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数学というアート
おはようございます。「数学って結局のところアートなのではないのか」ということを感じたじゃこです。
皆さんはどう思いますか?
さて、
上の記事で、数学は答えが一つでそれに向かって思考を深めるもの。対してアートは、最初からこれといった答えはなく、自分で答えをつくっていくものと述べました。
それについて、たしかに数学とアートは対極にあるけど、創造性という部分でみると似ている。
むしろ、対極にあるはずのものが実は同じ真理にむかっていると。
そのようなコメントをいただきました。↓
すでに答えの出ている問題を教えるのが数学教師であり、百年かかっても解けない問題に生涯をかけているのが数学者であり、誰も想像できなかった定理や予想を生み出す人間を天才と呼びます。つまり数学とアートは対極から出発し、同じ真理に向かっていると想像できますね。
いや、もうほんとその通りです!
僕が言語化しようとしたことをそのままおっしゃっています!
いや~、ありがたい。
たしかに、数学は一つの答えを求め、それについて考えて答えを出すことが特徴ですが、
その一つの答えを求めるような問題って誰がどのようにつくったのか。
たとえば、ピタゴラスの定理を発展させたフェルマーの最終定理。
自然数の世界で、
x^2+y^2=z^2
この関係式が成り立つ自然数の組(x,y,z)があります。
それだけでも十分であったはず、、ですが、
大数学者ピエール・ド・フェルマーがピタゴラスの定理を発展させ、想像します。
nを3以上の自然数としたとき、
x^n+y^n=z^n
が成り立つ自然数の組(x,y,z)は存在するのだろうか。
と。
そして、死後300年以上も世の数学者に考えさせるような問題、フェルマーの最終定理を創造しました。
この他にも数学には、数あそびの中から生まれた未解決の問題が数多くあります。
その例として、呼び方は多々ありますが、
「コラッツ予想」というものがあります。
任意の自然数に対して、奇数ならば3をかけて1を足し、偶数ならば2で割るという操作を繰り返すと、有限回の操作で1になるという予想です。
具体的にやってみると
3→10→5→16→8→4→2→1
14→7→22→11→34→17→52→26→13→40→20→10→5→16→8→4→2→1
となります。
予想の主張自体は小学生でも理解できます。
どうですか。簡単そうでしょう?
これがやっかいなのは全ての自然数を確かめないといけないこと。
まあ、いずれ大大大天才が現れて解決してくれるでしょう。
このように数で遊びながら生まれるものもあります。
数学者は想像して創造するのです。
そして、望月教授が解決したabc予想のように、すでに決まったものを示すために想像して、宇宙際タイヒミュラー理論といった今までまでとは全く違った数学理論を創造することもできるわけです。
このように考えると、数学って創造して一つの答えに向かっていくし、一つの問題を想像して創造するわけです。
もうこれってアートじゃね?
最初からこれといった答えは存在せず、自分で答えをつくっていく
アートの考えと一致するのでは?
あれ?
数学とアートって対極にあったはず。
結論
数学はアート。
ではでは!
——————
よく数学で美しいのは?と聞かれて多くの人が答えるのが、
ネイピア数eをつかって、表される
e^(iπ)+1=0
というもの。
確かに不思議で美しいです。
僕個人として美しいと思うのは、
「区間縮小法の原理」
です。
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