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文庫本のなかで

文庫本が閉じられると
鳥は目が覚めた
あたりは暗い活字の林であった
翼を持たない鳥は
萎えた足で
活字から活字へと歩いた
途中で記憶という活字を
嘴でついばんだ
4行目の頭から14字目で
翼という活字を見つけた

行間を吹き抜ける風は透明過ぎて
鳥は息苦しくなり
ぶなという活字の木へんに留って
休息した
翼の羽根が
逆立っていた

文庫本が開かれる前に
ここを突破しなければ
また活字の中に閉じ込められる
鳥は休息をやめ
薄い空気の中を
再び飛び始めた
行間を越えるたびに
心臓が焼き切れそうになり
限界が迫ってくるのを感じた

もう少しで
もう少しで
自分の空を飛べる

ひとつのことしか知らない鳥は
崖から飛び降りるように
最後の活字から飛び立った
それは巣箱という活字であった
鳥は羽根をせわしなく動かし続けた

文庫本が開かれたとき
鳥はいなかった
文庫本は再び閉じられ
はたきで埃が払われた後
本棚に戻された

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