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ドミニカ移住 #4 : ボス登場

このnoteは、文化人類学や地域研究を学んでいた当時大学3年生(21歳)だった私が、小さいころからの夢だった海外でのフィールドワークを行うため、野球が盛んなドミニカ共和国(以下、ドミニカ)に移住した合計約10か月の記憶を綴ったものです。


朝食をとってグラウンドへ

___________2018.5.24(木)

 翌日、デイビッドとウェリントンが朝ごはんのパンを食べる。朝ごはんと夜ご飯をつくるのはトニーで、毎朝一番に起きてキッチンで調理を始める。味のついていないパンにバターを塗り、ハムとチーズを挟み、ケチャップとマヨネーズをかけてフライパンで両面を焼く。特別な食材は何も入っていないが、私は現地でトスターダと呼ばれるこの朝食が大好きになった。(下写真は参考。お店で売られているキチンとしたトスターダ)

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 8時ごろ、朝食を食べ終えたデイビッドたちは、練習へ向かうため荷物をもってオンサの停留所へ向かう。停留所は道路の向かい側にあるが、道路に横断歩道のようなものはないため、車が通過するタイミングを見計らって反対側まで駆け足で渡らなければならない。デイビッドとウェリントンが慣れた様子で車と車の間をひょいひょいとすり抜けていく。それに引き離されないよう、私も必死で彼らの後ろを追いかけた。ドミニカでは、首都中心にある一部の道路を除けば、たとえ幅の広い通りでも横断歩道があることはほとんどない。そのため、道路を横断する際には車がものすごいスピードで走っているなかタイミングを見計らいながら自分の判断で渡らなければならない。さらに多くの場合、車は車線通りに走っておらず、お互い前の車を抜かそうと入り乱れやすいため、慣れるまではとてつもなく危なく怖い習慣だった。


大ボス・ダン登場

 8時半ごろ、イポドロモに着いた。他の選手たちの姿はまだあまり見えなかった。ウェリントンとデイビッドが荷物を降ろし、練習の準備をしているのを眺めていると、トニーの元にダンという名の一人の男性がやってきた。トニーが私にダンを紹介してくれる。彼はデイビッドとウェリントンの本当のボスで、あのペンションも、トニーや選手たちが食べている食事などの生活費も、すべてダンが支払っているのだという。ダンは本業が忙しく、ペンションで選手たちの面倒を見ることができないため、知人であるトニーに選手の生活を任せているのだ。

こちらの様子に気づいたデイビッドとウェリントンは、ダンの元へ駆け寄って挨拶をする。ダンと最近の調子について言葉を交わす二人の様子は、トニーや私に対するときとは違い、少し緊張した面持ちだ。しばらくしていると、ここの練習を仕切るコーチが現れ、ダンと挨拶を交わした。ダンは毎日練習を見に来るわけではないが、時間があるときやトライアウトなど選手にとって大切な時には彼自ら足を運ぶこともある。この日は練習試合だったこともあり、選手の状態を確かめるように後ろから戦況を見守っていた。

このように、ドミニカの野球少年(選手)の周りには複数の大人が介在し、彼らの成長を見守っていることが多い。特に特殊なのは、ダンのように自分が所有する住まいに選手を住みこませ、食事など経済的な面倒をみながら育成する、「ブスコン」と呼ばれる存在だ。現地語で「代理人・仲介人」を意味するブスコンは、若い選手たちの(主に経済面の)面倒を見る代わりに、彼らがプロ契約を結んだ暁にはその契約金の一部を受け取る権利を持つ。大抵は選手の親もしくはもともと練習していた野球場のコーチと契約を交わし、選手に対する育成権をもっている。どこまで選手の面倒を見るかはブスコンによってまちまちだが、デイビッドらのように地元の町を離れて住み込み、ブスコンが決めた練習場に通う選手も多くいるのだという。 

こうしたブスコンに関する情報は、日本にいるときに本などを読んで知ってはいたが、デイビッドたちが見せたダンへの緊張した様子から、彼らにとってのブスコンという存在の大きさを感じ取ったことを今でも覚えている。

Ella no sabe『彼女はわからない』

昼過ぎに練習を終えてペンションに戻ると、二度見してしまうくらい体の大きな女性と細身の少女がキッチンで昼食をつくっていた。彼女はジセールといって昼食やペンション内の掃除をしてくれる、いわゆるお手伝いさんらしい。日中はみんな野球場に行って一人で作業するのが暇だから、娘のフレーリーをよく連れてきているのだという。

 ジセールと挨拶をし、雑談を交わそうとしたものの、今まで話した誰よりもスピードが速く、彼女たちが何を言っているのか全く理解できない…。ジセールやフレーリーは理解できない私を責めはしなかったが、私に興味を示してくれているにも関わらずコミュニケーションがとれないこと、そして「アスカはわからないんだよ」と諦められるこがとても歯がゆく、どうしようもなく悔しかった。

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