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こぼれた水は/エッセー


 突然の変化。いつかは、なんて思っていたけれどまさか今日だなんて夢でさえ思わない、突然の変化に戸惑ってしまう。グラスが倒れ、中の水はこぼれる。こぼれた水は、取り戻せない。当然の変化に、戸惑ってしまう。氷は溶け、水は蒸発する。氷は溶けて、溶けて、溶け続けて、水はなくなってしまう。

 そうしてすべてがなくなる前に誰かがグラスを拾い起こす。埃といっしょに拭き取られる。猫は水を舐める。水はなくなってしまう。いまにでも涙があふれ出そうな目をして、もうおしまい?と聞くと、いや、そうでもない、と。だって水は拭き取られて、こぼれた場所で埃も流れたら、前よりもきれいになって、透き通った光をたくさん通すから。
 そうして、グラスには新しい、冷たい水が注がれて、透明の氷がひとつ、ふたつ。聞こえないほどに、ぴしぴしぴし、と氷は溶け続けて、水がなくならないうちに、とうとうカラン、とかわいらしくグラスに響く。知っていた変化。こわくない変化。またグラスが倒れるのはこわいけど、カコン、となるのはなんとなく、やさしい。

 変化はこわい。ぬるくなった水は静かで、夜空の深い穴まで映し出すから。なめらかな真水に入ってくる氷で思わず背筋が伸びる。いつだって、突然の変化に戸惑ってしまうけれど、氷のきれいな音はなり、雨粒みたいな自然の水滴が涙の代わりにこぼれるのだ。水が流れてしまっても、大丈夫。こぼれた先で、やっぱり天の川を映し出すから。グラスが割れてしまったら、金色でつなごうか。そうしていつか手にする新しいグラスはより繊細に、薄く割れやすいほどに、天から聞こえるような高く美しい音を響かせるだろう。



エッセー:こぼれた水は
isshi@エッセー

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◎エッセーはここにまとまってるよ

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