見出し画像

月に1冊ディックを読む➅「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」

今年の1月から毎月1冊、ディックの長編を読んでブログに書くことにしました。今月は連休があったので特別に2冊目になります。ディックは高校から大学にかけて読みふけったSF作家の1人です。凄く自分の価値観に影響を与えているのか、価値観が近いから読みふけったのか…。「ユービック」「火星のタイムスリップ」「パーマー・エルドリッチの三つの聖痕」「流れよわが涙と、警官は言った」「宇宙の操り人形」の次に選んだ6冊目はコレです。いよいよ「アンドロイドは電気羊の夢をみるか」です。

【この作品が書かれた年】1968年

【この作品の舞台】1992年

【この作品の世界に存在する未来】ペンフィールド情調オルガン、サージ電流、バウンティ・ハンター、電気仕掛けの羊、視床抑圧・視床興奮のコントロール、放射線防護服コドピース、放射性降下物の天気予報、人工脳刺激による感情コントロール、屋上のドーム牧場、最終世界大戦、法律の定められた範囲内で生殖を許される適格者(レギュラー)、特殊者(スペシャル)、シドニー社鳥獣カタログ、マーサ―教、マーサ―の《登坂》、共感ボックス、マーサ―との真の融合、植民衛星、ホバー・カー(飛行車)、ランド・コーポレーション、戦略研究所、最初に死んでいったフクロウ、惑星植民計画、自由の合成戦士、人間型ロボット(有機的アンドロイド)、すべての移民に自ら選択する型式のアンドロイド一体を無料貸与、新しい地平線の日、ニュー・アメリカ(火星最大のアメリカ植民地)、ニュー・ニューヨーク、精神機能テスト、アメリカ特殊職業技能養成所、ウィルバー・マーサーとの精神的・心霊的な同一視を伴う肉体的な融合、死者をよみがえさせる時間逆行能力、有機プラスティックの代用脊髄、ネクサス6型脳ユニット、世界警察機構、ローゼン協会、T14型アンドロイド、フォークト・カンプフ感情移入度検査法、殺し屋のみを殺せ、主人を殺して逃亡した人間型ロボット、未荒廃精神分別病患者における役割取得の阻害、キップル化、サランダー3号、原子力電池付警察用フラッシュライト、無指向性ペンフィールド波発生器、情調放射、無限鍵、正弦波、動物横丁、バスター・フレンドリーと仲良し仲間、感情移入能力、

【原題】「DO ANDROIDS DREAM OF ELECTRIC SHEEP? 」

【読んだ邦訳本】ハヤカワSF文庫229 浅倉久志訳 1977年3月15日発行

ジュブナイル版以外での海外SFへの入り口は、ロバート・A・ハインラインの「夏への扉」とアーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」でした。その後、激しく傾斜していきます。高校生の頃はひたすら読んでました。ハヤカワSF文庫のあの水色の背表紙に惹かれて、暇な土曜日はひたすら早稲田の古本屋街、たまには神保町、月に一度のビックボックスの古本市、などなどで一冊100円になっていれば著者を問わずに、ハヤカワSF文庫、ハヤカワJA文庫、サンリオSF文庫を買い漁ってました。120円だと悩んでたので可愛いいものです。100円を超える場合はジャケ買い、タイトル買いで気に入ったのには手を出してました。サンリオSF文庫はなかなか100円では出てきません。当時に凄いと思った2大タイトルが、ハーラン・エリスンの「世界の中心で愛を叫んだけもの」と本作「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」です。書棚を探したらハヤカワSF文庫の「アンドロイドは電気羊の夢をみるか?」だけで4冊持ってました。ほんとに好きな作品なので、表紙絵が変わるたびに買ってたようです。最初の2冊は表紙は変わらないんだけど、背表紙が実は変わってるんです。マニアック過ぎますね。ハヤカワ・SF・シリーズも2冊ありました。最近のディック作品のハヤカワSFの表紙は本当に嫌ですね。で、映画の方が有名かもしれませんが、映画「ブレードランナー」の原作本です。内容はかなり違いますけどね。ぜんぜん原作の方がいいです。ただ、「ブレードランナー2049」はなかなか痺れます。「ブレードランナー」の公開は1982年。ディックは公開を待たずに同年の3月2日に53歳で亡くなっています。本作の舞台は1992年ですが、「ブレードランナー」の舞台は2019年11月。去年の秋ですね。2020年の春がこんな世界になるとは…相当にSF的な現実の中に私たちはいます。

さて、激しく前置きが長くなりました。主人公はリック・デッカード。バウンティ・ハンターとしてアンドロイド1人に対して1000ドルの賞金を狙う警察に所属する賞金稼ぎです。映画ではブレードランナーと呼ばれる役回りです。第三次世界大戦後、放射能灰に汚された地球では、ある日突然に地上に多くのフクロウが落ちてきます。でも、それは単なる始まりでしかなく、その後に次から次への動物が倒れていきます。そして、生きている動物は高値で売買され、生きた動物を所有していること自体が社会的ステイタスになります。デッカードの買っていた羊がある時に亡くなり、その後は本物そっくりに機能する電気羊を購入して隣人を欺きます。いつかまた本物の動物を買える日に思いを馳せながら……。多くの人類が火星に移住し、移住者にはアンドロイドが提供されます。最新型のアンドロイドはネクサス6型。この最新型ネクサス6型の8人が、使用主である人間を殺害して地球に逃亡してきます。先輩バウンティ・ハンターがこのアンドロイドとの戦いに敗れて重傷を負ったので、デッカードが対峙することにります。というのがストーリーの最初です。なんだかもう凄いですね。SFガジェット登場しまくりの感じが素敵過ぎます。

ここにもう一人の主人公であり、精神機能テストの最低水準に届かない特殊者(スペシャル)であるイシドア登場します。郊外の誰一人住まない廃墟と化したビルに1人で住んでいますが、スペシャルでありながら動物病院(実はそれは表向きの姿で本当の姿は電気動物修理・販売店)で定職を持っていることが自慢です。物語の最後にはイシドアの家に生き残ったアンドロイドたちが集まります。

作品中、実に大切なモチーフが、ウィルバー・マーサーとの精神的・心霊的な同一視を伴う肉体的な融合を拠り所とするマーサー教の存在です。人々は共感ボックスという機会で、荒れ果てた山を毎日上りつつ、石つぶてを投げられるマーサーに同一化します。実際に石つぶてを受けると出血すらするのです。

本作でのアンドロイドは、有機型アンドロイドであり機械仕掛けのロボットではありません。生命寿命が短いことを除いては、最新のネクサス6型になってくるともう人間とほぼ変わりがありません。寿命のほかにもう1つ異なるのが、感情移入能力です。バウンティ・ハンターはアンドロイドと間違って人間を殺害しないために、殺害する前にアンドロイドであるかどうかのテストを行うことが義務つけられています。これが古風に「質問法」なのです。いろいろな質問を重ねることにより、人間であれば感情を移入してしまうところであっても、アンドロイドは感情を移入してこないのでアンドロイドだと判定されます。なんて悠長なテストでしょう。質問しているうちに襲われたらどうするんだろうと思いますが、実際に映画「ブレードランナー」では質問テストの途中で質問者であるブレードランナーが撃ち殺されてしまったりしてます。

アンドロイドに巧妙に過去記憶を植えつけるケースもあるので、自らがアンドロイドなのか人間なのかは検査をしてみなければ、当の本人もわからないという怖さがあります。デッカード自身も自らがアンドロイドではないかと疑う気持ちに陥ります。自らが人間だとと思い込んでいたのにアンドロイドであった等という登場人物も出てきます。とてもディックらしいテーマです。何か本物なのか……。また、最新のネクサス6型に旧来の質問法の検査が本当に役に立っているのか、一体全体何を信じていいのかわからない局面が続きます。映画のレプリカントほどではないですが、アンドロイドも時に人間的です。人を人たらしめる条件が感情移入だとすると、冷徹なとある人間と、人間味あふれるとあるアンドロイドでは、どちらが本当に人間といっていいのか、難しい命題です。

バウンティ・ハンティングには無事成功するのですが、マーサ―教の世界が作り物であることがアンドロイドであったバスター・フレンドリーにより暴露されたり、大枚はたいて買った牝山羊を追いかけていたアンドロイドであるレイチェルに殺害されたり、最後の最後に荒野で捕まえてきたヒキガエルが実は電気ヒキガエルだったことがわかったりと、悲劇が続くのですが、デッカードは冷静で安らかな気持ちでいます。

「この本を書いたのは、生活がとても安定していたころでね。ナンシーとわたしには、家一軒と、子どもひとりと、かなりの金があった。暮らし向きも悪くなかった。その当時、わたしは、ナンシーのあたたかさを、それまでの知り合いの冷たさと対照的なものとして考えていた。そこから、人間とアアンドロイド~本質的に人間ではない、二本足で歩くだけのヒューマノイド~の対立というアイデアが生まれ、それをこの小説に発展させた。ナンシーのおかげて、わたしは生まれてはじめて、本物の人間がどのような存在でありうるかということを学んだ。やさしく、愛らしく、傷つきやすい。そして、そういう人間的な性質を、これまでわたしがいっしょに育ってきた人間たちと対比させて考えはじめた」。

こういうときだったから、デッカードの気持ちは荒れなかったのかもしれません。やさしく、愛らしく、傷つきやすい。それが人間を人間であらしめる特徴なのだと思います。だから、人間は弱く、そして強いのでしょう。そしてこれを失っていまうと、表向きは人間でありながらも有機物で構成された二足歩行のヒューマノイドになりかねないということでしょう。ああ、何度読んでも面白いし、どきどきして読める作品です。「ブレードランナー2049」も激しくお薦めです。ただ、観る際は絶対に前の日に「ブレードランナー」を先に見てからにしてください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?