81-90|#140字小説

81 / 2018.07.13
太陽の下では会わないよと、そう言えばあなたは「吸血鬼?」と笑ったけれど、全部本当だったよ。跳ねすぎたあなたのいつもと違う寝癖を笑って「昨日何かあった?」と訊いてやる。押し黙るひと。それでいい。明るいすぎる光は大切なものも見えなくなるから、嘘みたいな日陰でずっと眠り続けていようよ。 / 透明な君は夏の恋人1周年「太陽」

82 / 2018.07.13
あんまり上手に名前を呼ぶから、風鈴の音かと思った。する、と振り向いたあなたが、私を見てしとしとと笑う。変なひと。そう言おうとしたのに、無花果の汁が手元を濡らして口を閉ざした。水分を弾く空気が日差しにきらきらとはしゃぐ。「夏が来るな」あなたの声の白南風で、今、梅雨の終わりを知った。 / 透明な君は夏の恋人1周年「風鈴」

83 / 2018.07.13
かき氷のために冷やした水に、庭の金魚草が浮かんでいた。「綺麗だろ」後ろで笑う声がして振り向く。「おれのことも水中に閉じ込めてみる?」随分と痩せて骨ばかりのおとこ。「永遠になっちゃうね」「馬鹿みたいにな」ふたりとも声なんてとっくに震えている。どうしたって、手に入らない水中花だった。 / 透明な君は夏の恋人1周年「水中花」

84 / 2018.07.14
「まだ生きてんのかよ」「あなたもね」夢の中だけで会うひと。繋げた小指に糸が絡みついているように見えた。薄く笑って腰を曲げる、その人が揺らす煙草の赤にありもしない糸が照らされる。耳奥に侵入するのはとんちんかんなハミング。酷くくるしく、甘いにせものの空蝉で、あなたの鼻唄を聴いていた。 / 透明な君は夏の恋人1周年「空蝉」

85 / 2018.07.15
気に入りの半袖が、へんてこな染みと「ごめんなさい」と書かれた紙とともに玄関に置かれていた。笑いながら籠城された部屋の前に立つ。出ておいで。見せる顔がないから駄目。アイス買ってきてるけど。それは食べる。うん、出ておいで。うん…ごめんね。ゆるしてあげるからさ。「おかえり」「ただいま」 / 透明な君は夏の恋人1周年「半袖」

86 / 2018.07.16
あなたが見つけた虹を探し出せないことから始まって、膨れ上がったさようならが永遠の淵に立っていた。「お前が明日死ぬなら結婚してもいいんだけどね」「私も今日くらいは結婚してやってもいいよ」最高の別れ文句じゃん、と笑う。じゃあな、とあなたが振る手のひらの残像、馬鹿な私は虹だと名付けた。 / 透明な君は夏の恋人1周年「虹」

87 / 2018.07.16
水も滴るなんとやらね、なんて呟けば、笑うひとがいる。濡れた犬ようなきみの、笑窪の水滴を掬った。雨は空間を減らして、狭ずぎる軒下でふたりきり。息が詰まりそうだった。「走ろうか」きみが私の手を取る。幸せって苦しい、だから一緒に幸せになるのね。きみの笑窪を笑って、濡れた空に踏み出した。 / 透明な君は夏の恋人1周年「夕立」

88 / 2018.07.19
不揃いな手のひら同士を重ねて、すす、と夜を歩く。夜は迷子になりたくなるね。そう言うと、見つけ出せるかな、とあなたが困るのがおかしくて、腕を振り回したりした。「面倒だから月のくぼみを目印にしていてよ」嘘みたいな唇で本当みたいなそぶりをする。あなたに、私がいつでも辿り着いてあげるね。 / 透明な君は夏の恋人1周年「嘘」

89 / 2018.07.20
あんまりしずかに降るから、気づかなかった。さらさらと空からあふれる花びらに触れて、綿菓子のようにきみは咲う。遠くの先で陽炎が揺れていた。「花も降るのね」「夢の中だからかな」「夢なの」「夢だよ」知らなかった。無邪気に揺蕩うきみにひきよせられて、ゆれて、ゆれて、重なるふたりに花束を。 / 透明な君は夏の恋人1周年「陽炎」

90 / 2018.07.22
かちかち、と窓の外を車が通るたびに、歯の奥を噛みしめた。すぐに車の数には追いつけなって、赤信号の間に馬鹿みたいに辻褄を合わせる。ただのひとり遊び。それでも。「噛み合わせ悪くなるよ」唇にきゃしゃな指を添えられる。ルールも意味もない、ひとり遊びなこのゲーム。きみが釣れるから悪くない。/ 透明な君は夏の恋人1周年「ゲーム」

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