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読書記録 〜 2021下期 直木賞候補作発表に関連しつつ

 直木賞を信憑性のある良質なブックレビューだと思えば、年に2回の選考と受賞は読書中毒患者にとっては便利なものだ(芥川の話はあえてしませんけど)。
 上半期の受賞作2作、佐藤究さんの『テスカトリポカ』と澤田瞳子さんの『星落ちて、なお』、どちらも面白かった(『テスカトリポカ』は最後、ちょっと拍子抜けの感はあったけど)。ほぼ毎回「読んでハズレなし」という安心感があるのは実にありがたいのである。

 今年下半期の候補作5作はこんな作品が並んだ。
・『同志少女よ、敵を撃て』 逢坂冬馬 早川書房
・『新しい星』 彩瀬まる 文藝春秋
・『塞王の楯』 今村翔吾 集英社
・『ミカエルの鼓動』 柚月裕子 文藝春秋
・『黒牢城』 米澤穂信 KADOKAWA

 候補作5作のうち、すでに3作は読んでしまっている。今回は珍しく受賞作発表前に候補を全部読んでしまいそうな感じだ。

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 米澤穂信さんの『黒牢城』は、織田信長に謀反した荒木村重が、籠城する城の中で起きた殺人を、土牢に幽閉した旧知の黒田官兵衛に解決を求める。
 多少なりとも戦国史に興味がある人なら荒木村重の有岡城での最期がどうなるかは知っているはずで、その既知の史実の一部の黒田官兵衛をいわば安楽椅子探偵として織り込むという面白い作品になっている。
 知略の人、黒田官兵衛はNHKの大河ドラマ『軍師官兵衛』で 岡田准一が好演して、有岡城での幽閉のシーンが記憶にある人もいるんじゃないかと思う(荒木村重を演じた田中哲司の錯乱していく様子も好演だった)。
 信長に謀反というと平蜘蛛の茶釜と共に爆死した松永弾正と混同してしまうのだが、それは別の謀反。どうも茶絡みで謀反されるのは信長の性格に起因するのかも。
 ともあれ歴史物にミステリを重ねるという手法は新鮮で(荒木村重と黒田官兵衛の心理戦も繰り広げられる)、今後、こういう手法の作品が出てくるような予感もする。

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 今村翔吾さんは、若手の時代小説作家では群を抜いている書き手で、シリーズ物を書く速度は早いし、江戸物の小説でも的確にツボを押さえているよなあと感心してばかりの作家なのだが、本質は時代小説の王道みたいなところをきちんと捉えているんだと思う。
 歴史小説は現代に伝わっている史料をもとに、欠落部分をフィクションで補うことで歴史を再構成するわけだが —— そこに作家の解釈等々が否応なく入り込み、時に「司馬史観」と言われるようなある種のバイアスがかかるまでになることもある —— 時代小説は、過去の環境や習慣、状況、生活様式等々を仮借して今日的な問題(多くは社会問題)を語ることが底辺にある。
 昨年、直木賞候補になった『じんかん』では差別問題が織り込まれ、今作では石垣作りでは並ぶ者のない職人集団「穴太衆あのうしゅう」と、鉄砲作りの名人集団「国友衆」の職人技の激突に、平和とは最強の盾と最強の矛のどちらによってもたらされるものかを考えさせられる。
 専守防衛と自衛的先制攻撃のどちらが国防にとって重要なのかと読み替えると、この小説の捉え方がまた変わってくる。
 この辺りをしっかりと書けるのが今村翔吾の上手さだと思うし、仮に今回選に漏れたとしても、いずれは直木賞を獲るのは間違いないだろうと予感する作家でもある(王道の見本のような作家だ)。

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 逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』は、これがデビュー作だと知って驚いた。この驚き方は佐藤賢一を直木賞受賞作の『王妃の離婚』で知った時とひどく似ている。
 物語は第二次世界大戦の独ソ戦、スターリングラードでの攻防を舞台に、狙撃兵として出撃する少女セラフィマを主人公として進んでいく。
 ドイツ軍の侵攻で家族を殺されたセラフィマが赤軍に助けられ、復讐を誓って訓練学校を経て狙撃手となる、と構造は『進撃の巨人』とさして変わらないのだが、戦争は個別的で総体的なものでないのは当然のこと。戦場に赴いた一人一人に戦争によって左右された人生がある。
 この作品がデビュー作とはいえ、アガサ・クリスティー賞受賞前にも4度もノミネートされていたそうで、ならばこの筆力も驚くほどではないなと感じる。
 第二次大戦を枢軸国側で戦った日本としては、どうしても日中戦争や太平洋戦争に顔が向いてしまって、自国の歴史に目が行ってしまうがゆえに、同時並行で存在していた独ソ戦には頭が向かない。
 僕はそこそこ歴史に関心がある方だと思うけれど、独ソ戦については本作を読むまで全然頭が回っていなかった。

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 とりあえず5作中、3作しか読んでいないけれど、僕個人の勝手な予想としては『同志少女よ、敵を撃て』かなあと予想しているが、どうなりますか。
 『孤狼の血』が映画化されて評判の柚月裕子さんもいるし(彼女の作品、面白いものが多いんだけど、途中で急に物語の圧が減衰しちゃうときがあって、候補作がどうなのかがちょっと気になる)。
 いずれにしても読者を魅了する物語とはこうやって書くものだ、というお手本みたいなものばかりの直木賞なので、受賞作云々以前に候補作は全部読むのがいいんでしょうね。直木賞の創設の理由も、たくさん売るってのが第一の目的なわけだし。

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