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ブックレビュー『天使の王国 平成の精神史的起源』

私たちが日記や資料の右上に、「平成」という文字を書き入れるのも、もうあとわずか、来年の今頃には、新しい元号がその場所をひきついでいるはずです。どうも不思議な感覚。私は、昭和→平成への移行時には、まだ幼い子どもだったので、改元がどんな雰囲気をもたらしたのかを知りません。文字が変わる、そのこと以上になにか特別な気分になるものかどうか、想像がつかない。

私のように幼くして平成を迎えた世代の方、あるいは平成生まれの方、昭和→平成への切り替えのさいの空気がどんなものだったのか、ちょっと興味ありませんか? 周りの年長の方に聞いてもいいだろうけど、私、一冊の本を持ってるんです。思想家の浅羽通明という人が書いた『天使の王国 平成の精神史的起源』というもの。このなかに、平成改元時の様子を伝えるコラムが収められているんですね。ざっくりと中身、ご紹介します。

浅羽は、新元号「平成」が発表されたときの空気を、「盛り下げモード」だった、と回想しています。また、その大きな原因が、

「平成」というどうにも気が抜けたような語感にあったのではないかと思う。

と、書いています。「へーせー」という言葉が、「あっさりしすぎている」と、感じた人が多かったみたいですね。じゃあどんなのがよかったのか。じつは、当時は「次の元号」に関するウワサ、デマが蔓延していたようなんです。新元号候補として囁かれていたのは次のようなもの。

光和 光華 旭日 和光 光章 昭武 光(ひかり)

これらの言葉が、「郵便局で『光華元年』と印刷された葉書を見た」とか、「ある新聞社に極秘で問い合わせたら裏が取れた」などのうさんくさいエピソードつきで巷に流布していたといいます。たしかに、ウワサとして流れていた元号候補のほうが、「平成」よりもはなやかな印象を受けます。2018年春の段階で、そのような新元号に関するウワサ、フォークロアが大きなニュースになっているということはありませんから、今と昔で雰囲気は少し違ったようです。

さらに、浅羽はそういうフォークロアについての考察を進めてゆきます。興味深いのは、デマとして流れていた元号に、「光」のイメージが強く投影されていること。一文字で、「光(ひかり)」なんて、そのまんまです。

浅羽は、そこに、当時の政府と一般人のあいだの認識のズレを読み取ります。政府の標榜した「平成」という言葉については、「現在の繁栄と平穏への謳歌と満喫の気分」が込められている。反面、市井の人々はその平穏のなかにぼんやりと浮かぶ、「一抹の不安と一抹の退屈さ」を感じていた。そういうネガティブな気分を打ち払うために、「光」という力強い言葉が求められたのだと。

また、浅羽はとても興味深いことを教えてくれます。元号の歴史を辿れば、フォークロア等によって発生したニセの年号が、公的に定められた元号を食っちゃうことが多々あったらしいのです。公的な元号よりも、民間で作られた年号が勝手に用いられる。この、民間から作り上げられた年号のことを「私年号」と言うそうです。戦国時代には、「弥勒」「福徳」「命禄」、江戸期には隠れキリシタンが用いた「大道」や、「延寿」、もっとも近いところでは、日露戦争の起こった1904年を「『征露元年』として、一般庶民の間で、これを翌年の年賀状に『征露二年・元旦』」などと書く例があったらしい。「言語の力で厄災を一気に福に転じ、新時代を招来させよう」という目的のために、私年号が作られたのです。

ところで、平成がはじまってすぐ、バブル経済が崩壊し、国民の危惧が的中した形になったのですが、それは結果論という側面もあるので、当時の政府が先見の明に欠けていたとか、そういう批判をしたいから、浅羽の本を引っ張ってきたわけではないんです。一応言っておきますが、このコラムには政治的な理念は一切ありません。私が面白いと感じるのは、そういう政治のことではなく、フォークロアというのは何のために生まれくるのか、ということ。

ともかく、このときは、国民の噂した「光」系の元号フォークロアが、平成を逆転しちゃうような事態はおきませんでした。フォークロアはフォークロアのまま、フェードアウトしていったのです。そして、現在。この平成最後の年を迎えて、昭和→平成のときのような元号フォークロアがほとんど盛り上がっていない。これも興味深いです。

この差異ってなんなんだろう? 皆が西暦を使うようになって、元号離れが加速しているから? もしかしたら、これから来年にかけて、いろんなフォークロアが乱れ飛ぶようになるのかなあ? ならない気がする…






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