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JBFな人たち #12 齋藤栄太(齋栄織物株式会社)

JAPAN BRAND FESTIVALにかかわる人たちは、一体どんな想いを持ってものづくりやビジネスをやっているのか? JBFに入って良かったことは何か? 当事者たちにインタビューしてきました。
今回お話を聞いたのは、ギネスにも認定された世界一軽いシルク「フェアリーフェザー」の開発で知られる齋栄織物株式会社の齋藤栄太さん。海外で勝負するカギは、「全然うまくいかなくても3年」。

広がる販路。ミラノ、パリ、上海

——創業70年。齋栄織物さんはかなりの老舗ですね。

齋藤 いえいえ、川俣シルク自体は1400年前に始まったと言われていて、古い会社では200年を超えるところもありますので、まだまだです。

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——1400年!? そんなに歴史があるとは知りませんでした。

齋藤 シルクで有名なのは集積地の横浜ですが、川俣はその影で作り続けていたんです(笑)。とはいえ、私たちの前身も、「横浜シルク」という貿易会社。戦争で貿易業がダメになって生産の方をはじめたんです。

——なるほど。そこから今では海外にも進出していますよね。

齋藤 純粋に販路を拡大したかったんです。父親の代からアメリカでの販路はあったんですが、2008年のリーマンショックを経て、輸出が激減してしまった。それで、ヨーロッパに進出しようと。

——何かツテがあったんですか?

齋藤 ないです、ないです(笑)。だから大変で。イタリアに長年住んでいた人に相談したら「ヨーロッパはシルクの産地がたくさんあるよ」と言われて、どうしようか悩んでたんですけど、「迷っているならとりあえず行ってみたら?」と父親に言われて。

——お、それは貿易商のDNAですね(笑)。

齋藤 ですね。でも、行ってよかったです。ミラノからはじめて、パリ、上海と販路を広げることができましたから。

——すごい! それはトントン拍子だったのですか?

齋藤 そんなことないです。ミラノでは、商談会に来てくれた30数社中、2社しかうちの商品に興味を持ってくれなかった。そりゃそうですよね、向こうはシルクが盛んだし、「定番品」では全然見向きもしてくれない。その上、送料、納期、言葉の壁……はっきり言って、僕と取り引きするメリットが向こうにないですから(苦笑)。

——そこから、どのように取り引きを増やしていったのでしょう。

齋藤 やっぱり「自分たちにしかないもの」で勝負してからですね。次の年に、オリジナル商品の「フェアリーフェザー」を持っていったら、30数社のうち20数社が興味を持ってくれました。あとは、愚直に続けることですね。年2回通って、直接現地での評価を感じたことで、徐々に“わかってきた”部分も大きいです。

3.11が生んだフェアリーフェザー

——フェアリーフェザーについて教えてください。

齋藤 「妖精の羽」という名の通り、世界一薄く、軽いシルクです。ギネスにも認定されました。髪の毛の6分の1の太さという超極細の絹糸を織って作った生地で、薄くて重さをまったく感じさせないのに、羽織ると張りと光沢があります。今では、パリのユネスコ本部で開かれたショーの舞台衣装や、ウエディングドレスにも採用されました。

齋栄織物(妖精の羽3)

——すごい! いつごろ生まれたんですか?

齋藤 2009年頃から「フェアリーフェザー」の開発をはじめて、製品化したのが2012年。間に、東日本大震災がありました。

——福島ですし、やっぱり震災の影響はありましたか。

齋藤 大いにありました。開発中の時に地震が来て、2週間くらいは自分のことで手一杯で、工場のことを考えている余裕がないくらい。幸いに工場自体の被害は少なかったんですが、ガソリンが手に入らなくて従業員が出勤できなくなってしまった。

——そのような危機を、どのように乗り越えたんですか?

齋藤 ありがたいことに、取引先やお客様、同業者……いろんな方が助けてくれました。他県からガソリンを届けてくれた人もいたし、食糧、紙おむつ、マスクと、普段シルクの原料を入れている倉庫が一杯になるくらい支援してもらって。
そういう窮地を一緒に乗り越えたからか、社員も商品開発のラストワンマイルに向けて一致団結できたんじゃないかな。そこからは普段より速いペースで開発が進んで、世に出すことができました。

——フェアリーフェザーの影にはそんなストーリーがあったんですね・・・。

齋藤 あの時期、やっぱり暗いニュースが多かったじゃないですか。だから、ギネスをとるような商品が福島から生まれたことを、いろんな人が喜んでくれたし、メディアも取り上げてくれた。間接的にですけど、支援してくれた人たちへの恩返しにもなったんじゃないかと思っています。

シルクは、とってもサステナブル

——齋藤さんは、川俣という産地にもこだわりがありますよね。

齋藤 地元の織物会社もずいぶん減ってしまっていて、「川俣シルク」を産地全体で盛り上げたいと思っています。例えば、町には「川俣シャモ」というブランド鶏があるんですが、その餌に、シルクパウダーを使うべく試みています。

——シルクパウダーとは?

齋藤 シルクの成分を粉末にしたものですね。化粧品や食品添加にも使われていますよ。もともとが蚕の繭ですし、天然素材として非常にオーガニックで栄養価もある。生産の過程で出る端材をパウダーにして、それを食べて育ったシャモは、まさにメイドイン川俣になるんじゃないかと。

——SDGsの時代にふさわしいですね。

齋藤 そうですね。シルクは土に還る、環境に優しい繊維ですから。もちろん、呼吸をしているので体にも優しい。もっというとUVも遮断する。

齋栄織物(8D生糸)

——良いことばかりですね。

齋藤 だからこそ、新しい価値を付加して、シルクの魅力をたくさんの人に届けたいんです。JBFでも、織物に限らない異業種の人とコラボしたら、きっと面白いことになると確信しています!

齋藤栄太
齋栄織物株式会社 常務取締役

1981年福島県生まれ。2003年齋栄織物入社。かつて「東洋一のシルク」と謂われた川俣シルクを復活させるべく、伝統技術を守りながらも新商品を生み出している。2012年に髪の毛の太さの6分の1という細い糸で織る(フェアリー・フェザー/妖精の羽)と名付けられた世界一薄い絹織物を開発。ものづくり日本大賞にて内閣総理大臣賞、グットデザイン賞、世界最大のデザイン賞・『A' Design Award』受賞等を受賞。経営理念を“Silk INNOVATION”とし、独自に欧米やアジアへ販路を拡大している。
https://saiei-orimono.com/

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