無事に私は、激動の日々から開放された。


私の人生で一生懸命頑張っていたと言えるのはそこまでだ。


高校生活。


もう2度とあんな生活は送りたくないほど、必死でやった。


全然うまくいかないことばっかりで、

クラスでも一匹狼だったし、

親友と呼べるものもあやふやな人間関係だった。


でも、がんばってたとは胸を張って言える。



今の高校生たちは、どんな生活を送っているんだろう。



あの頃を思い出しつつ、

今の彼らのことが気になった。


#回顧録 #高校時代 #競泳 #インターハイ #思い出 #二度とやりたくない #頑張ってた #高校生 #平成生まれ #水泳  

サポートしてくださったあなたに、私が住んできた各地でのおすすめの名店をご紹介。長野、大阪、富士。夕陽がきれいな場所か、美味しいコーヒーが飲める場所か。どれに当たるかはお楽しみです。