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「自分で考えて動く」はできる・できないではなく、得意・不得意で考えた方が良いと思う。

note投稿54回目である。

最近仕事をしている中で改めて「自分で考えて行動する」って大切だなと思う。
自分の周りにいるすごいなぁと思う人の共通項は、

・自分自身で試行錯誤できる。
・常に何かしら仕事をしている。仕事をする上での馬力がすごい。
・できるできないではなく、どうしたらできるか、どこに問題があるかを考え、それを行動と言葉にできる。

である。

彼らは自分で考えながら行動するので、新人・ベテラン問わずに自分のペースでで働けるし、
放っておいても勝手に自分で課題や新しい仕事を見つけ出して、自然と自ら行動している。

それに反して、指示がないと中々動かない人たちも当然いる。
私自身もそうした傾向があるのだが、
そうした人々は与えられた仕事はキッチリこなすのだが、そこから自分なりに考えて行動していくことが難しい。
そのため中々仕事に発展性がでない。

仕事においては、どちらのタイプの人の人の方が周りからの信頼を得られるか、結果を残せるかは明らかだろう。

私も今数人ながらも部下がいるので、
彼らを見ながら「もっと自分で考えながら動かないとダメだよ」ともっともらしく言ったり、
中々自分から動かない部下を見て、「なんで言ってもできないのだろう?」と内心イライラしていたこともあったのだが、
最近自分の中である仮説ができた。

「できる・できない」ではなく「得意・不得意」と言う捉え方をしてみる。

その仮説とは「自分で考えて動く」と言うのは、
「できる・できない」で考えがちだが、「得意・不得意」の要素も大きいのではないか
と言うことだ。

つまり、
「自分で考えて動くことができる人、できない人」
で分けるのではなく、
「自分で考えて動くのが得意な人、苦手な人」
として、あくまで能力の違いではなく、向いてる向いていないで捉えた方が良いのではないかと最近思う。

なんでそう思ったのかと言うと、最近ある仕事を部下のAさんに頼もうとしたときのこと。

彼女は自分の部署の中でも中堅以上になってきて、普段の仕事も丁寧だし、後輩社員への指導も上手で、私も日頃から信頼を寄せている人だ。

彼女の普段の仕事は、どちらかと言うと事務的な作業が多いのだが、今回は彼女の能力を見込んで販促の企画制作を任せることにした。

彼女も2つ返事で承諾してくれたので、安心しきっていたのだが、2週間ほどするといつも笑顔のAさんがすごくどんよりした顔をしながら仕事をしているのが目に入った。

それからしばらくその様子が続いたので、他の社員に聞いてみると、どうやらAさんは任せた仕事に一生懸命取り組んでいるものの、
自分で考えてどんどんアイディアを出す今の仕事にプレッシャーを感じるようで、
思ったように仕事が捗っていないとのことだった。

普段の仕事ぶりから考えると、Aさんなら絶対にできる仕事だと思うのだが、
本人からしたら、自分で率先して考えてアイディアを出ていくことはストレスのかかることだったようだ。

その後Aさんとも話し合い、元の事務中心の仕事に変えると、
Aさんはまたイキイキと仕事をしてくれ、本来の能力を発揮してくれている。

その経験以来、「自ら考えて行動する」と言うのは、
「得意・不得意」で考えた方が良いと思うようになった。

今の世の中では、

自ら考えて行動できる=善、優秀

自ら考えて行動できない=悪、無能

と言う絶対的な二項対立が強くあると思う。

しかし自分の例で言えば、
Aさんは「自分で考えて行動する」のが苦手だが、決して無能でも仕事ができないわけでは無い。

ただ単に自ら動くことが苦手なだけなのだ。

それを「できる・できない」だけで捉えてしまうと、「できない」人を追い込むばかりか、能力のある人を生かせないことにもなるので非常に勿体ない。

更にまとめる側の立場の人たちから見ても、
「得意・不得意」の枠組みで部下を見ることができれば、少なくとも「なぜできないんだ」と相手にやつ当たる精神的ストレスは少なくて済む。

人には得意・不得意が必ずあるし、リーダーがやるべきことは、「できないこと」を責めるのではなく、
まずしっかりと一人一人の適正と適所を見つけることであると思う。

また普段から「自分は主体性が無いなぁ」と落ち込んでる人も自分を卑下する必要は無いし、
言われたことをキッチリやることもとてつもない長所だと思う。

皆んな必ず自分の適所があるはず、それがどこなのか、何なのかに気づくことが仕事で大切なのはではないかと思った出来事だった。

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