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【チャンスのスカートの裾】

結局、諦めがつかなかった。
そりゃそうだ。
諦めます、と言った次の瞬間からどう撤回しようか考えていたのだから。

絶望には勝てなかった。
“一生このまま生きていくのか…”
ねっとりと暗い闇の中で絶望したまま。
ほらまた吐き気が襲ってくる。
早くここから抜け出したかった。

アメリカ留学・ノンフィクション──16歳で交換留学に挑戦するまで

         ∇∇∇

私は母と面接会場に来ていた。

父にもう一度掛け合ったのだ。
父は今度は、大きな溜息をついた。
当たり前だ。
家が燃え、一家か路頭に迷う今、なぜまだこの小娘は留学などとキャンキャン鳴いているのだろう。 

しかし一度は掴みかけたチャンスが、ツルツルの後頭部をちらつかせながら走り去っていく姿を見つめるのは悔しいものだった。
少し先には、今か今かと待ち構える別の高校生がいて、その揺れる前髪をわし掴みにするんだろう。

まだ届く、まだ加速して手を伸ばせば掴める、そこに居て手を伸ばさないはずがなかった。

         ∇∇∇

面接官は、事前に郵送していた私の小論文をパサッと机の上に置き、こちらを真っ直ぐ見た。

そこには、なぜ今なのか、なぜ今留学しなくてはいけないのか、目的、動機、誓いなど、私の熱い胸の内が書き殴られてあった。

ゆっくり投げかけられる質問に、『自分に自信が無くて…』と俯きながらポソポソ答えるこの少女は、本当にこの熱く燃える小論文を書いた本人だろうか…、きっと面接官は違和感を感じたと思う。


冷淡な表面と、燃えたぎる内面。
これこそが、私の苦しみだった。
その温度差に息が出来なくなる。

息継ぎがうまくいかないまま、面接は終わった。
殻を破る、というありきたりな表現に感謝したくなる。
誰が言い始めたか、私の心にぴったりハマる表現だ、ありがたい。
こんな私が分厚い殻を破って、息を吸える日は来るんだろうか。

電車が滑り込んできて、ベンチから立つ。
荷物の重さが肩に食い込んだ。
母が不思議そうにつぶやく。
『何であんなに暗かったの?』
確かに、私の我の強さを知っている母は、あんな娘の姿を知らなかったのかもしれない。

私は黙って電車に乗り込む。
車内が滲んだ。
もたれかかった壁の隙間に、おろした黒髪の隙間に、私が滲んでく。

電車は苦手な町へ向かっている。
私を乗せて引き返すように。
面接試験なんて、無かったかのように。
この挑戦なんて、無意味だったかのように。
固く閉じたまぶたからまた滲み始め、嫌になる。

        ∇∇∇

数週間後、私宛に厚い封筒が届いた。

間に合ったようだった。
前髪には届かなかったが、何とかスカートの裾は掴めたようだった。
チャンスは振り向き、立ち止まってくれたようだった。

ぇえ…! 最後まで読んでくれたんですか! あれまぁ! ありがとうございます!