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【3.11】 私のせいで動くことのない世の中を

 今朝、地震で目が覚めた。寝ぼけながら布団を被り、大きくならないことを祈った。Twitterを開いて、地元の大きな地震ではないかと確認して、ほっとする。ずっと揺れているような感覚がしながら、二度寝しようとしてみる。そんな感覚が、あの日の夜もきっとあったはずだ。

 通勤電車から、海が見える。穏やかな水面に、日の光がチラチラと輝く。まだ日が昇らない時間帯は黒い地面のような海がそこにある。

 慣れない仕事をこなす中で、その海は支えだった。「仕事先の大きさはこの海のほんの端っこくらいで、その中で喜んだり落ち込んだりしてるんだな。この海にいきなり飛び込むよりはどうってことないな」なんて、飛躍しすぎだけどそうやって頑張れていた。

 ただ、海を見てほっとするとき、少しだけ緊張している自分もいる。それはきっと、あの日を思い出すからだろう。

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 たびたび、このnoteでは海の話をしてきた。海が見たいからふらっと立ち寄った話も何回かした。

 確かに海は好きだ。けれど、12年前に起きた東日本大震災のことを思うと、なんだか怖い気持ちもある。明確に海への恐怖心が募ったのは、東日本大震災が起きた2011年のある日。春休みだったか、母方の祖父母の家に行った。


少し脱線するけど、震災の思い出を。祖父母たちはたまにお菓子を段ボールいっぱいに詰めて実家に送ってくれることがあった。そのお菓子が送られて、たまたまその後に震災が起こった。祖父母たちのくれたお菓子を見て、なにがあるかを確認し、計画的に食べていった。非常食ばかりだとどうしても飽きがくるけれど、そのお菓子は気持ちの面で助かったなぁと今では思う。


 そんなやさしい祖父母たちの家に行って、震災のことや普段の学校のことを話した。そして祖父が「ニュース、録画してあるんだよ」と言って、見せてくれた。

 信じられなかった。何もかもが波に流されていく光景に、小学生ながら目を疑った。震災当時、停電していたためテレビは見ていなかった。情報はラジオだけで、実家は海岸沿いではなかったから避難情報しか聞いていなかった。聞き流していた津波の情報を、実際に映像で見て、怖くなった。

 そのショックが大きくて、それ以来あまり津波の映像が見ることができない。今ではテレビで映像が流れるときテロップが出るから、私と同じような人はたくさんいるんだろうなと思う。

 単純な被害もそうだし、誰にでも平等に訪れる災害そのものが怖かった。世の中には自分の手ではどうしようもないことがあって、それをまじまじと見せつけられたことが、何より恐怖だった。

 それなのに、海へ行くことが好きだ。恐ろしいのに、どうしてか心を軽くしてくれる海が、たまらなく見たいときがある。

 つらいことと、嬉しいことは半分半分くらいで成り立っているとは思うけど、それでもずっと強くはいられない。
 海を見たいと思うときは、もしかしたら、そういうときなのかもしれない。弱ってしまった自分が行きたくなる場所が、きっと海なんだ。

 寄せて、引き、また寄せて より

 以前、記事にそう書いた。落ち着ける場所であり、大きな恐怖をもたらした場所であるあの海に何度も助けられている。世の中にある仕方のないことや、理不尽なことを、言葉なく海は語る。どうしようもないことって、この世にはあるんだよと言われているようで。

 それが嫌じゃないのは、なぜだか落ち着くのは、強くいなくてもいいとも、教えてくれるような気がするからだ。自分は世界の中で本当に小さな存在なんだと。大きなことを成し遂げようとしなくてもいいんだと。

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 海へ行くと、自分に備わっている感覚が研ぎ澄まされる。裸足で砂を踏む感触、海水の匂い、潮風の湿っぽさ、鳥が鳴く声。それらを感じるたび、自分って大したことないや、といういい意味の諦めの心境になる。

 よくないことだと思うけど、東日本大震災に関連する復興の話を聞くと、劣等感が起こるときがあった。大きくて見えやすい傷はそれだけで同情されていいよな、なんて非常識なことを考えてしまったこともある。

 私は強くない。だから、こういう劣等感を抱いてしまうことも丸ごと自分だともう知っている。よくないことだけど、海水がしょっぱいと思うように、どうしてもそう考えてしまうのだから、それと向き合いながら、相手を尊重するように接していけばいい。弱いことを理由に攻撃はせず、この感情は仕方ないことなんだなと受け入れられるようになればそれでいい。

 私のせいで動くことのない世の中を生きている。それが救いだと思えるようになった、12年の月日だった。

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 東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りします。そして被災された方々へ、今なお苦しい状況が続くこともあるとは思いますが、どうぞご自愛ください。これを読んでくれたあなたへ、あたたかい春が訪れますように。

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