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ドミニカ移住 #19 : 異国のプロ野球スタジアムに押し掛けた日①

このnoteは、当時 文化人類学や地域研究を学ぶ大学3年生(21歳)だった私が、小さいころからの夢だった海外でのフィールドワークを行うため、野球が盛んなドミニカ共和国に移住した合計10か月と少しの期間の記憶を綴ったものです。


__________2018.10.18(木)

スタジアムに行くまでの経緯

 この日、私はエスタディオ・キスケージャ(以下、キスケージャ)に向かった。理由は「球場内で雇ってもらうため」だ。

 ドミニカに来てからこれまでは、毎朝野球少年が練習している広場に通って参与観察を行い、MLBアカデミーとの契約を目指す少年たちがどのような育成システムの中に身を置き、どのような人間関係の中で日々練習を行っているのかを調査していた。またそれとは別に、週末にはソフトボールチームの練習に一緒に参加させてもらったりと、現地の人との生活を満喫していた。

 しかし、10月中頃になってシーズンが開幕し、ドミニカ全体が野球の話題で盛り上がるのを見ていると、せっかくこの国に来たのだから直接ウィンターリーグを見ずに日本に帰ることはできないと思うようになった。

 とはいえ、試合を観に行くには交通費やチケットにお金がかかる…。であれば、いっそのこと球場内でアルバイトでもしてしまえば、チケットがなくても毎回球場内に入れるし、ちょっとした小遣い稼ぎもできるのではないか。そう考えた私は、試合が始まるより少し早めの16時着を目標に、バスと地下鉄を乗り継いでキスケージャに向かった。


↑ キスケージャまでの途中道(撮影:2018/6)


スタジアム内に潜入する

 到着しても試合開始まではまだ時間があるため、球場付近にほとんど人影はなく、本来であればチケットを見せて通過する必要がある正面ゲートにもまだスタッフの姿はない。ゲートを通り抜けたあとにある入口もまだ大半が締め切られていたが、唯一左端の一角だけ人の出入りができるようになっており、そこを見張るための警備員が1人立っていた。

私はゲートをくぐりぬけ、その出入口に立っている警備員に話しかけた。「やっほー。今この中には入れないの?ここで働きたくて…ボスと話したいから入れてくれない?」そういうと、警備員の男性は「もうシーズンが始まってしまっているし、働く人の募集も終わってるよ。シーズンが始まる前に募集や面接があったんだ。もう今からじゃ間に合わないと思うよ。」と困った様子をみせた。

しかし幸いにも、気さくな人柄の警備員は突然来た私を拒絶することもなく、とりあえず話に耳を傾けてくれた。私が野球好きな日本人大学生で、ドミニカの野球のことを調査するためにドミニカに来たことなどを話すと、「…わかったよ、ちょっと待ってて。」と言い残し、球場内に消えていった。

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 ↑チケット売場周辺(撮影:2018/6)


 しばらくして戻ってきた彼は「俺についてきて」と言い、私を球場内のオフィスに連れて行ってくれた。この時点で内心かなり嬉しかったが、ここからが勝負。連れて行かれた狭いオフィス中で一番奥に座っていた男性に挨拶をし、ここで働かせてもらえないかと尋ねてみた。


いざ、交渉!

 どこか知的な雰囲気が漂うAという名のその男性は、私の言葉を聞くと(案の定)少し困ったような表情を浮かべた。履歴書も持たずに現れたアジア人が突然そんなことを言いだすのだから、困るのも当然だろう。私は再度、この国に来た理由や、文化人類学を学んでいてドミニカの野球について調査したいということを彼に説明した。すると、人類学(Antropología)というワードを聞いた途端、Aの表情が一転し、「ん、人類学だって?」と聞き返してきた。私はそのことに驚き、咄嗟に「え、人類学ってわかるの!?」と聞き返してしまった。この国に到着して以来、色々なところでドミニカに来た目的や理由を尋ねられ、そのたびに「Antropología」という単語を出してきたが、これまでにその単語に興味を示したことがあったのは近所の野球練習場で出会ったベネズエラ人の歴史学者アスカンデールだけだったからだ(私もまだうまく説明できない)。

 まさかの(幸いにも)人類学という言葉のおかげで場の雰囲気が一変し、私の話にも興味を持ってくれた彼は「今はまだ時間帯が早すぎてどうにもできない。試合が始まる直前になってから、もう一度ここへ来てくれ」と、一旦回答を保留に留めてくれた。彼の様子を見て、わずかながらに可能性を感じた私は、とりあえず時間をつぶそうと観客席へ足を運んだ。天気も良く、外野にカラフルな企業広告の看板がずらりと並ぶ球場の風景は、6月に来た時よりもはるかにカッコよく、美しいものだった。


つづく
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