1-10|#140字小説

1 / 2017.08.02
月が瞬きを繰り返す。通常なら異常であるはずの現象に、驚く心は殆どなかった。きっと素晴らしいことであろうと、ペリエの瓶を空にかざして、誰ともなく乾杯をした。乾杯の合図に星が流れれば完璧だと思ったが、星は流れなかった。でもそれでよかった。行けもしない星に興味なんてなかった。月以外は。

2 / 2017.08.10
夜は残酷だ。私が捨てたものを両手に抱えて夜は現れる。無条件に、当たり前のように私の元に現れては碌なことを考えさせやしない。そんなものは壊してやろうと思った。私は右手にフォークと左手にナイフを手に取り、夜を迎え待つ。フォークとナイフ、私が持つことのできるもっとも強い武器たちだった。

3 / 2017.08.24
わたしが簡単に「生きて」だなんて言ったから、きみを無理やり笑わせてしまった。それに気づいていながらも「死んでもいいよ」なんて言えなかった。きみが「くるしい」と涙をこぼしたのは、呼吸に対してだったのか、生きることそのものに対してだったのか。ずっと、病院の白さだけが記憶に残っている。

4 / 2017.09.03
さよならの散りばめ方は人それぞれで、たとえば金平糖がふんだんに散らされていたりとか。「終わり」というものには独占欲のようなその人らしさが出る。きみが吐く嘘はきみだけのものであるように、きみの終点はやはりきみのもので触れることすら許されない。私は静かに置き去りにされた缶詰を開ける。

5 / 2017.09.08
子供の頃、足をばたばたさせていると母に「足をどしどしさせなさんな」と叱られた。私がしているのは「ばたばた」であって、足を「どしどし」させるということがよくわからなかった。ただ、どうしようもなく反抗したくて、私はずっと足をばたばたさせていた。小さく低い視界で、前をにらみつけながら。

6 / 2017.09.28
眠っている人の呼吸を、確認してしまう癖がある。「づ」と「ず」の境目とちょうど同じように、そのおとこの寝息は曖昧だった。花びらがゆびの腹にあたるようなやわい寝息。死んでいるのかな、とおもう。それならそれでいいな、ともおもう。だけど、おとこはそれでいいのか、と不安と手を繋ぐ夜だった。

7 / 2017.09.29
目まぐるしく回る日常のなかで、必死に生きていたら、恋人の家の最寄り駅を忘れた。名前の漢字も、怒った時の声も、お酒の飲み方も、全部。会えばきっと思い出すのだろうと思いつつ、恋人から別れを差し出され、当たり前のようにほっとしている自分がいた。でも、忘れたことを、ずっと忘れないでいる。

8 / 2017.09.30
痣を、見つけた。蜂針で紫陽花を縫い付けたような痣。わたしが息を飲むと、彼女は「つぎはぎ」とわらう。殴られて痛くても、その跡は水彩絵の具を落としたみたいにうつくしくなるけど、殴った手はうつくしくならない、と。かなしい。痛くて仕方ない。わたしは油性ペンを取り出し、その痣を塗りつぶす。

9 / 2017.10.13
湯船に浸かって、このまま肌も乳房も髪も、全部余すとこなく溶けだせば、きっとお湯は少し濁って、洗濯なんかには使えなくて。そうしたらあなたは気持ち悪いと、わたしを探すことなく栓を抜いてしまうのだろうと思う。水が流れて、溶けなかったわたしの愛が浴槽にこびりついて、水垢となればいいのに。

10 / 2017.10.22
ビールに、生のライムがなかったから、唐揚げのレモンのお古をしぼった。混ぜずに飲むと、酸いような苦いような曖昧な味がした。曖昧なものが好きだった。周りはやいやいとしている。私が居なくなっても問題がないような気がする、と、そんなことを言っても、あなたはまた、一緒にわらってくれますか。

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