JBFな人たち #9 南條和哉(有限会社南條工房)
JAPAN BRAND FESTIVALにかかわる人たちは、一体どんな想いを持ってものづくりやビジネスをやっているのか? JBFに入って良かったことは何か?当事者たちにインタビューしてきました。
今回お話を聞いたのは、伝統的な焼型鋳造法で「佐波理おりん」という仏具を専門に製造する有限会社南條工房の南條和哉さん。元料理人が「音マニア」になった理由とは?
料理人から「仏具職人」への意外な転身
——南條さんが立ち上げた新ブランド「LinNe」のサイトで、「おりん」の音色を聞きました。その音が本当に清らかというか、美しくて驚きました。本来は仏具なんですよね?
南條 そうです。棒で叩くと甲高く澄んだ音が出るお椀のような形をしたもので、普通は仏壇に置かれているので、誰でも一度は見たことがあると思います。うちの「おりん」は「佐波理」といって、銅に錫を多量に含ませた合金で音色と余韻をより良くするために工房独自の配合率で作られています。古くは正倉院宝物にも用いられた合金なんですよ。
——180年超と、南條工房には長い歴史がありますけど、南條さんは家業を継いだわけではないんですね。
南條 奥さんの実家の家業なんです。料理の道を辞めたタイミングでたまたま見に行った工房で、鋳造の迫力と「おりん」の音色を聴いて、これまで聴いていた「おりん」の音との違いに驚き、感動しました。それで、この道に入ったんです。
——具体的に、どんな音の違いがあるのでしょうか?
南條 音のブレのなさですね。普通のおりんは、フワンフワンと音が上下する感じなんです。その点、うちのおりんは、チーンと一方向に音が伸びていくというか。だからその分余韻も深みがある。
——それは確かに感じました。実際にこの道に入ってみて、いかがでしたか?
南條 料理も大好きだったんですが、正直に言うと、8時から17時まで働いて土日休みで、という「普通の生活」に憧れていた部分もあります(笑)。こんなにホワイトな働き方で、こんなにすごいものを作れる仕事なんて、最高じゃないか! って。ところが、おりん作りにハマって、
JAPAN BRAND PRODUCER SCHOOLに入ったり、新ブランド「LinNe」を立ち上げたりするうちに、すっかりブラックな働き方になっちゃいましたけど(苦笑)。
——自らハードに働いてまで「LinNe」を立ち上げたのはどうしてですか?
南條 自分が感動した「おりん」の音色を、もっといろんな人に身近に感じてほしいんですよね。やっぱり、「仏具だ」という先入観があると、それ以外のことに使いにくい。でも、一昨年の10月に香港で開かれた「Fine Art Asia」というファインアートフェアに出展したら、「おりん」が仏具だと知らない海外の人たちが、「いい音色だね」と買ってくれました。ほとんど売り切れたくらい、反応が良かったんです。
——“本来の使い方”を知らない人のほうが「おりん」の可能性を拡張してくれそうですね。 「LinNe」のおりんはとても洗練されていて、“仏具感”を感じさせません。
南條 ありがとうございます。海外の方に何に使うのか聞いたら、「ヨガや瞑想のときに使いたい」という人が多かったですね。そういえば、チベットには「シンギングボール」という「おりん」に似た鳴り物があるんです。もとは密教具なんですが、海外では「ヨガやヒーリングに使うもの」として知られていたりする。「LinNe」を通して、「おりん」も生活に馴染んだ存在にしていきたいんです。
「揺れている音」は世に出さない
——南條さんは本当に「おりん」の音色に魅せられているんですね。もともと音楽が好きだったとか?
南條 嫌いじゃないけど、全然詳しくないですよ。でも、やっぱりこの仕事をしていて、音には敏感になりましたね。音楽マニアじゃないけど「音マニア」というか。自然の音に聴き入っちゃったりする。
それと、「おりん」の音色に興味を持ってくれたアーティストさんが工房に来てくれたりして、彼らから刺激や気づきをもらうことも少なくありません。一定のリズムで機械音が鳴っている工房内を、「これはテクノだ!」なんて言われると、「なるほどな〜」と(笑)。
——そんなふうに鍛えられた耳では、どんなふうに音が聴こえているんでしょう。
南條 少なくとも、「音の揺れ」には敏感ですね。工房で作った「おりん」も、音を鳴らして検品すると、いくつかにひとつは「音が揺れている」。すると、出せない(笑)。多分、ほとんどの方は気づかないレベルだと思うんですけど、もう、僕が許せないんです。工房に入った頃より、今のほうが僕の技術は上がっているはずですけど、「出せないな」と仕分ける「おりん」は増えました(笑)。年々審査が厳しくなっているみたいで。
——自分に厳しいですね…!
南條 そんなことないですよ。でも、一般の人に気づかれないからって、自分の納得いかないものまで世に出したら、“大切な何か”が崩れる気がする。
僕が工房に入るずっと昔の話ですけど、うちの工房でももう少し安価な素材を使って、大量生産を考えたことがあったそうなんです。でも、当時の社長が「やらない」と決めた。その話を聞いて、すごく嬉しかったですね。僕も今は同じ気持ちです。
コワーキングスペースの中に、おりん
——すごく古い業界で、革新的な動きをされているように感じます。
南條 いやいや、いろんなことをしているように見えるかもしれないですけど、数年前までは「LinNe」というブランドもなかったし、そもそも工房の外に出たことがないような人間でした。パソコンも持ってなかったし、それでも仕事ができたんです。でも、それで自然におりんが広がっていくわけないですよね。
——これから、どんなことを仕掛けていきたいですか?
南條 国内でも、京都以外ではまだまだ「LinNe」は広がっていない状態なんです。まずはそれを変えたいので、3月にJBFで東京で展示ができるのはすごくいい機会だと思っています。もうひとつは「おりんの音色の楽しみ方」を提案していきたい。リアルな場所で。
——お店ですか?
南條 工房の横に自宅兼事務所があるので、将来的にはそこを改装して専門のショップにしたいです。カフェコーナーを作って、おりんの音色を聴きながらリラックスしてもらったり、スタジオほどじゃなくても、音色に浸れるスペースを作ったり。
——おりんの美しい音色はマインドフルネスの文脈とも相性が良さそうですよね。
南條 そうですね。コワーキングスペースの隅に「おりん」を楽しめるスペースを作ったりすると、都会で忙しく働いている人たちの気持ちを切り替えたり、逆にリラックスさせたりできるんじゃないかな。やりたいこと、やれることは、いっぱいあります。
南條和哉
有限会社南條工房 鳴物鋳物師。京仏具 京もの認定工芸士。
1979年、京都市太秦に生まれる。高校卒業後、好きだった料理の道を目指すが23歳で転職。当時の彼女(現在の妻)の家業である鳴物神仏具製造に興味を持ち、南條工房に就職。伝統の鋳造・加工技術の習得に努め鳴物鋳物師になる。現在19年目。2011年「京もの認定工芸士」認定。2019年には、もっと身近におりんの音色を楽しんでほしいという想いから佐波理製鳴物製品のブランド「LinNe」を立ち上げ、自由な用途で使えるおりんのプロダクトを開発。その他サウンドアーティストや作曲家へのおりんの提供やコラボレーション、Apple京都でのワークショップの開催など工房が生み出す音色を発信をしている。
https://linne-orin.com/
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