新キャットウーマンのデザインについて(フィクションとリアルの狭間で)
2022年3月公開の新作バットマン映画のキャットウーマンの衣装がかなり優れていると思ったので理由などを書いてみます。
●バットマンの服装って変だよね?
1940年代の漫画が原作だから仕方ないのですが、バットマンは相当な変人だと思います。だって大企業の社長でスーパーお金持ちな旦那が、結婚して家庭も作らず、夜な夜なコウモリのコスプレをして反社会組織の人達を無許可で成敗してるんですよ?これが変人じゃなくて何ですか?笑
それでバットマンがバットマンなら、ヴィランもヴィランで漫画の連載が続くごとにどんどん変な人達が増えていきました。最初は普通にギャングとかマフィアの大物だったりしたのですが、そのうち行動や思想や衣装がどんどんエスカレートして、やがては文字通り「頭がおかしい」人達が多すぎて精神病院がストーリーの中心になっていく有様です。この敵味方ひっくるめて全員が狂ってるのがバットマン(ゴッサム)の魅力だったりするわけですが、現実世界にいたら浮きまくってしまうのは避けられませんでした。
この狂ってる雰囲気を、おとぎ話のような世界観で巧妙に実写映画に落とし込んでしまったのが鬼才ティム・バートン監督の1989年『バットマン』と1992年の『バットマン・リターンズ』でした。中世ヨーロッパのゴシック文化と80年代後半のスチームパンクをミックスしたような独特な世界観は2022年の現在に観ても十分に魅力的ですが、どこか狂気を感じさせるものです。
このように人物だけでなく世界観もアレンジしたことで、人物のヘンテコさがあまり目立たなくなりました。これにより観客はフィクションの世界に入りやすくなり、それまで子供だましに思われがちだったアメコミ映画が、大人でも見れるモノだと世間の認識が変わりました。
しかしながら、そこからさらに作品を重ねるにつれて、監督は代わり、衣装はエスカレートしていき、アニメのように派手で現実離れしたルックスに変わっていき、やがて世の中から飽きられてしまったのか人気が低迷し、バットマンの実写映画シリーズは終わりを迎えました。
なんというか、ジム・キャリーとトミー・リー・ジョーンズまでは自前のキャラの強さでギリギリ現実と虚構の間に漂っていたところを、シュワルツェネッガーとユマ・サーマンという「存在そのものがフィクションみたいな俳優」が入ったことで完全にアニメに振り切ったような気がします。
リターンズまでは良くも悪くも「ティム・バートンの世界」で説明がついたのですが、3作目からは90年代後半らしいサイバーパンクSFの色合いが強くなり、それが1999年の『マトリックス』という「本物のサイバーパンク」の登場で完全に吹き飛ばされたというか、バットマンがすごく稚拙なものに見えるようになってしまった感覚が当時はありました。
●ノーランが与えた猫耳のリアリティ:
バットマンに再び脚光を与えたのはクリストファー・ノーラン監督のダークナイト3部作でした。ノーランの特徴は「リアル(に見えるよう)にこだわる」ということです。
スーパーヒーロー映画ではカラフルな衣装や現実には有り得ない派手なCGIが当たり前の時代にあって、あくまで実践的な色合いや実物の車両や建物を撮影して画を作ろうと姿勢は、当時は画期的な手法でした。
彼の3部作では、元々のバットマンシリーズ(原作コミック)のファンタジー要素の中でもそのキャラクターを特徴づける部分を抽出して、それらを現実世界に当てはめていくアプローチが取られました。
この中でも特筆すべきはキャットウーマンのデザインでしょう。
正面から見た時にキャットウーマンの特徴として、マスクで目の周りを隠していることと、猫耳がついていることが挙げられます。
キャットウーマンは日本語に直訳すれば「猫女」ですから、原作漫画では当然「猫みたいな格好(仮装)」をしているのですが、現実問題で考えた時にルックスが猫みたいである必要性は全くありません。
それを言い出したら主人公のバットマンはどうなるんだって話にはなりますが、彼については「幼少期に体験した恐怖」を象徴するためにコウモリの格好をしていると映画の中で説明されており、この説を補強するためにわざわざヴィランとしてスケアクロウを使って「人間の恐怖の系統」をさりげなく物語に織り込んでいる丁寧さです。ここは本当に上手いと思います。
そしてキャットウーマンの猫っぽいルックスのためにノーランが採用した方法がとても画期的なものでした。
お分かりいただけたでしょうか。青い光が出る特殊ゴーグルを上げたときにちょうど猫耳のような位置にくる衣装にしたのです。そうだとしても、全身黒ずくめのラテックスのスーツで、効果があるのか分からない目元だけ隠すマスクで、DNA鑑定に使われたら一発アウトの髪の毛を出してる、なぜ膝より上まであるブーツを履いているのか、などおかしい点はたくさんあるのですが。笑
しかし、少なくとも「彼女は意味もなく猫の仮装をする」というヘンテコ要素はなくなり、偶然に装備が猫みたいなルックスになった、という「それらしい理由」を獲得することに成功しました。これは大発明でしょう。
この映画ではセリーナという名前は何度も出てきますが、一度だって彼女のことをキャットウーマンとは呼びません。ここらへんのセンスも素晴らしいですね。
●2022年、新たな猫耳が発明された:
まさかその手があったとは!
そう思わせてくれたのが『ザ・バットマン』でのキャットウーマンです。彼女はニット帽のようなものを顔全体にかぶる、いわゆる銀行強盗のようなスタイルなのは前から知っていたのですが、後ろから見るとこんな風に子猫ちゃんみたいに見えるようになっていたんですね。
普通のニット帽やマスクの類では縫い目が1つになるのですが、このマスクはやや特殊な位置に縫い目が入っていて、縫い目が2つになることで、ちょうど猫のようなシルエットになっています。これは上手いことを考えましたね。
普通にあるもので、普通じゃないデザインを、それまでに無かった使い方で、さりげなく示す技術。ノーラン版でのゴーグル猫耳も大発明だと思いましたが、このニット帽の縫い目猫耳も、異なるベクトルでの大発明だと思います。
何か原作コミックで既に似たような衣装があるのでしょうか。ご存知の方がいらっしゃったらコメントなどで教示いただけると嬉しいです。
●ザ・バットマンの衣装担当者に迫る:
思い返せばバットマンのマスクも本作ではステッチ(縫い目)が効果的にあしらわれたデザインになっていました。
ありそうでなかった、というのが一番新しいですよね。衣装担当者のセンスなのでしょうか。素晴らしいと思います。
ウィキペディアにはバットスーツはLee BermejoのコミックであるNoël (2011) や Damned (2018–2019)からインスパイアされた、と説明がありましたが、それらのスーツのヘルメットにはステッチは無さそうなので、衣装担当者の意向が強く反映されていると思われます。
衣装デザインはアカデミー賞常連のJacqueline Durranとのことですが、彼女の最近の作品(チャーチル、美女と野獣、1917、若草物語など)は歴史物が多いので、スーパーバイザーとして入ったDavid Crossmanによる影響が強そうです。彼はスターウォーズの新三部作を担当した人ですが、彼の作品を見た限りではどうやら軍事関係の衣装に詳しいのだと思われます。なお両者は『1917』で協業したようです。
バットマンやキャットウーマンのスーツにとどまらず、むしろパティンソンやクラヴィッツが普段の服装をしている写真や映像が格好良いなあと私は感じていたのですが、道理で衣装担当者に実力者を配置していたからだったんですね。納得です。
ビジュアルとかプロダクションデザインはかなり良さそうですね。
了。
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