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花手帖|#140字小説

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2018年9月の記事一覧

121-130|#140字小説

121 / 2018.08.18
夜の雨は隔たりを無くしてくれる。遠いあのひととの距離も。思い出せない掠れ声もかき消して。けれど、おだやかな朝の寝顔だけは侵食されずに、眼裏に居座り続けるのだから、やさしすぎる暗闇に濡れて、大声で泣き叫びたくなる。その衝動をこらえて、窓辺を濡らす滴に触れて、そっとくちづけを落とした。

122 / 2018.08.18
さらさらと雨の音がしていた。窓際のすき間から差

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111-120|#140字小説

111 / 2018.08.07
からん、と涼しい音がする。聞き慣れた声がじぶんを呼んで、けれどずっと庭先を眺めた。世話好きが育てた黄色がゆれる。呆れたように繰り返される「あなた」に、ようやっと腰をあげて。冷えた檸檬水をひと口。あまい酸味にさされた舌では、上手に愛もつむげやしない。/
白紙の夏を君と 檸檬水/side-B

112 / 2018.08.09
ドライヤーでうなじを乾かされる。あんま

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101-110|#140字小説

101 / 2018.07.29
お寝坊なひとを揺さぶる。うやうや、と文字にならないことを言う頬をつねって、あなたは涎のにおいがした。「おまえは優しくないね」これから優しくなるかもよ、と笑う。だんだんと色褪せていくこともある。あなたが隣にいた通学路の道端を、もう思い出せやしないけれど。あなたの寝癖はいまも可愛い。/ 透明な君は夏の恋人1周年「通学路」

102 / 2018.07.30
死期が近

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91-100|#140字小説

91 / 2018.07.22
耳の一番深い場所に雨音が響く。その滴の行方を知らない、だけど、あなたの行き先も知らないのだから仕方ない気もした。展望台から見える遠くの海。水平線を目指して指輪を投げ捨てる。要らないものは持たなくていい。あなたが教えてくれたこと。雨が海に還るみたいに、あなたも早く生まれ変わりなよ。/ 透明な君は夏の恋人1周年「展望台」

92 / 2018.07.22
窓枠に青い

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81-90|#140字小説

81 / 2018.07.13
太陽の下では会わないよと、そう言えばあなたは「吸血鬼?」と笑ったけれど、全部本当だったよ。跳ねすぎたあなたのいつもと違う寝癖を笑って「昨日何かあった?」と訊いてやる。押し黙るひと。それでいい。明るいすぎる光は大切なものも見えなくなるから、嘘みたいな日陰でずっと眠り続けていようよ。 / 透明な君は夏の恋人1周年「太陽」

82 / 2018.07.13
あんまり上手に

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71-80|#140字小説

71 / 2018.07.01
夜風のために開けたままだった窓から、一匹の蝉が侵入した。息ばかりの悲鳴をあげて、浴室に逃げ込む。焦る指先で液晶画面に触れた。こんなことで、離れた距離を煩うなんて。「こんな時間に何」「ねえ、そろそろ一緒に暮らしてくれない?」独りじゃ無理だよ。電波の向こう岸で、あなたが笑う音がした。/ 透明な君は夏の恋人1周年「蝉」

72 / 2018.07.02
一度も水泳の授

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61-70|#140字小説

61 / 2018.05.28
薄くなった心臓の膜が今にもはち切れてしまうらしい。誰かのために2倍も生きるような人だから、仕方がない気もした。酸素マスクが曇る。よわよわしい呼吸がいとしくて、永遠であって欲しくなった。でも、そんなことは無理だから。もう少しだけ息をして、どうか心地よくくたばってくれと願うのだった。

62 / 2018.06.07
壊れているようだった。元恋人が残した、使い物にな

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51-60|#140字小説

51 / 2018.04.06
忘れられないひとがいる。でも、忘れてしまったひとを思い出せないより、ずっともっと、私の性に合っていた。蜘蛛の巣がはった自動販売機の、百円の珈琲。変わりなく薄いそれを飲むと、思い出す横顔がある。大丈夫、まだ残っている。自分の記憶をたしかめて、見上げた星は風に揺れて、幸せであれ、と。

52 / 2018.04.06
肉じゃがすらそんなにセクシーに食べるなんて、と、

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41-50|#140字小説

41 / 2018.02.16
こぼれ落ちる月のひかり。手のひらに落とし込もうとしたら、あなたがその上にちいさな花束を置いてくれた。掴めないものを手に入れようとする私に、手のひらほどの幸せを落とすひと。その花びらに頬を寄せると柔らかい香りを感じて、これが幸せの香りか、と。それでも私、あなたのこと、好きじゃない。

42 / 2018.02.22
何もわからない感覚のままにあいしてる、と口にして

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31-41|#140字小説

31 / 2017.12.31
かなしさの濃淡に、殺されそうになりながら夜を歩く。過ぎ行くおんなの携帯の画面、光を反射した地べたの嘔吐物。空の星が鈍く光って、私以外は全部輝いていた。立ち止まりそうになって、自販機の隣に逃げ込む。低い振動が熱い。その熱が求めた体温に似ていて、声も無く泣いた。きみが死んだ夜のこと。

32 / 2018.01.04
「お前の幸せだけが大事だったよ」そんな不確かなもの

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21-30|#140字小説

21 / 2017.12.02
時計の針が傾くと紡がれるきみの歌声が、夜の合図だった。わたしはそっと窓を開ける。ほとんどくすんだような星の光。静寂はこんなにも五月蝿いのだ。便乗なんて、そんなつもりじゃなかったけど、光に近くありたくて。きみの才能が好きだった。きみなんていらない、と、大声で泣き叫んでやりたかった。

22 / 2017.12.04
残された16分53秒は、おなじ言葉の繰り返しだった。

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11-20|#140字小説

11 / 2017.10.22
恋人はアンドロイドで、息をしているはずのその腰にはバーコードがあった。防水加工の恋人はシャワーを浴びている。その小さな雨を掻い潜り、黒い線をなぞる。くすぐったい、と、わらった。人間のようだった。果てしなく、可哀想になって、くちびるを合わせる。アンドロイドの唾液は、すこし、にがい。

12 / 2017.10.27
初めて自分で交換した電球は余りに白くて、眩くもな

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1-10|#140字小説

1 / 2017.08.02
月が瞬きを繰り返す。通常なら異常であるはずの現象に、驚く心は殆どなかった。きっと素晴らしいことであろうと、ペリエの瓶を空にかざして、誰ともなく乾杯をした。乾杯の合図に星が流れれば完璧だと思ったが、星は流れなかった。でもそれでよかった。行けもしない星に興味なんてなかった。月以外は。

2 / 2017.08.10
夜は残酷だ。私が捨てたものを両手に抱えて夜は現れる。無条

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