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憧れることの幸せ

イベント当日のこと。
三國さんとのコラボと銘打つだけに、パンもデザートも「これが、いまのぼくに作れるベストです」というものをご用意した。

アミューズ(先付け)を「アンチョビ入りクロワッサン」にしたのでこれもパンなんだけれど、もちろん手を抜いたわけではない。
一口、二口サイズほどの小さなクロワッサンにアンチョビを忍ばせたもので、少し温めて食べればバターの香り、ミルキーさにアンチョビの塩気が相まってとても美味しい。
ぼくはかなり昔からパンとして作っていたけれど、これはもともとパンでなくアミューズとして出されていたものが元ネタになっている。
この話は本題から逸れてしまうので、また別の機会に。

ぼくの担当は基本的にパンだから、結婚式がそうであったように自分の店で焼いたものを運ぶことになる。そう考えるとデザートの仕上げはあるものの、役目は9割方は終了したようなもんである。率直にいえば「こりゃ楽勝だな」と高を括り、お店に到着してからは余裕をかまして姐さんと談笑に興じていると、しばらくしてこの日の主役、三國さんが到着された。助手の方がご一緒かと思ったけれど三國さんお一人だった。

ここで、この日のメニューを。 


アンチョビ入りクロワッサン

バゲット

琵琶湖産 本もろこのコンフィ フランス産きのこのソテーを添えて 黒ラッパ茸・あんず茸・茶あんず茸・紫しめじ

フォカッチャ

昆布締め金目鯛のキュイッソンナクレ 金目鯛の骨でとった昆布出汁かけ
大黒しめじと銀杏添え 柚子の香り

石臼挽き小麦粉のパン

真鱈の白子ムニエル 海老芋のフリット キャビア カルーガのせ 
田鶴農園 春菊のソース

パン・オ・ノア・レザン

鰻の白焼き フォアグラの炭火焼き ミルフィーユ仕立て 焼赤酢飯を添えて 
奈良漬ソース

パン・オ・セレアル(胡麻、亜麻仁、オーツ麦)
ルヴァン

フランス産 仔牛のロティ 田鶴農園 ホウレンソウとユリ根のグラチネ添え
黒トリュフのせ ペリグーソース

ル・プチメック 西山さんの栗のプリン カシスソルベ添え

蔓ききょう 芽久美のブルーチーズのケーキ大徳寺納豆風味

オテル・ドゥ・ミクニ 三國シェフのマカロン3種 
メロンと紅茶・黒こしょうとパイナップル・ショコラとピスタチオ

お土産
ブリオッシュ


太字が料理で、三國さんらしいフランコジャポネなメニューである。
またこういったイベントに慣れている三國さんのことだから、いつもと勝手の違う厨房、作り手の人数的なことなどいろんな面を考慮された料理ということも推測できる。が、三國さん人気のおかげで、この日は1階だけでなく2階まで予約で満席の大盛況。
繰り返しになるけれど、来られたのは三國さんお一人である。
デザートの仕上げまで手持ち無沙汰と余裕をかましていたぼくは当然のごとく助手をすることになり、仕込み時間は下処理などをおずおずとお手伝いをした。

この状況、もしぼくが若いころだったら「技を見るチャンスだ」と鼻息荒く前のめりになったに違いない。ところが、このときはそういったことが二の次、三の次だった。というか、そのような考えがまったく頭を過らなかった。またそれは緊張からという感じでもない。きっとぼくにとっては、これから作るものが仮に和食や中華、ハンバーグやエビフライであっても、何でも良かったのだと思う。

かつて「天才シェフ」という名声をほしいままにし、18歳のぼくを食べものの道へ突き動かした当のご本人と一緒に仕込みをしている。こんな日が来るであろうとは夢にも思わなかった。
こんなとき、かのスーパースター大谷さんなら「今日一日だけは彼らへの憧れを捨てて」と、素晴らしい名言で鼓舞されるのだろう。ほんと、説得力があり過ぎる。生まれてこのかた、凡人を代表するような生き方をしてきたぼくには到底、大谷さんのようには思えないけれど、それでも楽しくて仕方がなかった。

かくして、ぼくは三國さんの所作を見ながら技云々といった職人としての諸々でなく、その向こう側にある村上信夫さん、トロワグロさん、アラン・シャペルさん、フレディ・ジラルデさんといった偉大なシェフと三國さんとの歴史に想いを馳せる。そして改めてひれ伏しそうな気持ちになるんだけれど、それでもなんて幸せで素晴らしい時間、経験なんだと思い至る。

萎縮する必要はないし、いまの時代のように情報が早く簡単に手に入る時代には逆に難しいかも知れないけれど、憧れたり敬う人がおられるというのは、とても幸せなことだと思うんだな。
ぼくが昭和の人間だからかもしれないけれど。

つづく


「スイス銀行の金庫を破るよりも、ジラルデの店の席を予約する方が難しい」とまで言われたフレディ・ジラルデさん。三國さんの師匠のお一人。


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