どくしょ

ブックレビュー『東大教授が教える独学勉強法』

『東大教授が教える独学勉強法』は、とてもおもしろい本だった。一口に勉強をするといっても、その”勉強”にはいろいろな種類がある、ということを、あらためて教えてくれる。

少し寄り道をしよう。子どもの頃には、見るもの触れるもの、すべてが新鮮な体験だった。ヘレン・ケラーは、サリバンに導かれて、w-a-t-e-r という綴りを、自分の手の上を流れてゆく物体と結びつけたとき、暗闇から解き放たれたのだったが、このような現象は、なにもヘレンだけに起こったことではない。草原を洗う風や、不思議な姿をした昆虫、文字、言葉。子どもはみんな、ヘレンのように、世界のちいさな欠片を毎日すこしずつ集め、小さな体のなかにインプットしている。

しかし、いまだに分からない”未解決問題”もたくさんある。たとえば私は、子どものころに、自分の死んだあとの地球、というものを夜ごと布団のなかで想像していた。私がいなくなっても地球は勝手に動きつづけ、やがて宇宙に住む人々が現れたり、いまよりもっと美味しい食べ物が開発されたりするだろう。でもそれって、どういうことなんだろうか。

私は他人の体のなかには入れない。宇宙に住んでいる人のことや、美味しい食べもののことを知るためには、私がいなくてはならない。当時はこんな言葉は知らなかったが、”観測者”としての私がいなくなったあと、仮に地球が、私と一緒に無くなるとする。いなくなる私にとっては、地球が存続しつづけようが、地球が無くなろうが、同じことのはず。

私がいなくなったあとも地球が存在し続けることと、私と一緒に地球も無くなること、そのふたつに何か違いがあるのか。私はこの問いをおとなになっても3年にいちどくらい思い出して考えてみるのだけど、未だによく分からない。もしかしたら哲学の本に書いてあるのかも、と思って、パラパラと見てみたが、ドンピシャの答えは書いていなかった。まだ探し足りないのかもしれないが。

それはさておき、『東大教授が教える独学勉強法』は、そういう”どこにも書いていないけれど、知りたいこと”について、どういうふうに勉強していったらよいか、アドバイスをくれる本だ。著者の柳川範之は、本書で勉強にはおおまかにいって3つの種類がある、という。

1.明確なゴールがある勉強(受験勉強や資格試験の勉強など)
2.教養を身につけるための勉強(趣味的な世界の勉強など)
3.答えのない問いに自分なりの答えを見つける勉強

①については、当然、ゴールに向かって必要な知識を聞いたり読んだりして、合格のボーダーラインを超えればそれでいい。②には、ゴールはないが、これも本やセミナーなんかで、コツコツと知識をつければよいことだ。でも③はどうなのか。柳川は、この本を通じて、③のタイプの勉強のやり方を身につけて欲しい、と述べる。③は、明確な答えが世の中に存在しないし、そもそもそういった問題を考えているのが、世界で自分だけ、という可能性もおおいにある。自分だけの勉強だから、必然的に独学になるのだ。そういう意味で、この本のタイトルは「独学勉強法」となっている。シンプルに、「独学勉強法」というタイトルでいいと思うのだが、「東大」というフレーズが入っていると、本がよく売れるそうだ。まあそれはどうでもいい。

でも。①や②の勉強は、資格を獲得できたり、有名な学校に入れたり、日常会話のネタになったりと、いろいろ役に立つ。だが、③の勉強って、なんの役に立つのか。だって答えがないし、友達との会話で使えるような内容とも限らない。しかし、柳川は言う。

「学問に限らず、世の中のほとんどのことについて、何が正解なのかよくわかっていないのです。だから、仕事においても生活においても、本当に重要なのは、正解のない問題にぶつかったときに、自分なりに答えを出そうとして考えていくことだと思うのです。」

大切なのは、勉強をして正確な知識を得ることだけではなく、それ以上に、正解のない問題を、あれこれ考えていく、という過程なのではないか。その習慣を身につければ、不透明な世界を渡っていく力が身につく。だから、独学。

また、柳川は語っていないが、私は「なんの役にも立たないけれど、なぜか頭の片隅に張りついてどうにもならない問い」を考える際にも、この本が有効だと考える。私はこのブログで、マンガについてあれやこれや考えていることを書いているが、べつにお金が儲かるわけでもなし、なんの役にも立たない。でもマンガが好きだし、考えることが好きだからやっている。そういう、役に立たないことを考えてしまう衝動をもっている人にも、この本を薦めたい。

私は、この本の「独学はマラソンか長距離走」というフレーズに共感した。答えが出るのに何年、何十年かかるか分からない。しかもその答えが次の日には打ち捨てられてしまうかもしれない。そういうものだから、柳川の著す勉強法は、学校で教わったものとは根本的にちがう。いきなりどっぷり勉強せずに、パラパラ本をめくって、ぶらぶらしてみる、だとか、資料は書きながら最小限だけ集める、だとか、要点はまとめない、だとか。

本書で柳川が私たちに与えてくれるアドバイスは、正解の無い問いを独学するための方法なので、効率とか、即効性とか、正解とか、そういったものを求める人には、あまり役に立たないだろう。私は、何にでも効率、即効性、正解を求める人のことをあまり得意でない。仕事上でなら分かるが、ときどき、趣味やプライベートまで効率や正解を追求している人を目にすると、なんだかもやもやする。たとえば、小説を速読しようとする人とか、美術館で絵よりもその横のキャプションを熱心に読んでいる人とか…

バロウズが言っているように、「芸術の役割は宇宙への道を示すこと」(笑)なのだから、気長に、寄り道しながら、あれこれ考えたい。芸術に限らず、そういう思いに共感してくれる人、すでに自分なりに独学をしていて、そのうえでそれをさらに充実させたい、というタイプの人にとっては、この本のノウハウは参考になるはず。長く、深く考え続けるために。


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