21-30|#140字小説

21 / 2017.12.02
時計の針が傾くと紡がれるきみの歌声が、夜の合図だった。わたしはそっと窓を開ける。ほとんどくすんだような星の光。静寂はこんなにも五月蝿いのだ。便乗なんて、そんなつもりじゃなかったけど、光に近くありたくて。きみの才能が好きだった。きみなんていらない、と、大声で泣き叫んでやりたかった。

22 / 2017.12.04
残された16分53秒は、おなじ言葉の繰り返しだった。何年も使い続けて五月蝿い洗濯機を背にして、液晶画面を耳に当てる。あなたの声は嫌になるくらいか細くて、聞こえないことの方が多いのに、つぎはぎの言葉がわたしの肺を捻っていく。背中に振動が伝わって、それはいつかの心音よりずっと明確だった。

23 / 2017.12.10
睫毛に落ちた雪を掴もうとしたら、すぐに溶けて、迷子になったゆびの隙間から不思議そうなきみと目が合う。曖昧に笑って、不自然に目を逸らした。吐く息は不透明で、歪む視界に安心する。隣から淡雪みたいな笑い声がして、雪、と僕の頬に触れる。いつも僕にたどり着く、いとしくて羨ましいきみのゆび。

24 / 2017.12.16
「先輩、好きです」無尽蔵に好きを押し付けてくるおんながいる。おとこが好きそうなからだをした、馬鹿みたいに隙の多いこのおんなは、何度断っても俺に好きだという。「お前、もう来るな」「無理ですよ。だって、ね」私が大嫌いな私を、好きにならないあなたが好き。きっとこれは、間違いなく悲劇だ。

25 / 2017.12.16
結婚したい、とぼんやりと思う。その先に何があるのかなんてわからないけど、永遠という言葉に憧れている。もしかしたらその先に幸せがあるんじゃないの、と。そう言えば貴方は枯葉みたいに笑った。そんな貴方の永遠は。「僕と一緒に人生を諦めてくれませんか」どうしようもないのだ、この人は、ああ。

26 / 2017.12.17
手首に当てた刃はつめたい。これで、こんなにもしつこい命が終われるのだろうかと考えていたら、後ろから握っていた果物ナイフを奪われた。「あなたの好きな、桃を買ってきたよ」恋人は器用に皮をむいていく。明日は、もっといい桃が入るらしい。そんな言葉で、恋人は私をこの世に留めようとするのだ。

28 / 2017.12.18
恋人の理想通りに髪を切った。清楚なおんなが好きだと言うから髪色も暗くした。掃除や洗濯も料理も、完璧に丁寧にこなした。そんな私に恋人は重い、と言う。全部、自己満足じゃん、自慰で自己陶酔じゃん? そこに愛はねえだろ。その言葉に、すべてがからっぽになった。何言ってんだよ、愛しかねえよ。

29 / 2017.12.20
あの人がいなくなったと聞いて、咄嗟に思いついたのは濃紺の海の底だった。おれはお前がかわいいよ。情けない色をした指が私の頬に触れた時、かすかに潮のにおいがした。あなたは骨のような指を滑らせる。死ぬなら海だな、と、点滴で不自由な腕を空中に伸ばす。いつだって、頭痛がするほど、あおい人。

30 / 2017.12.26
もともとふたつなのに、ひとつになろうとするから駄目だった。生まれ変わってもまた出会いたいね。そう言ったきみに、「うん」と返した声はぬるい温度で響いて、誤魔化すように笑う。私はきみと同じからだになりたい。ひとつの容れ物でひとつの魂となって、境界線をなくしたまま密かに心中したいのだ。

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