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エスカレートする米国でのアジア人差別の中で思うこと

ついに大人しいアジア人が声を上げはじめた

コロナ発生から一年経ち、アジア人差別によるヘイトクライムのニュースが数多く報道されるようになった今、それまでは大人しかったアジア人の人たちもついに方々で立ち上がり始めている。前にもつぶやいたけれど、NYのアジア系アメリカ人の人たちのみならず、ロサンゼルスでも1000人単位の人種差別反対のプロテストが行われた事を皮切りに、みんなが全土で声を上げ始めているのは確かだ。

肌の色による差別問題にはリアリティを持ちにくい日本

アジア人であることによる差別問題、というのは恐らく日本にずっと住んでいるとピンと来ない場合も少なくないと思う。(この問題に関する報道が日本ではどの程度頻繁にされているのかも定かではない。)

やはり、最近移民が増えて来ているとは言え、日本という国は島国だし、基本的には単一民族国家ベースの国だ。

そして、外国人移民、と称される人たちも同じくアジア系の外見の人たちの場合が多い。だから、アジア人の見た目でいることで即目立ってしまって差別の対象になる、というような事は日本ではほぼ起こらない。その意味では、アメリカのように肌色の違う多人種の中でのアジア人として、外見による差別がエスカレートされてしまうような状況とは全く違う。だから、そのあたりのリアリテイーは当然持ちにくいだろう。

日本にいる外国人をどう見ているかの立場で考えてみる

ただ、逆の立場で考えて欲しいのは、日本にいる西洋系の外見、または明らかに日本人ではない外見の人たちに対して、果たして日本人はどのような目線で見ているだろうかっていう事だ。

日本ではアジア人以外の在住外国人の数はまだまだ少ないとは言え、その人たちに対する日本人の感覚は明らかに”異人種”だと思う。やはり言語的な問題もあり、同じ人間だとフラットに考えるのは日本にいるとむづかしいかもしれない。

だから、そういった外国から来た人たちに対して、ある人は畏怖、もしくは不必要なまでの憧れの感情などを抱いたりもしているのではないかと思う。

でもそう言った感情は、相手の事を知らないからこそ起こることだ。

そもそも全ての差別とは、良く知らない他者に対する表面的なイメージを個々人がどう持っているか、という事が発端になって始まっている気がする。

米国でのアジア人に対するイメージ

米国でありがちなアジア人のイメージ、というのは、ある意味とても勤勉で、欧米人のようには多くを語らない、つまり、アグレッシブに自分を表現しないけれども、気がついたら知らない間に実績を上げていたり実力を見せている、というような印象ではないかと想像する。特に日本人に対してはその手の印象を持つ人たちも多い。

それはある意味では他の人種には脅威にもなり得る。だから、それが裏返った時に起こる差別というのはエスカレートしやすいのかもしれない。つまり、見方を変えれば、得体の知れない優秀さを持った黄色人種に対する嫉妬や怒りのようなものからも差別というものが発生している部分もないとは言えないだろう。

そして、欧米社会では、何故か白人優位という時代が長く続いたために、それまでは奴隷としてアフリカや南米から連れて来られた黒人の人たちの子孫は、肌の色による差別の対象となるには、ある意味一番わかりやすい存在だった。

ところが、そこにここ何十年かでアジア人種が加わったために、もう少し状況は複雑化した。

大人しいのがスタンダードだったアジア人の謙虚さが裏目に

まず、米国生まれ以外のアジア人は欧米人に比べると平均的に大人しい。それは母国語が英語とはかけ離れた言語であるという理由もあると思うけれど、一般的には欧米人よりは謙遜の感情に敏感で、それは仏教的な思想からも来ていると思う。

要するに欧米人ほどは争ってなんぼ、みたいな価値感で生きているのとは向いている方向がそもそも異なっているはずだ。

だから、今回の差別問題も、そういった部分が完全に裏目に出てしまったところはある。

実際にアジア人ヘイトは今に至る前からも場所により多少は起こってはいたとは思うけれども、基本的に大人しいアジア人は、西洋諸国に住ませてもらっている感覚もどこかにはあるせいか、それに対しては敢えて声をあげたりはしなかった。

恐らく下手に事を荒立てる事は、西洋諸国でサバイバルしていく上では弊害になる、という現実的な頭もあったかもしれない。

そして、そういった大人しいアジア人の対応をいい事に、コロナ以降はあり得ないような暴力行為や罵倒を浴びせる行為などがNYの黒人エリアやチャイナタウンなどでも突然発生し始めた。

だから、ここ一年で明らかに目に見えてヘイトクライムが増加している今、ついにアジア人はアジア系アメリカ人を筆頭に立ち上がるしかなかった。

まずは知らないという事実を知る事から始めよう

そしてそれは、今や政治家たちの目にも留まり、異人種の混じり合う都市部では、少なからず人々の意識が黒人差別のみに留まらず、そこにも向き始めたのは確かだ。

人々の意識が変わって、それがみんなに浸透していくには、まずは声を上げる事からしか始まらない。だから、ここに来て大人しく黙ったままだったアジア人がついに声を上げ始めた事は、異人種の混じり合うアメリカでの人種差別をなくすための解放への大きな第一歩だと思う。

すべての偏見や差別は、お互いに遠目で見て理解しあう事を避けている事からも生まれているはずだ。

でも、今すぐに全てを知らなくても、知ろうとしなくてもいいから、まずは世の中には知らない事があるってこと、知らなかった事があったんだって事を理解する事から始めてみる事はできると思う。

それが差別をなくすための最初の一歩だと思う。

だから、今回の事によって、みんながアジア人についてももっと理解しようとする事で、今までのみんなの価値観が、少しづつ崩れ始めるのを今は希望を持って見守りたい。









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