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次々と優秀なハイテクベンチャーを生み出すイスラエルの秘密

 2021年、日本からイスラエル企業への投資額は、過去最高の29億4,500万ドル(約3,400億円)となりました。これは、海外からイスラエル企業への投資額全体(約186億ドル)の15.8%を占めています。
 日本からの投資額は、2020年の約2.9倍となり、投資件数も前年の63件から85件へと増加しています。

 2021年の日本企業の主な投資事例としては、ルネサスエレクトロニクスがWi-Fi向け半導体に強みを持つCeleno Communicationsを3億1,500万ドルで買収しました。
 また、医療機器分野では、旭化成が睡眠時無呼吸症の診断機器を手掛けるItamar Medicalを5億3,800万ドルで、オリンパスが前立腺肥大症向け治療機器のMedi-Tateを2億6,000万ドルで買収しました。

Itamar Medicalが開発した携帯型睡眠評価装置の「ウォッチパット」

1.スタートアップ大国イスラエル

 2017年3月、米半導体大手のIntelが自動運転用の衝突事故防止システムを開発したイスラエルベンチャーのMobileyeを153億ドルという巨額で買収して、世界を驚かせました。
 また、2019年には、同じく米半導体大手のNVIDIAがスパコン用のInfiniBandスイッチを製造するMellanox Technologiesを69億ドルで買収しました。
 さらに、今年(2022年)2月には、またもやIntelがイスラエルに拠点を置く半導体受託生産会社のTower Semiconductorを54億ドルで買収すると発表するなど、優秀な技術力を持つイスラエルのベンチャー企業に対する外国企業や投資家の関心が高まっています。

 イスラエルの人口は約951万人で、面積は四国程度しかなく、GDPも日本の約12分の1です。しかし、毎年500社から1,000社程度のスタートアップが誕生し、9,000社以上が現在活動中だと言われています。
 また、一人当たりのベンチャーキャピタルの投資額は、2位以下を大きく引き離して世界1位であり、研究開発費の対GDP比も世界で1位、2位を争っています。

イスラエルの位置と地図

 2021年にイスラエルのハイテク企業が調達した資金は過去最高の256億ドルと前年の約2.5倍であり、このうち外国からの投資が約73%の186億ドルとなっています。
 投資先は、サイバーセキュリティ企業が65.9億ドル、フィンテック(ICTを活用した金融サービス)企業が66.2億ドル、IoT企業が29.7億ドルなどとなっています(出典IVC-Meitar Israeli Tech Review 2021)。

 2021年中にイグジットを達成したイスラエルのベンチャー企業は171社(新規公開72件、買収99件)で、株式評価額及び買収額の合計は、過去最高の824億ドルに達しています。その内23社が米国で上場しており、そのほとんどが高い評価を得ています。
 さらに、米国のNASDAQへ上場しているイスラエルの企業は、2020年10月現在、79社で、時価総額は880億ドルに達しています。
 また、イスラエル人創業者コミュニティのTechAvivによると、2022年6月現在、イスラエル人が創業したユニコーン企業(評価額10億ドル以上のベンチャー企業)は97社で、直近3年間に誕生した世界のユニコーン企業の約10%をイスラエル人が創業した企業が占めているとのことです。

 こうして、次々と有望なITベンチャーが生まれることから、イスラエルには「シリコンワディ」(「ワディ」はヘブライ語で「谷」)というあだ名が付けられています。

エルサレムの嘆きの壁と岩のドーム

2.イスラエルのスタートアップエコシステム

 日本では、なかなか優秀なベンチャー企業が育たないと言われていますが、スタートアップ大国と呼ばれ、次々と有望なベンチャー企業が誕生するイスラエルはどこが違うのでしょうか。
 その秘密は、イスラエル独自のベンチャー企業を育成するエコシステムにあると言われています。
 イスラエルでベンチャー企業が発展した理由として、学校教育、兵役中の軍隊、大学が連携して、優秀な若者を選抜し、高度な技術を持つ人材に育て上げるシステムが機能しており、さらに、政府、軍隊、大学など国全体でスタートアップを支援し育成しようとする体制が整備されていることが挙げられます。

(1) 学校教育

 ユダヤ人の人口は世界人口の0.2%以下ですが、ノーベル賞受賞者の20%以上がユダヤ人だと言われています。その理由の一つに、ユダヤ人は幼い頃からの子供の教育に非常に熱心だということが挙げられています。
 イスラエルではプログラミング教育にも力を入れており、10歳からプログラミング授業は必須となっています。そして、サイバーセキュリティ、アプリ開発やプログラムのデバッグなど非常に実践的なカリキュラムが採用され、優秀な生徒には、追加の英才教育プログラムも用意されています。
 こうして、高校を卒業した段階で、プログラム開発のプロとして活躍できる能力の基礎が養われるようになっています。

(2) 軍隊の影響

 イスラエルは、1948年の建国以来、4度の中東戦争を経験し、その後も、ヒズボラやハマースなどのイスラム主義組織との争いやテロ事件が頻発し、戦争を身近に感じる状況が現在も続いています。
 常に戦争の危機にさらされているような環境のために、イスラエル人の防衛意識は高く、兵役義務も、男女ともに約3年間と非常に重くなっています。そして、この軍隊経験がベンチャー起業家の育成に大きな影響を与えています。

 また、軍隊は技術や人材育成だけではなく、コミュニティとしても大きな役割を果たしており、イスラエルでは出身大学よりも出身部隊が個人のアイデンティティや信用力の一つとなっています。
 兵役という厳しい訓練に耐え、同じ釜の飯を食べたという共通体験は、イスラエル人の結びつきを強め、信頼関係を育んでいます。そのため、兵役中に同じ部隊に所属したメンバー同士が集まり、協働して起業に至るケースも少なくないそうです。

イスラエル国防軍の女性兵士

① 8200部隊
 2010年9月にイランの核燃料施設がスタックスネットと呼ばれるコンピュータウィルスによるサイバー攻撃を受けましたが、この攻撃に米国家安全保障局(NSA)とともに関与したのがイスラエル国防軍で電子諜報を担当する8200部隊だと言われています。

 8200部隊には約5000人の兵士が所属しており、ITに関する豊富な知識や卓越した発想など特殊な才能を持つ優秀な若者達がここに配属され、サイバーセキュリティ技術の基礎を叩き込まれます。
 8200部隊は、多くの起業家を生むインキュベーターの役割も果たしており、この部隊の出身者がCheck Point Software TechnologiesやCybereasonなど1,000社以上のベンチャー企業を創業しています。
 特にサイバーセキュリティの分野では大きな成功を収めており、最先端の技術を投入した製品で世界をリードしています。

 若いうちから8200部隊で祖国防衛のための重責を担い、本物のサイバー戦線の中で困難なプロジェクトを遂行した経験がベンチャー企業を起業する上での成功に繋がっていることは間違いありません。

元8200部隊の士官訓練校の教官で起業家のインバル・アリエリ氏

② タルピオット・プログラム
 イスラエルには、8200部隊よりさらに狭き門となるタルピオット・プログラムと呼ばれる超エリート人材育成プログラムが存在します。タルピオットとは、ヘブライ語で「頑強な要塞」という意味で、1979年に最初のクラスが創設されています。

 タルピオット参加者の選抜は16歳から始まります。毎年対象者の中から1万人の候補者を選び、さらに、ペーパーテストや合宿や面接を経て、18歳の高校卒業時に約50人が選抜されます。なお、選抜者のうち約30%が女性だそうです。
 彼らは、まず、物理、数学、情報科学を学んで学位を習得し、同時に非常に実践的な技術開発プロジェクトを体験して、プロジェクト・マネジメントやリーダーシップスキルなどを養います。タルピオット卒業後に6年間の兵役が義務付けられ、その後は、軍に残る人、研究者になる人、起業する人など様々な進路があります。

 卒業後に8200部隊に採用されて、その後にサイバーセキュリティ・ベンチャーを起業する人も多く、Check Point Software Technologiesの創業者も、その進路をたどっています。

③ Team8
 
Team8は、8200部隊の指揮官だったナダフ・ザフリル氏など8200部隊の出身者が2013年に創設したサイバーセキュリティ関連企業です。
 Team8は、8200部隊との強い繋がりを駆使して、サイバー攻撃のリスクを分析するサイバーセキュリティ専門のシンクタンクであると同時に、新しいサイバーセキュリティ・ベンチャーを世に送り出すインキュベーターの役割も担っています。
 ただし、Team8が育成するのは1年に1社のみで、1年以上かけて創業者と協力してマーケットリサーチや事業方針の決定を行い、500万ドルの最初の投資を実施します。

 これまでにTeam8が支援したサイバーセキュリティ・ベンチャーには、標的型攻撃対策ソリューションを提供するIllusive Networksや産業用制御システム向けセキュリティソフトを提供するClarotyなどがあります。
 Team8の出資元には、Microsoft、Nokia、Cisco等があり、2018年10月には、ソフトバンクやウォルマートから8,500万ドルの資金調達が行われました。

Team8のメンバー

④ 9900部隊
 8200部隊と並んで、最近は、9900部隊の名前も聞くようになってきました。8200部隊をイスラエル軍の耳に例えると、9900部隊は「空中に浮かぶ目」になります。
 9900部隊は、地理空間データや衛星画像の分析に強みを持つ軍事情報部隊で、その出身者らは、GPSを用いた位置情報をはじめ、マシンビジョン(産業用カメラで撮影した画像を処理して利用するシステム)、画像解析、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)技術について、深い知見を持っています。
 コンピュータビジョンを用いた生検組織の解析を行なうNucleai、オンライン動画サイトで利用可能なチャットツールのAnnoto、従業員の業務実績を測定する企業向けツールのActiviewを開発したのも9900部隊の出身者です。

 また、9900部隊の中には、映像中の極小の違いを見分けるのが得意な自閉症スペクトラムの診断を受けた兵士ばかりで組織された、人工衛星などからの映像、地図などを分析する専門の情報部隊もあるそうです。
 少ないリソースの中で工夫して、すべての人材を最大限に活用しようとするイスラエルの姿勢が分かる事例だと思います。

(3) 政府によるスタートアップ支援

① ヨズマ・プログラム
 1991年のソ連崩壊後、10年間に約100万人のユダヤ人が旧ソ連からイスラエルに移り住みました。そして、ソ連からの移民の大半が科学者、数学者やエンジニアなどの高学歴の市民であり、丁度、IT産業が発展する時期にソ連から高学歴の人材を受け入れたことが、イスラエルをハイテク立国とする上で非常に重要な役割を果たしました。
 1990年代に移民の数が急増したために、イスラエル政府は急遽約50万人分の雇用を創出する必要に迫られました。そこでイスラエル財務省は、1993年にヨズマ・プログラムというVC支援プロジェクトを開始しました。

 政府は、まず1億ドルを出資して、10個の新しいベンチャーキャピタル(VC)ファンドを作り、民間のVCがスタートアップ企業に60%の資金を出せば、政府が残り40%の資金を出すことにしました。そして、さらに、スタートアップ企業への投資が成功した場合には、民間VCは政府出資分を5年後に安く買い取れるようにしました。
 ヨズマ・プログラムは成功し、1990年代初めに5,800万ドルだったイスラエルへのVC投資額は、1990年代末には33億ドルに増加しました。なお、多数のVCが創設されたことにより、ヨズマ・プログラムによる公的資金の投入は1998年で終了しています。こうして調達した資金が次々にベンチャー企業を育て、旧ソ連からの移民に活躍の場を与えました

 現在は、150社ほどの国内VC投資会社を始め、海外からも多くのVCがイスラエルのスタートアップ企業に投資し、2021年のイスラエルのスタートアップ企業の資金調達は、773件、256億ドルに達しています。

② イノベーション庁
 現在、イスラエルでは主としてイノベーション庁(IIA)という政府機関がスタートアップ企業への支援を実施しています。
 IIAは、年間650件ほどのスタートアップ企業にコンディショナル・ローンと呼ばれる支援金を支給しており、ビジネスが成功した場合には、支援金額を上限として、毎年売上げの数%を返還させる仕組みをとっています。
 また、IIAは、直接的な支援だけではなく、多国籍企業によるイノベーションセンターの設立支援、エンジニア養成のためのプログラミング教育支援などスタートアップのためのエコシステムの創出にも取り組んでいます。

③ その他のスタートアップ支援制度
 他にも、テクノロジカル・インキュベーター・プログラムという経済省所管のスタートアップ支援制度があり、研究開発資金(認可プロジェクト予算の85%の補助金を支給)、研究施設、経営・法務・工業所有権に関する支援、秘書的業務や経理サービスなどを提供して、スタートアップ企業に対するトータル・サポートを実施しています。
 また、産業界と大学などの研究機関との連携研究の促進を目的とするMAGNETプログラムでは、認可プロジェクトの開発費総額の66%の補助金が支給されます。

(4) 大学との連携

 産学連携に熱心で、多くのベンチャー企業が輩出したイスラエルの大学としては、ヘブライ大学、テルアビブ大学、イスラエル工科大学(テクニオン)などがあります。
 その内、テクニオンでは、1995年以降に1,600社以上のベンチャー企業が誕生し、これらの企業の売上総額は300億ドルを超えています。また、今までに、テクニオンの卒業生が立ち上げた70社以上のベンチャー企業が米国NASDAQへの上場を達成しています。

 テクニオンの設立には、ユダヤ人の科学技術教育に関心を寄せていたアルバート・アインシュタイン博士も関わっています。
 1991年のソ連崩壊以降、多くの移民が流入して、高度な技術や知識を持つ科学者やエンジニアがイスラエルに移住し、その受け皿として、テクニオンの学生数も増加しました。
 テクニオンは、こうした人々のテクノロジー分野での起業を支援するために多くのインキュベーション企業や組織を創設し、企業との連携を促進するための研究開発センターを設立してきました。
 現在は、地中海沿いの都市ハイファにメインキャンパスを置き、約1万4,000人もの学生が在籍しています。

 テクニオンは、2005年頃にTechnion Technology Transfer(T3)オフィスを設立しました。T3オフィスは、テクニオンで行われている研究を商業化することを目的とし、研究者と投資家、起業家、大手企業などを繋げる役割を担っています。
 また、知的財産のライセンス契約や企業設立の支援なども行っており、大学でのイノベーションをスムーズに事業化するエコシステムを作り上げています。
 T3オフィスは、2018年時点で90社のスピンオフ企業を支援しており、これには、バイオテクノロジー、人工知能、ブレインヘルス、医療小型ロボットなど様々な分野のベンチャー企業が含まれています。

イスラエル工科大学(テクニオン)

(5) イスラエルの国民性

 イスラエルは、第2次世界大戦後にできた新しい国で、周囲を敵国に囲まれた人口も天然資源も少ない国です。こうしたリソースの少なさを知恵によって補おうとするイスラエルの国民性がベンチャー企業の発展を後押ししています。

 イスラエルでは、既成の考えに囚われない自由な発想が重視されており、8200部隊でも、兵士たちが自分の頭で考え、知恵を絞るという姿勢を徹底的に叩き込まれます。また、イスラエル国民の間に「失敗することを恐れてはならない。失敗は、むしろ良いことだ。」という考えが浸透しています。
 ヘブライ語に「フツパー(Hutzpah)」という言葉があり、大胆さ、厚かましさ、鉄面皮という意味があります。この言葉は、権威を恐れず、社交辞令を嫌い、率直に物を言うイスラエル人のメンタリティーをよく表しています。
 また、移民は、全く新しい環境でゼロから存在基盤を築き上げるので、常に前向きに考え、楽観的でなければやっていけません。このため、移民国家のイスラエルには、チャレンジ精神旺盛な人が多いようです。
 こうした自由な発想を重視する教育、権威を恐れない率直な態度、失敗を恐れないチャレンジ精神旺盛な国民性が、イスラエルが世界有数のベンチャー投資大国になることに寄与したのだと考えられます。


3.主要なイスラエルITベンチャー

 イスラエルでは、サイバーセキュリティを始めとするIT分野のベンチャー企業以外にも、ライフサイエンス、農業科学技術、水テクノロジーなど様々な分野のベンチャー企業が輩出していますが、今回は、その中から、IT分野でイスラエルを代表する有名なベンチャー企業と個性が光るユニークなベンチャー企業を紹介します。

① モービルアイ(Mobileye)
 1999年にエルサレム・ヘブライ大学教授のアムノン・シャシュア教授と実業家のジブ・アビラム氏が創業した、自動運転のための先進運転支援システム(ADAS)の中核技術である単眼カメラでの衝突事故防止システムの開発・提供を行うベンチャー企業です。
 主力商品である車載チップEyeQのADAS市場でのシェアは約80%と圧倒的で、出荷個数も1億個に達しています。同社は、Intelが2017年3月に153億ドルで買収し、今年(2022年)中の上場を計画しています。

新製品のLiDAR SoCを掲げるシャシュアCEO

② チェック・ポイント(Check Point Software Technologies)
 1993年に8200部隊出身のギル・シュエッド氏が創業したサイバーセキュリティ製品の製造を手掛けるベンチャー企業で、現在は、世界中に6,000人の従業員を擁する大企業となっています。
 1994年に世界で初めて商用ファイアウォール製品を開発し、VPN製品でも有名です。1996年にNASDAQに上場しました。

③ サイバーリーズン(Cybereason)
 2012年に8200部隊出身の3名が創業したサイバーセキュリティ・ベンチャーです。
 エンドポイントのログを収集し、侵入したマルウェアのサイバー攻撃の兆候をリアルタイムに検知できるクラウド型のデータ解析プラットフォームを提供して、世界の大手製造業、金融機関等に採用されています。
 2015年10月にソフトバンクから5,900万ドルの資金を調達し、2016年4月には、ソフトバンクとの合弁会社「サイバーリーズン・ジャパン」を設立して、日本でも活発にサイバーセキュリティ製品及びサービスの提供を行っています。

サイバーリーズンのシステム構成

④ サイバーアーク(CyberArk)
 1999年にイスラエル国防軍出身のアロン・コーエン氏らが創業したサイバーセキュリティ・ベンチャーで、世界中に7,500社以上のユーザーを抱えています。
 WindowsのAdministratorなどの管理者権限(特権アカウント)の保護に特化し、特権アカウントの不正使用の防止や検知を行うセキュリティシステムを提供しています。2014年にNASDAQに上場し、2017年1月には、日本法人を設立しました。

サイバーアークのシステム構成

⑤ アルガス・サイバーセキュリティ(Argus Cyber Security)
 2013年に8200部隊の出身者たちが創業した自動車サイバーセキュリティ専門のベンチャー企業です。
 車載ネットワークをサイバー攻撃から保護するための侵入検知システムなどの車載セキュリティ製品で高い実績を持ち、既に10社の自動車メーカーなどから量産プロジェクトを受注しており、2021年以降、6700万台の車両に搭載される見通しだそうです。
 2017年にドイツの自動車部品メーカーのContinentalが4億3,000万ドルで買収しました。

⑥ イリューシブ・ネットワークス(Illusive Networks)
 2014年にTeam8が最初に設立したサイバーセキュリティ・ベンチャーです。
 端末やサーバーに、実際には存在しないログイン情報や閲覧履歴などの欺瞞情報を埋め込むことによって、サイバー攻撃の侵入者を欺き、罠にかけて検知します。こうして、侵入後のラテラルムーブメント(横展開)を阻止し、重要情報の漏洩を防ぐ新しいタイプの標的型サイバー攻撃対策を提供しています。

⑦ バイアー・イメージング(Vayyar Imaging)
 2011年にIntelの元役員とイスラエル国防軍のチーフエンジニアなどが創業した、3Dイメージ処理技術で世界的リーダーの半導体メーカーです。
 従来のイメージングシステムは、被写体や物体の輪郭をマッピングするだけでしたが、同社の4Dレーダーイメージング技術は、高周波を利用して物体や素材を透過し、リアルタイムでのモニタリングを実現して、様々な要望に応じて可視化することができます。
 最初に乳癌の早期発見を目的として開発されたセンサーは、現在では、自動車、建築、農業、スマホのアプリケーション、医療、ロボット、IoTなど多くの分野で採用されています。

4Dイメージングレーダー

⑧ オーカム(OrCam Technologies)
 2010年にモービルアイの共同創業者であるアムノン・シャシュア教授とジブ・アビラム氏が設立した視覚障害者向けスマートグラス「オーカム・マイアイ2」などの開発を行うベンチャー企業です。
 オーカム・マイアイ2は、眼鏡のつるに装着した小型のカメラが文字や紙幣、モノや人の顔などを識別して、内蔵スピーカーから音声で説明することができ、現在、日本語を含む25言語に対応し、日本を含む50か国で販売されています。

オーカム・マイアイ2

⑨ ムービット(Moovit)
 2012年に設立された世界で最もダウンロード数の多い交通ルート検索アプリ「Moovit」の開発を行うベンチャー企業です。
 Moovitは、無料でアプリを使用できることと引き換えにユーザーからその街の情報を収集し、収集したビッグデータを分析することで、より正確な交通案内を実現しています。Moovitは現在、世界112カ国3,200都市以上で9億5,000万人以上が利用しています。
 2020年5月に同社は、Intelに9億ドルで買収され、モービルアイと統合されました。

Moovitのスマホ画面

⑩ ウイックス(Wix.com)
 2006年に8200部隊出身のアヴィシャイ・アブラハミ氏らが創業したホームページ作成ツール「Wix」の開発・提供を行うベンチャー企業です。
 Wixは、無料かつドラッグ&ドロップなどの簡単な操作でホームページを作成することができ、クラウド型なので、ネット環境とブラウザさえあれば、すぐにサイトを立ち上げることができる手軽さが特徴です。
 2022年には、ホームページ作成ツール(CMS)の世界シェアで3位となり、登録ユーザー数は2億人を超えています。また、2013年にNASDAQに上場しました。

Wix.comのテンプレートページから好きなテンプレートを選んで、
ドラッグ&ドロップで簡単に洗練されたホームページが作成できます。

⑪ NFT
 2018年にイスラエル人のガイ・カプリンスキー氏と日本人の妻、真紀さんが米国シリコンバレーで創業したコンシューマー向けの垂直離着陸機「ASKA」を開発しているベンチャー企業です。また、開発には、日本人技術者も参加しています。
 ASKAは、離着陸場まで道路を自動車のように往復できる独特な設計となっていて、折り畳み式の翼があり、最高時速は約241km、航続距離は約402kmです。4人乗りで翼長約15mの大型SUV並みの大きさで、6台のバッテリーを動力源とする6基のプロペラと、バッテリー充電用のガソリンエンジン2基を備えています
 今年(2022年)中に本格的な試験飛行を行い、2026年の販売を目指しています。

⑫ アイアンソース(ironSource)
 2010年に設立されたモバイル広告配信プラットフォームや支援ツールを開発して、モバイルアプリ開発者向けに提供しているベンチャー企業です。
 2021年6月にSPAC(特別買収目的会社)と合併して、ニューヨーク証券取引所へ上場しました。

⑬ センティネル・ワン(SentinelOne)
 2013年に設立された自律型のエンドポイントセキュリティ製品を提供するサイバーセキュリティ・ベンチャーです。
 エンドポイントセキュリティとは、ネットワークに接続されているパソコンやサーバーをサイバー攻撃から守ることであり、同社の製品は、AIを活用することによって、パソコンやサーバーの防御から、マルウェアの検知、被害の軽減、修復までの自律的なインシデント対応を可能にしています。
 世界中で6000社以上が同社の製品を導入しており、2021年6月にニューヨーク証券取引所へ上場しました。

2021年6月30日、SentinelOneはニューヨーク証券取引所へ上場しました。

4.日本で参考にできること

 イスラエルのスタートアップエコシステムは、軍隊を中心として形成されているため、日本でそのまま真似することはできません。ただ、日本でも参考にできる部分も多々あると思います。例えば、日本でもスタートアップ企業を増やしていくために、以下のような取組が考えられます。

  • 将来必要とされる知識や技能を十分に身に付けられるような学校教育を行う。

  • 若いうちから優秀な人材を選抜し、1箇所に集めて集中的に人材育成を行う。

  • 卒業生のコミュニティを作り、長期間にわたってフォローアップ支援を行う。

  • 政府、大学等の研究機関、産業界が緊密に連携して人材育成やスタートアップ支援を行う。

  • 開発資金、オフィス、経営・法務情報、経理事務の提供などを総合的にサポートするスタートアップ支援組織を設ける。


5.最後に

 イスラエルでサイバーセキュリティ・ベンチャーなどが伸びた理由の一つに、他の国ではなかなか表に出てこない最新の軍事技術をいち早く民間転用して、製品として市場に投入したことが挙げられます。
 しかし、一方で、これらの技術が悪意の人間に渡ると、違法な盗聴やクラッキングなどのためのツールとして使われる危険性もはらんでいます。

 実際、イスラエルのサイバーセキュリティ企業のNSOグループが開発したスパイウェアを利用した各国の政府機関が、政府の要人やジャーナリストらのスマホにハッキングして、情報を抜き取っていた疑惑が持ち上がり、Appleは2021年11月に同グループを提訴し、米商務省も同月、国家安全保障上の懸念がある外国企業のリストに同グループを指定して、米国製品及び技術の輸出を原則禁止しました。

 また、イスラエルの調査会社IVCによると、2012~2017年に年間1,000社を超えたスタートアップ開業数は、2014年をピークに2015年以降は減少傾向が続いています。
 一方で、イスラエルのベンチャー企業が調達した資金額及びイグジット(新規公開及び買収)により獲得した金額のいずれも2021年に過去最高額を計上しており、更なる成長が期待されています。
 これは、イスラエルのベンチャー企業の多くが、初期のスタートアップ段階から、成長・拡大段階へと移行したことを意味しているのでしょう。

 いずれにせよ、日本企業のイスラエルへの投資額は、2014年の29億円から2021年の3,400億円へと急増しており、日本でもイスラエルのベンチャー企業に対する高い関心が続いています。
 サイバーセキュリティ、自動運転、デジタルヘルスケア、フィンテックなど今後の発展が期待できる最先端の分野で活躍するイスラエルのハイテクベンチャーからは、今後も目が離せません。


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