31-41|#140字小説

31 / 2017.12.31
かなしさの濃淡に、殺されそうになりながら夜を歩く。過ぎ行くおんなの携帯の画面、光を反射した地べたの嘔吐物。空の星が鈍く光って、私以外は全部輝いていた。立ち止まりそうになって、自販機の隣に逃げ込む。低い振動が熱い。その熱が求めた体温に似ていて、声も無く泣いた。きみが死んだ夜のこと。

32 / 2018.01.04
「お前の幸せだけが大事だったよ」そんな不確かなもののために私を捨てたの、と言いそうになる唇を固く結ぶ。「幸せって、難しいことを言うね」「結局いま一緒にいるから意味ないけど」こんな俺でも、許してくれるか。私はゆるくうなずく。どうせきみも私も、いつまでも生きているわけじゃあるまいし。

33 / 2018.01.05
雨の下で心中しよう。とおい過去にそんな約束をした記憶がある。湿気にたゆたう傘の中は淋しい。そんな孤独な、淋しさに浸る姿を見られたくない、だからビニール傘は苦手だった。閉じたままの傘を握りしめて、みずに透けた制服を身に纏ったままで、私はまだ、あなたのいない空間を生きようとしている。

34 / 2018.01.06
どうしてだか、ふたつずつ買ってしまう。ひとつしか要らないのに、それが無くなった未来のことを考えるとおそろしくて、つい、同じものに手が伸びてしまう。つまり、そういうことなのだ。簡単なことだった。いま、彼の結婚式で隣にいるおんなが私でないことも、ストックだったのだと思えば納得できた。

35 / 2018.01.24
駄目なふたりだ、とおもう。普段は全く喧嘩をしないし、たまにしたときだってお互いに無言を貫く。こんなの、お互いに興味がない証拠だ。だから私たちは何も知らない。私が眠りについた後、私が知り得ない時間に静かに謝るきみだから、私がきみを許していることも知らない。何も知らない駄目なふたり。

36 / 2018.01.29
「今日の夕飯、何がいい?」そう聞いておきながら、私は生きていることがもう辛いな、と思っていた。きみは斜め右を向いて献立を考え始める。「特にないなら死んじゃう?」「何言ってんだよ」けらけらと笑うきみは可愛くて「じゃあ焼きそば」と、そんな簡単なもので生きようとするところも好きだった。

37 / 2018.01.29
6畳半の、息が詰まりそうな空間でひとつのインスタントラーメンを一緒に啜る。流し台には汚れた食器、もう何日も同じ寝巻を着ている。「なあ。もう諦めて、けっこん、してみる?」狭い空間、安い味、汚い格好、別々に生まれてきたこと、そして一緒に生きること、死ぬこと。私たちはそれを愛と呼んだ。

38 / 2018.01.31
あなたは私にうつくしい景色が並ぶ写真集をくれた。「どこで死のうか」一緒に死んでくれるだけで充分過ぎるのに、とおもう。あなたの気持ちを無駄にしたくなくて必死に選んだ。その下見で、沢山のうつくしいものに触れる。もう少し生きたくなったと言う私に、あなたは困った顔なんてせずにわらうのだ。

39 / 2018.02.04
雪消月、と、言うらしい。二月のことを。恋人がちらしの裏に、きゃしゃな文字で「雪消月」と書く。「他にもあるけど、この呼び方が一番好きだな」もう雪も残っていないね、と、恋人が淋しそうにわらう。私はもう、寒いのこりごりだよ。そう言って、右肩上がりの文字を撫ぜた。今年最後の、とけない雪。 / 七色の糸

40 / 2018.02.13
春。暖かな空気がふたりを包む。きみが「死にたいな」と言った。私は「どうして」と。「今がいちばん幸せだから、かな」そうか。今がいちばん、幸せなのか。それならきみが消えても許せるかもしれない。散りゆくはなびらを捕まえて「きみの遺骨」と言えば、「そんなに柔らかくない」と、きみが笑った。/ ある生物たちの夢想「骨」

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