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一夫多妻制はなぜダメなのか・番外編 ~フランスの一夫多妻世帯~

番外編として、フランスで違法に行われている一夫多妻婚について書きます。ドキュメンタリー動画付き。
 
  
「一夫多妻制はなぜダメなのか」シリーズは、わたしが予測していたより多くの方にお読みいただいている(少なくとも記事をチラ見だけでもしていただいている)ようです。この記事では、フランスにおける一夫多妻世帯について書きます。
 
「一夫多妻制はなぜダメなのか」(1)(2)(3)
 
フランスにおける重婚(ポリガミー)
 
本記事の内容は、これまでわたしがフランスのテレビ・ドキュメンタリーや新聞・雑誌記事、複数国の研究者や関係機関による論文・レポートなどを通して得た情報と知識、25年間フランスに住みながら、友人知人との会話を通して知り得たことにもとづいています。事実情報(歴史上の出来事、法制度、統計データなど)は、この記事を書くにあたって確認していますが、詳細がなかったり、データが最新のものではない項目もありますのでご了承ください。
 
フランスでは重婚(polygamie ポリガミー)は違法です。これは、ひとりの人が複数の相手と同時に婚姻関係を結ぶことを指します。フランスでよくある重婚は、正式に離婚しないまま(書類をごまかしたりして)新しい相手との婚姻登録をするケースと、ひとりの男性が複数の女性と婚姻関係にあるケース(通常、同居をともなう)です。
 
日常的にフランスでpolygamie ポリガミーという語句が使われるのは、後者、一夫多妻婚を指すことが大半です。なお、一夫多妻婚はフランス語では正確にはpolygynie ポリジニー(英語では polygyny)といいます。フランスでは違法で、制度化はないので、本記事では「一夫多妻」と書きます。
 
フランスを含む西洋における一夫一妻婚の歴史は長く、古代ギリシャ・ローマ世界ですでに制度化されています。男性が(愛人や奴隷と性交渉をもつことはできても)正式な婚姻関係を結ぶ妻はひとりだけ、という制度です。一夫一妻婚の起源はキリスト教にあると思っている人がいますが、キリスト教は、どちらかといえば一夫一妻制を強化し、広める役割を果たしました。
 
移民の増加と一夫多妻婚
 
そういう西洋にあるフランスで、一夫多妻婚が見られるようになったのは、一夫多妻婚が合法な国・社会からの移民を通してです。1978年に、移民労働者がほぼ無条件で妻と子供をフランスに呼び寄せられるようになりました。1980年に、ある移民の2番目の妻の滞在正規化を、県知事が拒否しましたが、これを国務院が無効にしました。以来、フランスでは移民の一夫多妻婚が許容されていました。けれど、1990年代に移民が急増したことで、ひとりの男性が2人以上の妻とその子どもたちと同居している移民世帯が(とくにパリ周辺で)目立つようになり、問題視されるようになりました。
 
理由は、そのような状況が移民とその子どもたちがフランス社会に馴染むことを妨げ、社会全体のまとまりを弱めること、何よりも、フランスが掲げている平等の原則にそぐわないからです。まず、一夫多妻婚は男女平等の原則に合致しません。さらに、フランスではもともと重婚は法律違反なので、フランス国内に住む人には出身地やその他の属性に関係なく平等に法律を適用するべきです。
 
そこで、1993年に新しい法律(通称「パスクワ法」)が制定され、フランス国内で重婚状態にある移民の滞在許可の更新はされなくなりました。同時に、2番目以降の妻とその子どものフランスへの呼び寄せも禁止されました。この時点で一夫多妻婚をしていた移民男性は、フランス滞在を継続したいのであれば、最初にフランスに入国した妻以外の妻とは(一定の猶予期間に)離婚することが義務付けられました。
 
離婚することになった妻も、フランスに住み続けるのであれば、別の住居で自立した世帯をもつことが条件となりました。一夫多妻婚の世帯を出て別居することになったけれど、住居の確保や経済的に自立した生活ができず困窮する女性が出てきました。このような女性向けの救済制度も支援団体も生まれています。
 
パスクワ法は、ただ書類上の離婚を要求したのではなく、問題の核心である複数の妻との同居を禁止し、女性が自立した世帯をもつことを義務付けました。これは注目に値することです。noteのこのシリーズの記事で、わたしは一夫多妻制の弊害、問題点を書いていますが、その多くが複数の妻とその子どもたちの同居と、女性が夫への依存・服従を余儀なくされる状態に関連しています。
 
現況は?
 
けれど、法律制定以降も、なんとか法の網をくぐり抜けて同居を続ける事実上の一夫多妻世帯があります。21世紀になっても、2番目以降の妻と国外で結婚して呼び寄せたり、フランス国内で宗教婚*だけをする男性もいます。また、2番目以降の妻はフランスに移住しなくても、夫が新婚の妻がいる出身国にひんぱんに帰り、フランスに残された妻と子どもが経済的、精神的、身体的な虐待を受けるケースもあります。(*フランスで宗教婚をするためには、その前に市役所で証人立会いのもと民法上の結婚式を挙げていることが条件ですが、この確認義務を怠る宗教指導者がいます。)
 
一夫多妻婚は隠れて実践されるため、また発覚すれば法律的な制裁(滞在資格のはく奪など)があるため、調査は大変困難で、世帯数などを示す公的な統計はありません。2006年にCNCDH(Commission nationale consultative des droits de l’homme=国家人権諮問委員会)が行った研究では、およそ18万人が一夫多妻世帯で生活していると推測されています。
 
問題の源泉
 
このように、1993年のパスクワ法制定まで、一夫多妻婚が違法の国で一夫多妻婚が許容されていました。それが糸を引いて、現在でも違法の一夫多妻世帯が存在し、さまざまな悪影響をおよぼしています。わたしの考えでは、問題の源泉は、フランスが最初に移民による家族の呼び寄せを許可するようになった時、フランスの法律遵守を厳格に移民に要求しなかったことです。
 
上述のように、移民の一夫多妻婚が1980年に事実上許可されていましたが、フランスではちょうどその頃から、移民にはフランスにおいても文化的な慣習を守る権利があるという考え、「相違への権利」という概念がよく論じられるようになっていました。現代風に言うと、「多様性の尊重」「多文化主義」です。
 
けれど、「文化的な慣習」といっても、料理のような日常的なささいな習慣もあれば、当事者の生き方を一変するような、人の健康や安全、尊厳、人権にかかわるものもあります。前者も後者も私的な空間で行なわれても、後者は社会に広く影響します。
 
さらに、後者タイプの「文化的な慣習」には、フランス(+その他の多くの国)の法律に触れ、国際社会でも根絶のための運動が進められているものが多くあります。たとえば、児童婚や女性器切除(FGM)など。このような悪しき女性差別的な慣習は、一夫多妻婚と密接につながっています。女性蔑視が根底にある一夫多妻婚も同じ範疇に入るとわたしは思います。(これに関して、ぜひ「一夫多妻制はなぜダメなのか(3)」もお読みください。)
 
わたしは、「相違への権利」というのは、一見、移民の文化や多様性を尊重しているようで、実は差別的な面がある発想だと考えます。帰化や滞在資格といった外国人であること自体が問題となる領域以外で、法律を外国人に平等に適用しないのは、フランス的普遍主義においては、ダブルスタンダードの適用であり、出身国による差別ともみなせます。「フランスの法律を外国人に守らせるなんて無理」といった上から目線、逆差別的な側面がないとも言えません。
 
一夫多妻婚を禁じる法律が初めから移民に適用されていたなら、(慣れない)フランスでの生活を営みながら、同時に一夫多妻世帯で苦しむ人たち(とくに女性と子どもたち)が出てくるのを防げたことでしょう。
 
ドキュメンタリー 「Polygamie en Franceフランスの一夫多妻婚」
 
フランスの一夫多妻婚に関するドキュメンタリーをご紹介します。パトリス・ロレ(Patrice Rolet )という人の作品です。制作年度が不明ですが、2000年代初期だと思います。全編を翻訳すると大仕事になるので、ハイライトをお伝えします。(もし、どうしても詳細を知りたいシーンがある方はお知らせください。)

  Polygamie en France フランスの一夫多妻婚
 https://youtu.be/neEgDym6EgE?si=6KCGDv-LxK1sM4M8

(4:08)哲学者・歴史学者のエリザベット・バダンテール(Elizabeth Badinter)『わたしは人権の普遍性を信じており、男女間の平等は絶対に人類にとって普遍の原則であるべきだと考えます。パリにいるわたしにとって良いことは、マリの女性にとっても良いはずです。妻には、夫の3分の1とか半分ではなく、同等の存在として認識される権利があります。・・・「レイシスト」「極右」「不寛容」といったレッテルを張られるのを恐れて一夫多妻婚を批判できない人がいますが、それでも反対の声を上げる人たちを称賛します』
 
(16:00)マリ系フランス人ジャン=マリー・バロ(Jean Marie Ballo)さんは、3人の妻をもつ父親のもとで育った。家庭環境は悪く、年長のきょうだいたちは家を出、妻のひとりは精神に異常をきたした。一夫多妻婚に反対する立場から、女性支援団体を設立・運営している。女性と話しているシーンの相談内容は、この女性が流産し、入院が必要になった時、「そんな金はない。3番目の妻に会いに行く」と言って女性を置き去りにした夫との離婚。この女性が受け取る生活保護は、3番目の妻とその子どもたちの生活費になっている。
 
(27:04)ギネアの映画「コーヒー色(Une couleur café)」(1997)からの抜粋。アフリカのメディアでも一夫多妻婚はよく取り上げられるテーマである。女性が久しぶりに帰宅した夫を大歓迎するが、夫は勝手に2人目の妻を連れてきて・・・というストーリー。
 
(28:54)ドキュメンタリーの冒頭にも登場する2人の妻とフランスで暮らす男性の自宅。子どもは合計7人いる。一夫多妻婚について、この男性の2人の妻は「反対でも、これが慣習だから何も言えません」「夫を共有するのは嫌でも、従うだけ。わたしには選択権はありません」と言う。
 
(44:00)国際的に活躍するマリ人歌手ウム・サンガレ(Oumou Sangaré)の舞台。この歌は一夫多妻婚における男女不平等を訴えている。
 
(45:03)前半に登場する女性支援団体のスタッフ、ファンタ・サンガレ(Fanta Sangaré)さん。「これからの若い世代は、一夫多妻婚を受け入れません」
 
日本では?
 
日本にも、移民や長期滞在する外国人の数が増えています。移民が日本の法律に違反する慣習や、人道的な価値観に反する慣習を日本に持ち込んだとき(それが発覚したとき)政府は、市民はどう対応するでしょうか?今はそういう時代だから、「多様性を尊重」しますか?それとも、多様性より高位の価値(日本の法律の遵守を含む)を守りますか?
 
(*これに関連して「多様性そのものに価値はない(3)」もぜひお読みください。)
 
わたしはこれまでに、ふたりの日本人女性がそれぞれ別の場で、一夫多妻婚について、女性のためになる優れた制度であると肯定的に論じるのを読んでいます。けれど、ふたりとも一夫多妻婚が違法の国に住み、それぞれ夫の唯一の妻としての安全な立場から発言・著述していました。内容は、妻は全員平等に扱われているとか、妻の同意がなければ夫は第2、第3…の女性と結婚できないとか、共妻は仲良しだとか、少なくともフランスのドキュメンタリーが伝える現実とはかけ離れています。皮肉なことに、ふたりともフランスに縁のある女性でした。
 
わたしは、このような発言を日本語でする人は、これからさらに増えていくのではないかと懸念しています。一夫多妻婚に肯定的な態度を示すことは、自由で民主的な社会に生きることの否定にもつながります。そんな発言に遭遇したとき、そのような人たちが本当は何を動機、目的にしているのか、どうか注意深く見極めてください。そして、「多様性」より優先されるべき価値観と、ブレない判断基準をもって対応してください。
 
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最後に…
この「一夫多妻制」シリーズでは、一貫してT-GAI(戒)さんの作品をタイトルイメージとして使用させていただきました。複雑な文様の中に明るい輝きをもつ一連の作品は、わたしの目には希望と聖性を表しているように映ります。T-GAI(戒)さん、ありがとうございます!


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