41-50|#140字小説

41 / 2018.02.16
こぼれ落ちる月のひかり。手のひらに落とし込もうとしたら、あなたがその上にちいさな花束を置いてくれた。掴めないものを手に入れようとする私に、手のひらほどの幸せを落とすひと。その花びらに頬を寄せると柔らかい香りを感じて、これが幸せの香りか、と。それでも私、あなたのこと、好きじゃない。

42 / 2018.02.22
何もわからない感覚のままにあいしてる、と口にしてみた。あいしてる。するとおとこの左目が笑った。合っていたのだ、きっと。淋しい湖の水面を風が走るみたいに、おとこの髪が鎖骨に触れる。その耳朶に触れれば、うみねこの鳴き声がする。おとこのゆびが頬を闊歩して、何もかも駄目になるようだった。

43 / 2018.03.03
頭が痛くて目が覚めたこと。薬の量が増えたこと。私に関する些細なことを型崩れな文字できみは残す。「私が死んだら見返すの?」きみは怒った顔で、「見れる訳ないだろ。お前が言ったんだ」文字にした方が早く忘れる、と。声を上げて、泣き叫びたくなった。私を振り返らないでいてくれる、優しいひと。

44 / 2018.03.12
車のナンバープレートを追って、意味のない数字に理屈づけて遊ぶ。孤独も鼓動も消光も、うるさいから、せかいから少し消してみた。「きみはいつも、せかい、と言うね」「漢字はかくかくしているもの」せかいなんて、丸い方がいいと信じていたい。信号のひかりが滲んだ円を探し出せないようなせかいに。

45 / 2018.03.13
張り詰めて、おもいどおりにならない記憶で膨れあがった私の夜が、あなたの連れた蜂の針に突かれて、するするしゅ、と萎んでいくような。そんな微睡みのなかで、紅茶のにおいにゆらゆらと目を覚ます。淋しい淋しい夢。現実を嘆くことなく目が覚めました。夕べの紅茶はとても冷ややかで、舌に馴染んで。

46 / 2018.03.14
今までをゆるされたくて、便箋を用意した。誰の目にも優しいように、茶色のインクを用意して、宛先は空白でいいか、と、本文にうつる。ゆるされたい。残すところ無くゆるされたい。そう思うのに、欠片も言葉は湧かなくて、茶色の丸がじわじわと膨らんでいく。使い古された罪、私は何を犯してきたのか。

47 / 2018.03.22
そんなに死にたいならさっさと死ねよ、と、握られた拳が頬に当たる、少し前。どうしておとこが泣くのだろう、と思った。身体中を余すところなく殴られる。どくどくと血が溢れる手首は、おとこの手のひらに握られて、そんな傷より、ずっと殴られる身体の方が痛い。生きろ、と、願われているようだった。

48 / 2018.03.23
電車に揺られながら、過ぎゆく光を眺めていた。ゆびに食い込む紙袋は重たい。でも我慢できる。夢は夢で終わったけど、わたしには、負けたのは戦ったからだとゆるしてくれる人たちがいる。開いた扉からつめたい風が乗車して、濡れた睫毛が冷える。染み入ったのは幸福だった。戻る場所があるということ。

49 / 2018.03.24
とくべつにしてあげようか、と誘われて、とんでもない、とおもった。少しだってそんなものを味わっては、普通が物足りなくなってしまう。ちゃんと普通をしきべつできる今を生きるわ、と言うと、あなたは奇妙な顔をして、喋る猫を見るみたいに、わたしを見つめるのだった。なんてことない、人間なのに。

50 / 2018.04.03
映画のような日々の中で生きていたい、と言う私に、あなたは呆れた顔で「なにが羨ましいの」と言った。画面の中で、薬物依存の女性が暴れて叫んでいる。あまりに苦しすぎた。思わず目を伏せる。それなのに。自分でも気づかない隙に、主人公になりたい、と、そう言えば、あなたは普通の毎日を憂うかな。

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