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JBFな人たち #14 井澤秀哉(井澤コーポレーション)

JAPAN BRAND FESTIVALにかかわる人たちは、一体どんな想いを持ってものづくりやビジネスをやっているのか? 当事者たちにインタビューしてきました。
今回は、岐阜県多治見市で和食器の卸売り店を営み、和食器のサブスクリプションサービス『CRAFTAL』をスタートさせたばかりの、井澤コーポレーションの井澤秀哉さん。常に新しいチャレンジを続けるバイタリティーの原点は、代表クラスまでいった(?)サッカー選手時代にあり!?

「勝てる土俵で勝負する」

——井澤コーポレーションは創業明治33年。老舗ですね。昔から器にちなんだ商売をされていたんですか?

井澤 そうですね。ちょうど1900年に創業したので、今年で121年になります。もともとは、北海道と東北を起点に徳利や杯の製造販売をしていて、初代は「記し物」の元祖といわれています。

——「記し物」というのは?

井澤 当時、米屋や酒屋では、ネーム入りの器をつくってお客様に粗品として配っていたんです。 たとえば“通い徳利”という文化があって、酒がほしいとなると、マイ徳利を持っていって酒を入れてもらい、持ち帰る……要するに酒のテイクアウトサービスですね。そこで使われる徳利に酒屋の名前を入れてあげる。このような名入りの器のことを「記し物」といいます。

——なるほど。まるで今でいうスタバのマイボトルみたいな。サステナブルですね。

井澤 そして、3代目の頃には、金融機関の名入れの器、通信販売という風に、時代に応じてビジネスをアップデートしていたんです。でも、やはりバブルが弾けるとなかなかうまくいかなくなってしまって……。

——ここで、4代目である井澤さんの時期に転換期を迎えたわけですね。

井澤 はい。当時の1990年代半ばは、ライフスタイルショップが流行り始めた頃でした。そこで、そういったショップにへ向けて、産地からダイレクトに食器などを納めるという新しいビジネスを始めました。

——先祖代々、機を見るに敏というか……。

井澤 うちは「勝てる土俵で勝負する」がモットーですから!

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井澤 ずっと、地域一体となってなにかをやるっていう状況ではなかったんです。だから美濃焼のブランディングもできていなかった。それがもどかしくて。ようやく今、そういう機運が高まってきて、陶磁器の一大産地として “セラミックバレー”を謳っています。シンプルに、「俺たちはなんでもつくれるぞ!」と。さまざまなアーティストとコラボレーションするなど、これからもっと面白くなっていくと思いますよ!

相棒をサッカーボールから器に変えて

——老舗の4代目ともなると、幼少期から後継者としてのプレッシャーもあったんですか?

井澤 正直、会社を継ぐのは暗黙の了解だったんですが、中学から大学まではずっとサッカー漬けでした。実は、高校では全国大会にも出たんですよ。それで大学もサッカーで入って。
当時一緒にサッカーをしていた仲間には、鹿島アントラーズ1期生をはじめとして、2つ下の後輩には秋田豊なんかもいますね。今でもたまに会って飲んだりしています。

——バリバリのフィジカルエリートじゃないですか! 今もサッカーは続けていますか?

井澤 いやぁ、もうだめですね(笑)。フットサルはやっていましたけど。でもサッカー仲間たちとバンバン飲んでいるときは、ただのバカヤローに戻れて楽しいです(笑)。最近は回復力も落ちてしまっていますが……。

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——しかし、体育会系でコミュニケーション能力もある。就職は簡単だったんじゃないですか?

井澤 実は上場企業から内定をいただいていたんですが、どうせ会社を継ぐなら活かせることをしたいと思い、東京の器関係の商社に就職したんです。そのときの経験が本当に今に活きている。
ぼくは某大手ショッピングセンターの担当をしていて、いろんな産地の器が見られるんですね。実家が器の仕事をしていても、それまでちゃんと向き合ったことはなかったけど、はじめて器が分かってきた。特に感謝したいのはバイヤーさんですね。あの当時はカリスマバイヤーがいっぱいいて。かなり鍛えられました。
当時はグラウンドを駆け回っていた体力を活かして、バリバリ営業していましたね。

日本のおいしい=世界のおいしいへ

井澤 CRAFTALですね。プロの飲食店から一般のユーザーまで幅広いターゲットの方々が、定額で食器の利用・交換を行えるものなんですけど、「器の魅力を知っていただくきっかけになってほしい」という思いと、「世界一の食文化をつくる」というミッションをもってはじめています。

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——かなり壮大なミッションが出てきました。

井澤 日本は美食大国。東京・京都・大阪をはじめとして、世界一、ミシュランに掲載されるレストランが多い国です。にもかかわらず、食を彩る器の見方や重要性が、まだまだ伴っていない。美しい絵を描けても、キャンバスがボロボロだったら台無しですよね。
僕自身、有名店に足を運んで、空間も料理も素晴らしいのに「器がこれか、もったいねえ……」と思うことは少なくありません。料理の学校では、器について体系的に学ぶことはされていないようです。だからこそ、ぼくたちが食と器の大事な関係について、もっと伝えていきたいな、と。

——なるほど。かつての生活雑貨としての器から、食文化としての器へとシフトチェンジするタイミングなんですね。

井澤 そうなんです。だから、「おいしい」とは何かを真剣に考えています。もちろん味覚が司るものですが、実は食や器の“物語”を知ることで、おいしさはもっと強く、長く、記憶に残るようになるのではないかと。「こういう地域で採れた食材だから、こんな陶芸家の器を使っています」と言われたら、普通に食すのとは違う体験になりますよね。逆に、器から料理のインスピレーションを受けることがあってもいいと思っています。
そんな土壌が広まっていけば、 “日本のおいしい”は“世界のおいしい”と言えるようになると思うんです。日本の可愛いは世界の可愛い、みたいにね。

井澤秀哉
井澤コーポレーション 代表取締役社長
1968年生まれ。1995年より現職。就任してすぐに、当時の食器業界では珍しかった、問屋を介さない販売店へのダイレクトな卸しを始める。当初は反発する社員も多かったものの、成功事例を積み上げることで会社も一つに纏まり、2016年には、会社創業以来最高益を樹立。また東京の南青山骨董通りに物販と陶芸教室を併設した直営店のatkiln AOYAMAをオープンし器の価値を広める拠点を作り上げた。近年では、器専門のネット販売企業と業務提携し、EC事業の強化並びに器専門の物流拠点の確立やCGJ堀田氏とCRAFTALを立ち上げ、器のサブスク事業など新規事業にも精力的に取り組んでいる。
http://www.izw.co.jp/


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